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家族

 あの花火大会から、一夜明けた。


「……もう朝かよ」


 ふと窓の外を見て、つい驚いてしまう。……結局一睡もできずに朝を迎えてしまった。しかも、未だに全く眠気はない。


「一回起きるか……」


 少し体を動かせば眠くなるかもしれないし。そう思い、とりあえず起きることにした。


 ――夢じゃ、ないんだよな。


 昨日の一連のあれこれを思い出す。一晩経ってもなお鮮明に思い出せる。……クリスにいきなりキスされたこと、そこから走り去ったクリスを無我夢中で追いかけたこと、そして、クリスに告白したこと。その全てが夢じゃないことはとても嬉しいけど、これからのことに対する不安がない訳じゃない。


「旦那様になんて言ったらいいんだか……」


 どう言っても許されない気もするけど、かといって秘密のまま貫き通すのも無理だろうし。間宮さん辺りにこっそり言って、協力してもらおうかな……でも、間宮さんだって味方してくれるとは限らないし……。


 ……まあ、考えてばかりいてもしょうがないし、とりあえず皆の朝ごはんでも作ろう。気分転換も大事だし。そう思いながらキッチンに入ると――


「あら、おはよう晃くん。出来るまでまだ時間かかるから、もうちょっと待ってくれる?」


 そこにはなぜか、いるはずのない人物が鼻歌まじりにフレンチトーストを焼いていた。


「……なんで奥様が?」


 そう、彼女の名前は星之宮七海。星之宮グループの社長夫人であり、クリスの実の母に当たる人だ。


 *


「ごめんねー、いきなり押しかけちゃって」

「いえ、大丈夫ですが……もしや、家の方でなにかあったのですか?」


 奥様と二人でフレンチトーストを食べながらここに来た理由を聞いてみる。わざわざこんな遠くまで一人で来たのだし、なにか深い事情があるのだろうけれど……。


「別になにかあった訳じゃないから安心していいわよ。ちょーっと晃くんとお話したくってね。それが終わったらすぐ戻るつもりよ」

「私と、ですか?」

「ええ。……というか、他に誰もいないんだし、そんなに肩肘張らなくってもいいのよ? 昔みたいにおばさんって呼んでくれていいんだから」

「……なら、そうさせてもらいます」


 従者としてはその申し出は断るべきなんだろうけど、なんというか有無を言わさない空気を感じて首を縦に振った。


「そうそう。私は従者である晃くんじゃなくって、クリスの幼馴染で、友達で、“恋人”な晃くんとお話にきたんだもの」

「……え?」


 いま、“恋人”って言った? えっと、まさかとは思うけど……


「……クリスから、なにか聞いたんですか?」

「ええ! 昨日の夜、やけにテンションの高いクリスから電話があったのよ。“あっくんとお付き合いすることになったの!”って」

「なにやっちゃってんの……」


 まあ、言いたくなる気持ちは分かるけどさ……。せめて俺に一言言ってからにして欲しかった……。


「まあ、あんまり責めないであげて。……あの子のあんなに嬉しそうな声、久しぶりに聞いたのよ。それこそ、星之宮家に嫁いでからは初めてかも」

「……そう、でしたか」


 そう言われると、悪い気はしない。


「クリスのこと、お願いね。晃くんなら安心して任せられるわ」

「……えっと、その……い、いいんですか……?」


 ついさっきまで考えていた通り、俺とクリスは幼馴染や恋人という関係の前に、従者とお嬢様という主従関係なのだ。……普通に考えて、許される恋じゃない。かの有名なロミオとジュリエットのように、当人同士の想いなんて関係なしに引き裂かれてしまっても仕方ない。それくらい、あってはならないことのはず……なんだけど、どうやら今回はそうではないみたいだ。


「いいに決まってるじゃない。というか、そうでないとあの人と結婚なんてしないわ。もちろんあの人のことは大好きだけれど、それはクリスのことをキチンと考えてくれるからでもあるの。クリスの未来を決めることはしない、それが結婚の条件なんだから」

「そうだったんですか……」


 つまり、俺とクリスの仲が原因で、俺が従者を辞めさせられたり、クリスが勘当されたりするようなことは、ないってことになるのか……?


「晃くんのことだから、星之宮家に迷惑が掛かると思ってたかもしれないけど。でも大丈夫、そんなの一切考えなくていいからね。……むしろ、あの人も間宮も皆、自分のことみたいに喜んでくれるはずよ。だって、もう晃くんも私たちの家族みたいなものだもの」

「家族、ですか……?」


 まさか、そんな風に思ってくれてるなんて考えもしてなかった。従者として認められてきたかな、とは思っていたけれど、まさか家族とまで思ってくださってたなんて。


「ええ。だから変な気遣いなんてしなくていいのよ。なにか困ったら遠慮なく言ってね。……将来的には本当に家族になるんだしね?」

「いや、その……それはまだちょっと気が早いんじゃ……」

「あははっ、それもそうね」


 冗談交じりな口調だったし、実際まだ本気で言ってる訳じゃないんだろうけど。……でも、いつかその言葉通りの未来になったらいいな、と思う。それが何年先になるかは分からないけれど。


「さて、そろそろ私はお暇しようかしらね」

「……クリスに会っていかなくていいんですか?」

「あの子とは、いつでも話せるからね。……それに、今ここで会ってもあの子も気まずいでしょうし。だから――」

「あーっ! なんでお母さんがいるの!?」


 突如二階に繋がる階段の方から絶叫が聞こえてきた。……まだ少し寝ぼけ眼なクリスが啞然とした表情で突っ立っている。あの表情から察するに、おばさん、本当に娘になにも言わずに来たんですね……。


「おはようクリス。意外に起きてくるの早かったわね」

「うん、おはようお母さん……、ってそうじゃなくって! なんでここにいるの!?」

「ちょっと晃くんとお話をしに来たのよ。……クリスのこと、一生大事にしてあげてね、って」

「……なっ、なに言っちゃってんのお母さん!?」

「でも、母親としてはそう思うのは当然じゃない?」

「だからって直接言わないでよー!」


 とまあこんな感じで、親子揃ってワーワーと騒がしくも楽しそうなやり取りをし始めた。……昔、まだお隣さん同士だった頃にはよくみた光景だ。


「……はい。一生大事にしますよ、もちろん」


 二人には聞こえないように小声で呟く。……いつか、二人に面と向かって言える時が来たらいいな、と思いながら。


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