ガールズ・トークⅣ
他にお客さんがいないことを良いことに、個室の扉に思いっきり耳を押し当てて盗み聞きしているアタシとイネスセンパイ。店員さんは察してくれてるみたいでなにも言ってこないけど……普通に不審者ですね、この状態。
「さっきは、なにも言えなかったから。……私も、あっくんのこと、好き、です。……いつからかなんて分かんないけど、でも……でも、本当に、大好き、なの」
そんなクリスセンパイの声が、嗚咽とともに聞こえてきた。……どうやら、無事に告白は成功したみたいだ。
「どうやら、上手くいったみたいですわね」
「ですね。……じゃ、そろそろ盗み聞きは終わりにしましょうか、センパイ」
「そうですわね。これ以上は流石に野暮というものですわね」
いやぁ、もう既に十分野暮なことしてると思いますけどねぇ……。まあ、アタシもがっつり盗み聞きしてたし、イネスセンパイのことは言えないんですけど。
「あれ? ……ひょっとしてセンパイ、泣いてます?」
「まさか。目の中にゴミが入っただけですわ」
「……そういうことにしときますね」
そんなレベルじゃなくガッツリ泣いてるように見えるけど、見て見ぬふりをしてあげることにした。親友がずっとずっと秘めていた想いが、ようやく報われたんですし、そりゃ泣きたくもなりますよね。
「……そういうホタルも、泣いてるように見えるのですが?」
指摘され、そっと目元を触れてみる。……確かに、濡れていた。自覚は一切なかったし、ちょっとビックリだ。
「あー、その、これは……。気のせいってことにしといてください」
「まったく、素直じゃないんですから。……愚痴なら聞きますわよ? どこか、別のお店に移動しましょうか」
「……ですね。ため込むのはよくありませんし」
散々晃センパイに“溜め込むな”って言った手前、アタシだけ溜め込むなんてバカみたいですし? たまには愚痴の一つや二つぶちまけても、バチは当たらない……ですよね?
*
「さ、ここはワタクシのおごりですわ」
「……なんかすみません、ほんと」
「いいのです、好きでやってるだけですから。その、言いにくいことだとは思いますが……大丈夫ですか?」
……なかなか直球で聞いてくるなぁ、イネスセンパイ。ま、色々回りくどいことされるよりはよっぽどいいですけどね。
「……大丈夫、なつもりだったんですけどね。ちょっと微妙です」
「無理もないですわ。……ワタクシでも耐えられる気はしませんもの」
もちろん、晃センパイとクリスセンパイの仲については、純粋に祝福してる。……でも同時に、途轍もなく悔しくって、辛くって、泣きそうなアタシがいるのも、間違いなく事実。
――あの告白で、綺麗さっぱり、諦めたつもりだったのに。
その決意がまったくもって無意味なものだったかのように、アタシの心は容赦なくズタズタになっていた。
「アタシ、ダメですね……」
「まさか。それだけ本気でアキラのことが好きだと言うことでしょう? なにもダメなことはありませんわ。……まあ、綺麗に忘れてしまった方が、楽なのかもしれませんが。でも、そんなに簡単に忘れてしまえるような想い、ワタクシは本気だとは思えませんわ」
それは、そうかもしれないけど。でも、現実問題としてこのままでいる訳にもいかない。だって、クリスセンパイも、アタシの大好きなセンパイだから。……それに。
「……大丈夫ですよ。少なくともアタシとイネスセンパイは、どうなろうともお二人の味方ですから。ま、ちょっと頼りないかもしれないですけどね?」
こんなことを晃センパイに言った手前、アタシの気持ちにはさっさと蹴りを付けないといけないのだから。
「……飲めるなら、お酒でも呑みたい気分ですよ」
「それはダメですわ。……まあ、気持ちは痛いくらいに分かりますけれども」
「ですよねー」
お酒の代わりに、キンキンに冷えたコーヒーをグイッと飲み干す。はぁ、アタシのこのモヤモヤしてる想いも全部、飲み干せたらいいのにな。……ナチュラルにこんなポエミーなフレーズが頭に浮かんでしまう辺り、どうやら本気で重症みたいだ。
「……そうですわ。いいことを思いつきましたわ」
「えっと、どんなのです?」
「今度、アキラと二人でデートしてきなさいな。さっそく明日……は流石にクリスに悪いですし、明後日辺りにでも」
なにを言い出すのかと思ったら。それはちょっと、二人に申し訳なさすぎるような……。
「流石にそれはあの二人に悪いですよ……」
「あの鈍感っぷりで散々こちらを振り回したアキラにはちょうどいいくらいですわ。目一杯振り回して差し上げなさいな」
そういうイネスセンパイの目は本気に見える。少なくとも冗談で言ってる訳じゃなさそうだ。
「一度開き直ってふてぶてしくなるのも手かと思いまして。……それに、思う存分二人きりで遊び倒せば、きっとホタルの今抱えている気持ちも、伝わるはずですわ」
アタシの今抱えている気持ち、か――
――晃センパイとクリスセンパイの仲を祝福してること。応援してること。いつまでも、味方でいるつもりなこと。……でも、まだ恋してること。まだ、大好きなこと。まだ、諦めたくないこと。ちょっとだけ、二人の仲を恨めしく思ってしまってること。
そんな、矛盾だらけで、滅茶苦茶で、でも本当に本気な気持ち。
「……伝えて、いいんですかね」
「いいでしょう、別に。自分の心の内に仕舞っておく必要なんて微塵もありませんわ。想いを伝えることは、決して悪いことじゃありませんもの」
「……そう、ですね」
……ちょっとだけ、ワガママになってみてもいいかもしれない。
別にデートをしたからって、付き合えるわけじゃないし、想いに応えてくれる訳でもない。でも、いやだからこそ、ちょっとだけワガママになろう。きっとその先でなら、この想いは思い出に変えられるから。




