告白は歓喜の涙とともに
……まさか、キスされるなんて思ってなかった。
それが、あの時の俺の素直な気持ちだった。クリスは俺のことをただの仲の良い幼馴染だとしか思っていないものだと思ってた。……でも、そんなことはなかったみたいだ。
“センパイは、誰の味方になりたいんですか? 星之宮家ですか? それとも、クリスセンパイですか?”
八橋さんからの問い。あの時俺は、「クリスの味方になる」と言ったし、今もその気持ちに嘘はない。それでも、本当にそれでいいのかは、まだ分かってない。果たして、俺が出すべき答えはソレで本当に良かったんだろうか――
「……大丈夫ですよ。少なくともアタシとイネスセンパイは、どうなろうともお二人の味方ですから。ま、ちょっと頼りないかもしれないですけどね?」
俺の表情を見て何かを察したのか、八橋さんがそんなことを言ってくれた。
「……頼りないなんて、そんな。心強いよ、本当に。……ありがとう、八橋さん」
「どうもどうも。――さ、そろそろクリスセンパイのいる喫茶店につきますよ。覚悟はできてますか?」
「うん、大丈夫」
本当は、全然大丈夫なんかじゃない。期待、不安、恐怖……、そんなありとあらゆる感情が束になって襲い掛かってきている。でも、だからって退いたりなんて絶対しない。そう決めたんだ。
*
「イネスセンパイ。晃センパイ連れてきましたよ」
「あら、存外早かったですわね」
「ま、そこそこ急いできましたからね。……じゃ、あとは二人っきりにしてあげましょうか」
「ですわね。――クリス、頑張りなさいな」
この間、俺とクリスは一切の言葉を発することはなかった。……なにを言っていいか分からなかったんだ。多分、それはクリスも同じだろう。
……バタンッ、と個室のドアが閉められ、ついにこの空間にいるのは俺とクリスの二人だけ。
「……あの」
「……えっと」
お互い言葉が続かない。散々なんと言おうか考えてたのに、すべて頭から消し飛んでしまっていた。
「その……ごめんね。……さっきは」
先に言葉を発したのは、クリスだった。
「その……いきなりあんなことして。……それに、いきなり逃げちゃって」
「……いいよ。別に、嫌じゃなかったから。……というか、嬉しかった」
「……え?」
クリスが目を丸くする。……そして、大粒の涙を流し始めた。
「うっ、嬉しかった、って……え、え、えっ?」
「そのままの意味。……俺も、クリスのことが好きだから。……だから、嬉しかった」
――今を逃したらもう二度と言えない。そんな気がして、一息に告白を言いきってしまった。風情とかロマンとか、その他色々な要素が欠けたものになっちゃったけど。……でも、これが今の俺の精一杯。
「あっ、あっくん……!? え、えっ、嘘……でしょ……?」
「まさか。……本気も本気だよ」
まだクリスは俺の発言を受け止め切れてないようで、何度も頭を振っている。……八橋さんやイネスさんの言う通り、どうやらクリスも相当な鈍感みたいだ。今の今まで、俺がそんな感情を秘めているなんて思いも寄らなかったようだし。
――どうやったら、クリスにこの想いが真実だと伝えることができるだろうか。
一つだけ、方法は思いついている。簡単に言えば、実力行使。言葉で伝わらないなら、行動で示せばいい、ただそれだけの、至極シンプルな話。……でも、本当にそんなことしてもいいのだろうか。だって、もしお互いの気持ちに食い違いがあれば、その行為は間違いなくクリスを傷つけるだろうから。
――でも。
「……ごめん、クリス」
もう、今の俺には他の手段なんて思いつかない。……当たって砕けるだけの話だ、やるしかない。
「えっ、あっくん……?」
困惑して動きを止めているクリスに近づく。少しだけ屈むような態勢になって、お互いの顔の位置を合わせる。そしてそのまま、ほんの一瞬だけ――
「……んっ」
クリスの唇に、俺の唇を合わせる。……さっきの、あの花火の下でのキスとは比較にならないくらい短い、ほんの一瞬だけのキス。唇の感触なんて一切分からない、ひょっとしたら触れ合ってないんじゃないかというくらいの、軽いキス。
「……いま、の……」
「さっきのお返しだ。……すっごいビックリしたんだからな、あれ」
「あっくん……?」
「でも、嫌じゃなかった。嬉しかった。クリスは、どうだった……?」
多分、俺の想いは伝わったはずだ。……クリスの表情が、さっきまでとは違う。相変わらず大粒の涙を流してはいるけれど、困惑の表情から、歓喜と感動に包まれた表情に、確かに変わっていた。
「うん。私も……、嬉しい。――あっくん」
「……クリス?」
「さっきは、なにも言えなかったから。……私も、あっくんのこと、好き、です。……いつからかなんて分かんないけど、でも……でも、本当に、大好き、なの」
クリスの告白。……それを聞き遂げた後、不意に視界が揺れた。
――ああ、俺も、泣いてるんだ……。ゴシゴシと目元を拭うけれども、視界は一向に戻らなくって。むしろ、どんどん視界のゆがみは大きくなるばっかりで。
「……ははっ、あっくん泣きすぎ」
でも、そんなことを言っているクリスだって、まったく涙は止まってなくって。
「んなこと言っても、クリスだって……」
「いいじゃん。……嬉しいんだから」
「……だな」
その後、俺とクリスは時間を忘れて、笑い合いながら、泣き続けた。……互いの涙が枯れ、笑い疲れるまで。




