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晃の覚悟、クリスの葛藤

「……ぜんぜん出ませんねー、電話。ま、状況的にしょうがないですけど」


 何度かけたか分からないくらい晃センパイに電話をかけているけど、一向に出てくれない。なにしてるんですかね、今頃。置き去りにされて泣いてるのか、必死に追いかけてるのか。……どちらにせよ、電話に出てくれないのもしょうがないと言えばしょうがないかもしれない。


 ――とかなんとか考えながら、もう一度電話をかけようとした時、視界の端に見知った人が見えた。……晃センパイだ。しきりに周囲を見て、まるで誰かを探しているようだ。十中八九、クリスセンパイを探しているんでしょう。


「あっ、センパイ。もー、何度電話かけたと思ってるんですか」

「……ごめん、ちょっと立て込んでて……」


 近づいて声を掛ける。……息も絶え絶えで、疲れ切っているのは一目瞭然だ。でも、休もうとする様子はまったくない。きっとクリスセンパイを探すのに必死なんだ、自分を顧みる余裕もないくらいに。


 ――妬けちゃいますね、まったく。


「知ってますよ。……クリスセンパイなら、イネスセンパイが捕まえてくれてるはずですし、一旦休憩したらどうです? 汗だくじゃないですか」

「でも……」

「でも、じゃないです。そのままじゃ熱中症でぶっ倒れますよ。飲み物買ってくるんで、ここでじっとしててください。……絶対ですからね?」

「……分かった。……ごめんね、八橋さん」

「謝んないでくださいよ。好きでやってるだけですから」


 *


「――なるほど。はぁ……思ってたより大変なことになってますね、まったく。……さて、センパイはクリスセンパイを見つけたら、どうするつもりなんですか?」


 沈黙。……きっと、どうしたらいいかまだ分かってないんだろう。どうしたいかは、晃センパイのことだから、きっと決まってる。でも、それをしていいか分からない。だから、アタシの問いにも答えられない。


 さて、ちょっとセンパイの背中を押してあげましょうか。いつか、アタシを助けてくれたセンパイ。……今度は、アタシが助ける番だ。


「朝も言いましたけど。センパイはもうちょっと自分の欲望に正直に生きた方がいいですよ。ため込んでばっかりじゃ、いつか壊れちゃいますから。――それに」

「……それに?」

「クリスセンパイの為を思うんなら、しっかり気持ちを伝えるのが一番だと思いますよ。例えそれで、いろんな人を敵に回したとしても、です。クリスセンパイだって、行動で気持ちを伝えたんですから。――センパイは、誰の味方になりたいんですか? 星之宮家ですか? それとも、クリスセンパイですか?」


 本当は、クリスセンパイを選んだとしても、誰も敵に回ったりはしないんですけどね。……でも、晃センパイの覚悟を問うにはこのくらい言わないとダメだろう。


「……俺、は」


 晃センパイの目の色が変わった。今までの、悩みや葛藤に染まった色から、明確に覚悟の決まった、決意に満ちた色に。……少なくともアタシにはそう見えた。


「俺は、クリスの味方でいたい。それが、正しくない想いだとしても、それでも俺は、クリスの味方でいたい」

「じゃ、やることは決まりましたね」

「ああ。……ちゃんと、気持ちを伝える。もう自分の気持ちをごまかしたりしない」

「それでこそセンパイです。……じゃ、行きましょうか、クリスセンパイのとこに」


 イネスセンパイからさっき届いていたメッセージを確認する。そこには、花火大会の会場のすぐ近くにあるとある喫茶店の名前が書いてあった。つまり、ここにクリスセンパイはいる。


 ――にしても、いきなりキスするなんて。……クリスセンパイ、大丈夫ですかね?


 *


 時間は少し戻り、場所はとある喫茶店の個室。


「ほら、とりあえずこのコーヒーでも飲んで落ち着きなさいな」

「……うん、ありがと」


 店員さんが持ってきたアイスのブラックコーヒーを、何もいれずに飲み始めるクリス。……いつもは見てるこちらが吐き気を催すほどの量の砂糖とミルクを投入するのに。しかも、普通に飲めている。……味覚も機能しないほどに参ってる、ということでしょうか。


「それで? アキラと会ったらどういう話をするつもりなんですか?」

「……どうすればいいのかな」

「まったく。こういうのはどうすれば、ではありませんわ。……どうしたいか、ですわ」


 まあ、ワタクシもあまり人のことは言えないのですが。でも、今悩んでいるクリスは、きっとそうするのが一番なはず。うだうだとどうすればいいかを悩むくらいなら、振り切ってやりたいことをやった方がいいに決まっていますもの。


「どうしたいか……」

「ええ。ワタクシに言わせれば、クリスもアキラも少々我慢しすぎですから。少し素直になった方がいいですわ、お互いに」


 でないと、我慢の糸が切れてしまって、勢いで相手の唇を奪ったりしてしまいますもの。


「我慢、してるつもりはなかったんだけどな……」

「だとしたらとんでもない重症ですわね。自分がなにをしたいか考えてみてごらんなさいな。……それが、きっと正解ですわ」

「うん。……私、謝りたい。キスしてごめん、って」


 ――はぁ。ほんっとうに大馬鹿ものですわね、クリスは。


「それが本当にやりたいことなんですの?」

「……うん。だって、酷いことしちゃったから。謝らないと」

「まあ、謝った方がいいのは事実ですけど。でも、謝ることはそれではありませんわ」

「え……?」

「そのあと、何も言わずに逃げたことの方を謝るべきですわ。まったく、逃げなければロマンチックな告白風景になったものを」


 クリスが驚いたような表情をしている。……そんな顔になるような提案をしたつもりはないのですが。


「……あっくんは、キスされて嫌じゃなかったのかな」

「まさか、嫌な気分にしたと思っていたんですか?」

「……うん」


 思わず特大のため息が漏れてしまう。……本当に、鈍感すぎますわ、この二人。


「はぁ……。まあ、一応はノーコメントにしておきますわ。それは、本人に聞くべきでしょうから」

「うん、そうするよ。……でも、イネスの言う通り、逃げたことも謝らないとね」

「ええ、そうしなさいな。いきなり自分の前から逃げだされるなんて、相手がだれであっても辛いことですから」


 そこまでやり取りをした時、ワタクシのスマホが震えた。……ホタルからのメッセージですわね。


 “いまから晃センパイを連れてそっちに行きます”


 案外早く捕まりましたわね、アキラも。……アキラも、覚悟は決まっているのでしょうか。ホタルがなにか言っているとは思いますし、おそらく大丈夫でしょうけれども。


 さて、泣いても笑ってもこれがきっと最後のチャンス。あの鈍感な二人は、果たしてチャンスをつかめるでしょうか――


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