わからない
「……んっ」
「ちょっ、クリスっ……?」
周囲に花火の轟音と、煌びやかな光が満ちる中、口づけを交わす私とあっくん。
……あれ? ……え、えっ、なっななななにやっちゃってんのわたしっっ!??
とりあえず急いで唇を離す。目が合ったあっくんの表情は、驚きと困惑で一杯になっていた。……多分、私も同じような表情をしてると思う。
「……えっと」
な、なにか言わないと。……でも、なにを言ったらいいのかなんて全然浮かばない。だって、私自身もなんでいきなりキスしたのかなんて、まったく分かんないから。
花火が上がるまでに、なんとかして告白しなきゃって思ってた。でも今までの幼馴染、お嬢様と従者の関係を崩したくなくて。どういう風に言えば崩れないか分からなくて。それをずっと悩んでたら、気づいたら花火の上がる時間になってしまってて。でも、話す内容なんて、まだ全然なんにも決まってなくって。それでも告白しなきゃって、頑張って無理矢理言葉を重ねてたら……あんなことをしてた。
「クリス……?」
私の表情がよほど変なことになってたのか、心配そうにあっくんが私の顔をのぞき込んできた。……ちっ、ちかいちかい近いよっ……。さっきまで触れ合っていた唇が、またすぐそこまで迫って来ている。……こ、こんなの耐えられない……、もう無理っ、恥ずかしさと訳分かんなさで死んじゃうっ!!
「ごっ、ごごごごご、ごめんっ!!」
「お、おいっ、クリスっ!?」
そして、ついになにもかもに耐えられなくなった私は、気づけばあっくんを置いて、さっき上ってきた長くて急な坂を、転がり落ちそうなほどの勢いで駆け下りてしまっていた。
*
河川敷で花火の写真を撮っている最中、不意にイネスセンパイが声を上げた。
「……おや?」
「どうしました、センパイ?」
「あれ、クリスじゃありませんか?」
センパイが指差した方を見る。……するとすぐに、マラソンでもしてるのかと聞きたくなるような勢いで走っている一人の少女の姿が目に入った。……あー、確かにあれクリスセンパイですね。あの目立つ長い金髪を見れば、流石に間違えようがない。
「なんで一人でマラソンしてるんですかね……」
「考えられる要因は一つしかないですが……。ホタル、アキラに電話で確認しておいてくださいますか? ワタクシはクリスを追いかけますわ」
「はぁ……。なにやってんですかね、あのお騒がせコンビは。ま、りょーかいです、センパイ。アキラセンパイの方はアタシがなんとかしときます」
なんとなーくなにがあったかは分かりますけど。……ほんと、予想を裏切らないというかなんというか。ま、いい機会だし、少しだけ恩返ししときますか。
*
「クリスっ、クリス! ……まったく、なにをやっているのですか」
「あ……イネス……」
……ワタクシの声に足を止め、振り返ったクリスの顔は、それはそれは分かりやすく目の辺りだけ真っ赤に染まっていました。……泣きながら走ってましたね、これは。
「はぁ……。ほら、これでも飲んで少し落ち着きなさいな。酷い顔をしてますわよ。せっかくの美人が台無しですわ」
「……えっと、その……」
「なにも言わなくて結構ですわ。その顔を見れば大体何があったかは分かりますから。おおかた、いざ行動に出たはいいものの、返答を貰うのが怖くなって逃げだしたとか、そんなところでしょう?」
クリスが目を丸くしている。……という事は、概ねこの予想は当たっているということでしょう。まったく、本当に最後の最後まで予想を裏切りませんわね。
「……えっと、その……。キ、キス、しちゃった」
「本気で言ってますの、それ」
「……うん」
普通に言葉で告白しただけかと思っていましたが、まさかそこまで大胆なことをしているとは。なんとも、追い詰められた人間はなにをするか分かったものじゃありませんわね……。
「それで、逃げてきたんですの?」
「うん。……なんか、パニックになっちゃって。自分でもなんであんなことしたか分からなくって。普通に告白するつもりだったのに、気づいたら、その……」
「ああもう、それ以上言わなくっていいです。聞いてるこっちまで恥ずかしくなってしまいますわ」
なまじ大胆なことをしてしまったせいで、余計に後始末が面倒になってますわね……。ただ告白しただけなら、先程のように首根っこ掴んでアキラのとこまで持って行って話をさせるのですが。今のクリスにそれをしても、逆効果にしかならなさそうですわね。
「とりあえず、落ち着くまでどこかでゆっくりしましょう。これからのことを決めるのはそれからでも大丈夫ですわ」
「……うん。ありがと、イネス。……ごめんね」
「まったく、なにを謝っているのです。協力すると言ったでしょう? そもそも、親友が困り果てているときに助けない人がいるものですか」
さて、ホタルに任せてはいますが……アキラの方は大丈夫でしょうか。




