ついていけるか心配です
「……つかれた……」
「お疲れ様。……大丈夫?」
「ちょっとキツイかな……」
星之宮家の従者となった次の日。今日は新しい高校への編入日だ。さて、なぜ編入初日にしてこんなにも疲弊しているかと言うと……
「なあクリス。……高校ってこんなに勉強ハードなの?」
「いや、ここが特別ハードなだけだと思う……」
「そっか……。クリスって、頭良かったんだな」
「うーん、私もギリギリでついてってる感じなんだけどね」
俺とクリスが通うこの蘭陵館学園は、とんでもなく高額の学費がかかる金持ち御用達の学校であるだけでなく、学力レベルも全国トップクラスという、まさに未来の社会のトップに立つ人たちを育成する学校なのだ。……普通の進学校に入学予定だった俺には、あまりにもレベルがあってなさすぎる場所だ。
「間宮さんが学業優先でいい、って言った意味が分かったよ……」
「あはは……。まあ、困ったら勉強は教えるからさ、頑張ろう!」
クリスの応援はありがたいけど、教えて貰ってどうにかなるかな……。
*
「というか、さ。ここは一体何なの?」
「あれ、説明してなかったけ? 部室だよ、部室」
勉強の話はいったん置いといて、さっきから気になってた事を聞いてみる。授業が終わった後、最初に決めた通りクリスと合流した俺が連れてこられたこの場所は、この学校の部室棟の一番奥にある小さな部屋。あまり使われていなかったのか、少し埃っぽい。
「いや、それは分かるけど……何部?」
「えっと、一応写真部、ってことになってる」
「一応……? まあいいや。ていうか、普通に喋って大丈夫なの?」
この部屋に入るなりすぐ、「普通にしていいよ」って言われたからとりあえず普通にしてるけど、他に部員がいたりしないんだろうか。
「あー、うん。ここに来る人相手なら別に普通にして良いよ」
「……てことは、他にも部員いるのね……」
クリスが良いって言うんなら良いのかもしれないけど。でも一応、間宮さんや旦那様にはクリス以外には従者としての態度で接する事、って言われてるしなぁ……
と今後の対応について悩んでいると、コンコン、と部室のドアをノックする音が聞こえた。ほかの部員、でほぼ間違いないだろう。
「――はい。どちら様でしょうか」
一応の用心なのだろう、クリスはお嬢様モードになって訪問者の確認をする。
「ワタクシですわ。開けて貰ってもよろしいかしら」
ハッキリとよくとおる女性の声。なんとなく、気の強そうな印象を与える声だ。クリスはその声に安心したようで、さっきまでの笑顔に戻ってドアを開けた。
「遅かったね、イネス」
「ええ、少々お話しが長引いてしまいましたの。……あら? あちらが、この前言っていた人かしら?」
イネスと呼ばれた女子生徒が、俺に目を向ける。俺より確実に高いすらっとした長身。クリスよりもさらにはっきりとした色の金髪。髪型はクリス同様二つにまとめていて、肩の辺りでクルっと丸まっている、いわゆる金髪縦ロールヘアーだ。顔はまるでハリウッド女優かと思ってしまう程に大人びていて、こちらを見る目つきはまるで睨みつけているかのように鋭い。……けど多分、あの目つきは生まれつきだろう。その証拠に、口元は自信と余裕に満ち溢れた笑顔を形作っている。とまあ、誰がどう見ても完全に日本人離れした容姿をしている女性だ。
「……へぇ。思ってたより悪くないですわね」
「一体どんな奴だと思ってたのよ……」
「それはもう、見るからに庶民、という感じの男性を想像しておりましたわ。しかしまあ、思っていたよりはキチンとしているではありませんか」
「そりゃ、うちの従者って触れ込みで入学してるからね。それ相応に身だしなみは整えて貰ってるとも」
……なんか、すごい失礼なやり取りをされている気がする。でもだからといって割り込む勇気はないけど。
「ほらイネス。自己紹介くらいしてあげて。普段は従者だけど、ここでは対等の立場だからね」
「ワタクシは、それはあまり褒められた扱いではないと思うのですけど……。まあ、クリスがそう望むのなら、ワタクシはそれに応えましょうか。――ラ・マリニャーヌ家当主の四女、イネス・フランソワ・ラ・マリニャーヌ、ですわ。ここでなら、イネスと呼ぶことを許可いたします。以後よろしくお願い致しますわ」
「……えっと。南雲晃、です。以後よろしくお願い致します」
「ええ、よろしく。……アキラ、でいいのかしら?」
不意の名前呼びにドキッとする。欧米では性別なんて関係なく名前呼びが当たり前なんだし、深い意味などないのは明らかなんだけど。
「はい、それで構いません」
「別に普通に喋っていただいて良いですわよ? クリスもそうして欲しいようですし」
「……クリス、いいの?」
一応、クリス本人にお伺いを立てる。もし違ったら大ごとだ。
「うん。ここでなら、さっきまでみたいに普通にしてていいよ」
「なら、そうさせてもらおうかな」
ご主人様からのお許しが出たので、ようやく肩の力が抜けた。……でも、あんまり気を抜きすぎないようにしよう。クリスに話す調子のままだと、いつか失言してしまうかもしれないし。
にしても、イネス……さんはどういう人なんだろう。おそらくクリスと同じ特別コースに在籍してるのだろう。さっきの自己紹介からして、留学生なのかな。お嬢様モードで接してない辺り、特別仲がいい相手なんだろうけど。そのあたりをクリスに聞いてみようとした時、タイミング悪くクリスの電話が鳴った。
「はい、もしもし。……はい、分かりました。少し待っててください。すぐ行きます」
「……どうしたの?」
俺が内容を聞いてみると、クリスは少し困ったように苦笑を浮かべた。
「あー、ちょっと呼び出し。……晃は来ない方がいいかな。イネスとおしゃべりしてて。すぐ戻るから!」
「あっ、えっと……。行っちゃった」
言いたい事だけ言い残し、クリスはさっさと部室を出てしまった。つまりは部屋には俺とイネスさんの二人きり。さっき知り合ったばかりという事で当たり前のように沈黙が漂う。しかもなんか興味津々と言った感じで俺のことをじーっと見てきてるし……。いや、その……
――めっちゃ気まずいんですけど!!