花火までのカウントダウン①
あれは、小学校3年生の夏だったかな?
「おーいっ、あっくーんっ!!」
俺とクリスがあの頃住んでいた地域でも、小規模なものではあるが夏祭りが開催されていた。町の真ん中にある神社に出店がずらっと並んだだけの質素なものだったけど、子供の頃の俺らにとっては十分すぎる程に楽しいイベントだった。
「……早かったね、クリス」
「うんっ! だってすっごく楽しみだったもん」
夕方、まだまだ明るい時間帯にクリスと二人で待ち合わせた。……会場になっている神社の裏という、まったくと言っていいほどに人の気配がない場所で。
「でも、なんでこんなとこに集合なの?」
「……別にどうでもいいじゃん」
実際の理由は、クリスと二人きりで祭りを回ると学校の友人に知られたらきっとからかわれるに違いないと思ったからだ。今にして思えば、どうせ会場内を二人で歩いてれば勝手にバレるんだし、気にするだけ無駄だったんだけど。
*
「ねね、アレ食べたいっ!」
「……りんご飴?」
「うんっ」
二人でしばらく回っていると、クリスがおもむろに一つの出店を指さした。……それが、りんご飴の出店。
「……えっと、持てるの?」
「ムリっ!」
既にクリスは両手に水ヨーヨーやら金魚すくいですくった金魚だったり射的で当てたよく分からないキャラクターのぬいぐるみだったりを抱えていた。そりゃ、新たにりんご飴なんて持てる訳ない。下手に持ったら他に持ってるものに引っ付いてべたべたになるだろう。
「いったんウチに置きに戻ろう。そのあとで買いに戻ってくればいいし」
「えー、今食べたいのっ。……そうだっ」
駄々をこねた挙句、ものすごい悪戯っぽい笑顔に変貌したクリス。……経験上、なにか面倒くさいことになるのはこの頃の子供だった俺でも分かった。ただ、それを回避できる程の経験値は残念ながらなかったけど。
「おじさん、りんご飴一個お願いしまーすっ!」
「あいよっ。……嬢ちゃん、持てるのかい?」
出店のおじちゃんが怪訝そうな目でクリスを見る。しかしクリスは自信満々な表情のままで、クルっと俺の方に向き直り、こう宣った。
「あの男の子に渡してください!」
「なるほどね。……大変だな、坊主」
「……まあ、はい」
思えばこの頃から既に「お嬢様と従者」な関係だったのかもしれない。
*
「あー、そんな事もあったねー!」
「忘れてたのかよ……」
二人で道の脇にあったベンチに座り、りんご飴を舐めながらそんな思い出話をしていた。
「そのあと結局どうしたんだっけ」
「俺の手のりんご飴を舐めながら俺ん家に荷物置きに戻ったよ。あの光景、じいちゃんに見られて結構からかわれたんだぞ……」
しかもその光景はクラスの男友達にも見られていて。休み明けにとんでもない勢いでいじられたのは言うまでもない。
「あの頃の私が今の私を見たらびっくりするだろうなー」
「確かに、それは間違いないな」
「だよねー。まさかあんな豪邸に住んでお嬢様やってるとは思わないよねー」
まったくだ。人生なにがあるか分からないとは言うけど、クリスほどの激動の人生を歩んだ人はそうそういないだろう。
「でも、それはあっくんもでしょ? まさかあの頃一緒に遊んでた幼馴染にお仕えすることになるとは思ってなかったでしょ?」
「そりゃねぇ……」
そんな未来を想像してたらそっちの方がよほどヤバい。妄想も大概にしろって感じだろう。……でも、現実はそうなってるわけで。現実は小説よりもなんとやら、ってやつかな?
「――よっし、そろそろ行こっか! ねぇねぇ、何食べる? 私がおごってしんぜようっ!」
「もう食べ終わったのか?」
「うんっ。……食べるの遅くない?」
見ればクリスは既にりんご飴を食べ終えていた。対する俺はまだ半分くらい。おいしいけど、流石にりんご丸々一個分は多いというか飽きるというか……。
「……クリス、いる?」
「いいのっ!?」
凄い食いつきっぷりだ。……そこまで好きだったっけ、りんご飴。今度自分で作ってみておやつに出してみようかな?
「いいよ。全部食ったら他のもの食べれなくなりそうだし」
「じゃあ遠慮なくっ。いっただっきまーすっ!」
俺の差し出した手から半ばひったくる勢いで取って、さっそく一口。……しかしなぜか、すぐに顔を真っ赤にし始めた。
――あ、これってもしかして……
クリスのその反応を見てようやく気付く。……今のが、いわゆる“間接キス”だという事に。
「……あっくんのバカ」
拗ねたような口調。どうやら本気で怒ってるわけじゃなくて、単に恥ずかしさが振り切れただけみたいだ。
「俺のせいかよ……」
「だって、“いる?” って言われたらそりゃ食べるしかないじゃん……」
確かに俺から言いだしたけどさ……。まあ、謝るべきなのは確かだけど。
「まあ、確かに。……悪かった」
「いいよ、別に。嫌って訳じゃないし。……でも、あんまり気軽にああいうことしちゃダメだからねっ!」
食べてから気づく鈍さが実にクリスらしい。いや、俺も人のこと言えないけど。
「じゃ、気を取り直して、っと。――行こっか、あっくん。早くしないと花火上がっちゃうよ」
「……おう」
まだまだ赤みの引いてない頬のまま、クリスは歩き出してしまった。……俺のあげたりんご飴を、大事そうに舐めながら。
――花火が上がるまで、あと一時間。




