夏の思い出はりんご飴の味
「おぉ……。流石の人だねー!」
「すごい人手ですわね……。みなさん、はぐれたりしてはダメですわよ」
「ですね。気を抜いたらすぐ見失っちゃいそうですし」
夕方。俺らは最初の予定通り、今日行われる花火大会を見るために会場の公園に来ていた。会場には既に色々な出店が出ていて、まだ花火が上がるまで時間があるというのにかなりの人でにぎわっていた。……なんか、ちょっと懐かしい感じだ。
「さて、花火が上がるまではまだ2時間くらいありますが……、どうしましょうか」
「ま、普通に出店を回ってればいいんじゃないですか? いろいろありますし」
「食べ歩きだね。……懐かしいなぁ」
「確かに、クリスはこういうの久しぶりか」
前に来た時は雨で中止になってしまったと言っていたし、出店巡りなんておそらく星之宮家に来てからは始めてだろう。
「……食べ歩き、ですか。……その、大丈夫なんですの……?」
イネスさんの怪訝そうなつぶやき。まあ確かに、生粋のお嬢さまにはちょっと敬遠したくなるイベントかもしれない。
「だいじょうぶだって! フランスにだって祭りはあるでしょ? それと同じ同じっ」
「……なるほど。まあ、毒が盛られるわけでもありませんしね」
「まあ、そうですね。……口に合うかは微妙かもしれないですけど」
それは……確かに。日本の祭りの屋台で売られてる食べものって、昨日の宅配ピザ並みかそれ以上に油こってりだったり味が濃かったりするからなぁ……。
「まあ、せっかく来たのですし、何事も挑戦が大事ですから。食べるだけ食べてみますわ」
「そうそうっ。食べたら以外にハマっちゃうかもしれないしっ」
「そうなんですよね……。明らかにスーパーのお惣菜の方が美味しいのに、なぜか祭りの焼きそばは毎回食べたくなっちゃうんですよね……」
分かるなー、それ。俺も地元の祭りでは毎回の如く焼き鳥を買ってたけど、味が滅茶苦茶美味しいのかと言うとそういう訳じゃないんだよね……。あれはやっぱり雰囲気込みでの味というものなんだろうか。
「じゃあ、さっそく行ってみようっ! レッツゴー!」
「……クリス。ちょっとお待ちなさい」
出店が並んでいる区画に歩き出そうとしていたクリスの首根っこをイネスさんが掴んだ。
「少しクリスを借りますわ。すぐ戻りますのでここで待っててくださいます?」
「えっと、わ、分かった」
「あはは……。りょーかいです、センパイ」
そしてそのまままるで猫を持つようにすっと持ち上げて人の少ない雑木林の裏に消えていった。……イネスさん、意外に力強いな……。
「……どうしたんだろう?」
「まあ、大体の予測は付きますけどね。……晃センパイには分かんないかもしれないですけど」
「……?」
*
「ちょっと、クリス? 聞いていた話と違いますわよ?」
「……あはは」
「笑ってごまかさないでください。……全く、昨日のあれは本気ではなかったのですか?」
「その……いざやるってなると、恥ずかしくって……」
ため息が漏れる。……まあ、そんなことだろうとは思いましたけど。ほんと、一番大事な時に限って臆病になるんですから。
「気持ちは分かりますけども。……でも、これ以上ないチャンスなんですわよ? 協力ならしますから、ちょっとくらい勇気を出してくださいな」
「……うん。頑張ってみる、けど……。もしダメそうだったら、フォローお願いしても、いいかな?」
「さっきから協力すると言ってるではありませんか。フォローくらいいくらでもしますわよ」
ワタクシだって、こういう色恋沙汰で臆病になってしまう気持ちは嫌ってほどに理解しているつもりですし。
「ありがと。……戻ろっか」
「ええ」
元居た場所に戻り始めたクリスは決意に満ちた目つきになっていた。……まあ、あれならおそらく大丈夫でしょう。
「頑張りなさいな、クリス。……応援してますわよ」
クリスの後ろを付いていきながら、聞こえないように小声で呟く。
「イネス? なんか言った?」
「いいえ、なんにも」
「そっか。……ありがとね」
まったく。……ちゃんと聞こえてるじゃありませんか。
*
「あっ、センパイがた戻ってきましたよ」
「ほんとだ。……早かったな」
時間にして大体5分くらいだったかな? もっと時間かかるかもと思ってけど、意外にすぐ戻ってきた。……ただ、どうにも気になることが一つ。なぜかクリスが顔を真っ赤にし、視線を右往左往させているのだ。
「えっと、クリス? なんかあった?」
「いっ、いやっ、なんにもないよっ?」
いや、その反応絶対なにかあったやつじゃん。イネスさんになに言われたんだろう……?
「……はぁっ」
「……まったく……もうっ……」
そんなクリスの様子を見てイネスさんと八橋さんがそろってため息を吐く。……ひょっとして、理由分かってないの俺だけ?
「晃センパイ、ここは男からバシッと言うところですよ」
「えっと、それはどういうことですか、八橋さん?」
「……呆れました。呆れてなにも言えないですよ、センパイ。……この場面で言う事なんて、デートのお誘い文句以外なにがあるって言うんですか」
なにも言えないって言いながらもばっちり全部言ってくれる八橋さん。……でも、それでほんとに合ってるんですかね……。ついさっきまで「皆で出店巡りをしようっ!」って感じだったのに。
「大丈夫、ちゃんと私からいうから」
「ならいいですけど。――イネスセンパイ、二人で先に行きませんか? ここにいると胸やけ起こしそうですし」
「ですわね。じゃ、ワタクシたちは先に行ってますので。……ごゆっくりとお楽しみくださいな」
と、あっという間にイネスさんと八橋さんは二人そろってニヤニヤしながら去っていってしまった。というか、胸やけってどういうこと……?
「えっと、その。……どう、する?」
「……じゃ、じゃあ、二人でお祭り見て回ろっか。晃がそれでいいなら、だけど」
断る理由はどこにもない。休暇中とはいえクリスの従者なわけだし、二人で行動するのは至極自然なことだ。……それに、好きな子と二人きりで祭りを回れるのだ、嫌な訳がない。
「うん、もちろん。……どこ行く?」
「うーん、そうだね……。あっ、アレとかどう?」
クリスが指差した先にあったのは、りんご飴を売っている屋台。なぜかほかの屋台とはちょっと離れた位置にあって、そのせいかあまり人もいない。
「……なんか、懐かしいな」
「でしょ? やっぱり祭りと言ったらあれだよねっ、“あっくん”」
懐かしい呼び方に、ドキッとしてしまう。……俺をそう呼んだのは、再会してクリスの従者になった、あの日が最後だったっけ。
「……そうだね。行ってみようか。あんまり並ばなくてもよさそうだし」
「うんっ。じゃっ、レッツゴー!」
やたらと高いテンションで、俺の腕をつかんで走りだしたクリス。……なんか、まるで小学校の頃みたいだ。あの頃も、こうやってよく引っ張られてたっけ、俺。
「おじさん、りんご飴ふたつお願いしまーす」
屋台のおじさんから二つのりんご飴を渡され、ご満悦な表情をしているクリス。左手に持っている方を、ずいっと俺に差し出してきた。
「はいっ、どーぞ。……あっくんも食べるよね?」
「あ、ありがと。……その、なんで急にその呼び方を……?」
流石に気になったので聞いてみた。昔から呼ばれ慣れてるとはいえ、この歳で久々にそう呼ばれると、ちょっと恥ずかしい。
「あ、ごめん。……なんか、昔を思い出して、つい。嫌だった?」
「そんなことないけど。でも、最近はそう呼んでなかったし」
「あはは……ちょっと恥ずかしくってさ。でも、今は別に誰も聞いてないし。……いいでしょ?」
そう言いながらさっそくペロッとりんご飴を舐め始めたクリス。……やっぱり懐かしいな、この風景。
「うん、やっぱり美味しいっ。あっくんも食べなよ、美味しいからさっ」
美味しそうに食べてるクリスを見て、思い出してしまうのはあの日の記憶。……いま思えば、あれがクリスを“女の子”として意識した最初の日かもしれない。
――それは、ずっと昔の、ひと夏の記憶。久しく忘れていた、二人だけの秘密の思い出。




