夏だ! 休みだ! 合宿だ!
「……あっつ」
「――お嬢様。流石にその発言はどうかと」
7月になった。つい先日ようやく梅雨も明け、まさに夏真っ盛り、といった時期だ。……つまりは、
「あつい」
「気持ちは十分理解致しますが、もう少々辛抱してください、お嬢様」
となる訳だ。――俺だって暑いよ。言えないけど。
ここは学校の講堂。流石にお金持ちばかりが通う私立の学園ということもあってか冷房もキチンと点いており、普通の高校に比べれば格段に涼しい。
……ただそれは他と比べた場合の話。いくらしっかり冷房を点けているとしてもここには中等部から高等部までの全校生徒が集合している訳で、当然ながらそれなりに蒸し暑い。まあ、熱中症の心配はない程度の気温ではあるんだけど。……でも、クリスの言う通り、暑いものは暑い。
「晃。これは後どれくらいかかるのかしら?」
「後は学園長様の“ありがたいお話”を残すのみです。――もう少しです」
「……違うわね。ようやく折り返しよ」
今日ここに全校生徒が集まっているのは他でもない、一学期の終業式の為である。この学校の講堂での式典の席順はクラスごとではなく完全な自由席制なので、本来放課後くらいしか一緒にいないクリスと珍しく従者らしく行動を共にしている、というわけだ。ただ、暑さと湿度のせいかクリスお嬢様の口調が若干怪しい。……ぼろが出ない程度ではあるけど、相当参っているみたいだ。
「それでは、学園長からのお話です」
アナウンスに合わせて、いかにもなお爺ちゃん、つまりは学園長が、ゆったりと壇上に上がる。それはもう、亀の生まれ変わりなのではと思ってしまう程のスピードで。
「……あっつ」
「……そうですね、お嬢様」
*
「あーっ、あーつーいーっ!!」
「ちょっとクリス? 部室に入るなり叫ばないでくださいな。うるさいですわ」
「だって、暑かったんだもん。叫びたくもなるよー」
「……クリスセンパイの気持ちも分かりますけどね。暑いし、長いし」
今日は終業式が終わればそのまま解散、つまりは放課後だ。今は写真部の部員全員でいったん部室に集まっているところだ。特になにか示し合わせたわけでもなく集まってるところが実にこの部活らしい。
「して、今日はなにをするつもりなのです、クリス。わざわざ部員をここに集めて」
「あれ、集めたの?」
初耳だ。俺には何にも言ってなかったはずだけど……。
「うん、昨日の内に皆にメール出しといたの。あ、晃には出してないけど。どうせ私と一緒にいるんだしね」
「あー、なるほど……」
理由は分かるけど、それでも事前に一言くらい言っておいて欲しかったかな……。気持ちの問題でしかないけど。
「で、なにするつもりなんですか、クリスセンパイ?」
八橋さんからの質問。一学期が終わった反動からか、いつもより若干テンションが高めに見える。
――八橋さんのあの告白から大体ひと月。流石に直後はかなりぎこちなくなってしまったけど、最近は以前とほぼ同じ態度で会話できるようになった。……むしろ、俺の方が引きずってるくらいかもしれない。センパイなんだし、しっかりしないといけないんだけど。
「えっとね。今月いっぱいって、皆なにか用事あったりするかな?」
「ワタクシは特になにもないですわね。フランスに戻る予定もありませんし」
「えっと……。うん、アタシもなにもないですね。お盆はちょっとありますけど、今月中は別になにも」
イネスさんと八橋さんの意見を聞いたあと、クリスは何故か俺の方を向いた。
「……晃は?」
「なにもある訳ないじゃん……。というか、なにかあったとしても“お嬢様”の命令には逆らえませんし」
「うむ。よろしい」
なんの確認だったんだろうか。元より俺に拒否権はないのだから、確認する必要なんてないのに。
「という訳で、さっそく来週から一週間くらい、うちの別荘で部活の合宿でもやろうと思ったんだけど、どうかな? どうかな? 」
めっちゃ目がキラキラしている。これはクリスのやつ、結構前から計画してたな……。いくら自分の家の所有物でも、俺らだけで貸し切れるようにするには結構な根回しが必要なはずだし。早く言ってくれれば手伝ったのに。
「別荘ですか!? え、どこにあるんです?」
生まれも育ちも庶民な八橋さんがいの一番に食いつく。そりゃあ、お金持ちの別荘なんて、行ってみたいに決まってるよなぁ……。一生経験できなくても不思議じゃないくらいの体験だし。
「定番も定番、軽井沢だよー」
「軽井沢の別荘……現実に存在するんですね……。よし、アタシ行きます。いや、むしろ行かせてくださいっ、クリスセンパイ」
「もちろんっ! こっちから誘ってるんだしね。イネスはどうする?」
「もちろん行きますわよ。ワタクシだけ仲間外れにしないでくださいな」
「りょーかい。じゃ、全員で行くってことで決定だね!」
と、あっという間に別荘での夏合宿が決定した。にしても、合宿ってなにするつもりなんだろう? まさか朝から晩まで写真撮ってるわけじゃないだろうけど……。
「じゃ、詳しい話はまた後日メールするね。じゃあ晃、帰ろっ。そろそろおば様が来る時間になっちゃう」
「おっと、そうだった」
まだ少し時間に余裕はあったけど、実はこの後星之宮邸に来客の予定があったのだ。今回はクリスも顔を出すらしいし、そろそろ引き上げないといけない。
「じゃ、あとは適当に解散しといてね。まったねー!」
「じゃあね、八橋さん、イネスさんも。またね」
「はい、またです、センパイがた」
「ごきげんよう、お二人とも」
*
「……ふぅ。クリスもやっと重い腰を上げたようですわね」
「みたいですね。相変わらず晃センパイは察してないっぽいですけど」
残された二人で、そんなやり取りをする。流石に、あの合宿の真意に気付かないような間抜けはアキラだけのようですわね。
「その……ホタルは、良いのですか?」
「いいですよ、もちろん。晃センパイが幸せになれるんなら、それが一番ですから」
「はぁ……。ほんとうに、惜しい真似をしましたわね、アキラも」
「どういう意味っすか、イネスセンパイ?」
「ふふっ、なんでもないですよ」
気付いてない辺りがホタルらしい。きっと、ホタルは将来いい男を捕まえるでしょう。……それがアキラでないのは、少し残念ですが。
「さて、いい加減にゴールしてくださいな、お二人さん」




