ガールズ・トークⅢ
ぼふっ……と音を立ててベッドに倒れ込む。早く寝ないと。明日からはまた新しい一週間が始まるのだ。
「いやー、ダメだったなぁ……」
ふと、無意識にそんな呟きが漏れる。……ほぼ同時に、目元から一筋の光も落ちる。さっき泣いたので終わりにするつもりだったんだけどなぁ。
――ごめん。俺も、好きな人がいるんだ
分かってた。分かってたはずだった。センパイがそう返すことくらい、十分想定していたはずだった。だから、始めから叶うなんて思ってなかった。……なのに。それなのに涙は止まらない。決まってた、分かってたはずの結末に、心はまだ納得できてなかった。
ふと、机の上に置いていたスマホが鳴っていることに気付いた。……ゆっくりと近づいて画面を見てみると、そこには“イネスセンパイ”の文字。……どうしてこんな時間に。
「……はい。どしたんです、イネスセンパイ?」
「あら、やっとでましたか。こんばんは、ホタル。……その声から察するに、やはり泣いていたようですね。かけて正解でしたわ」
「……誰から、聞いたんですか?」
本来なら、イネスセンパイはまだ知らないはず。となるとこの星之宮邸にいる誰かが教えたんだろうけど……、多分クリスセンパイだろうな。
「クリスからですわ。……どうなったとしても直接は聞きづらいから、と頼まれまして。そして、落ち込んでいるようでしたら慰めてあげて欲しい、とも」
「そうですか……」
お見通し、だったのかな。クリスセンパイには、アタシが晃センパイに振られることも分かってたのだろうか。
「大体考えていることは分かりますけど。別にホタルが振られると分かってたわけではないと思いますわよ。なにせ、自分のアキラに対する好意にすら最近ようやく気付いたくらいですから。アキラから好意を向けられていることになんてさらさら気づいておりませんわ」
「はは、お似合いの二人ですね」
晃センパイも、クリスセンパイからの好意には全く気付いてないみたいだし。毎日あんなに全身から好き好きオーラ出してるのに。
「ま、ワタクシもそれは否定しませんわ。……でも、だからといって自分の気持ちを押し殺す必要などどこにもありませんわよ? ワタクシしか聞いておりませんから、どうぞ好きなだけ吐き出して下さいな。……ため込んでても、いいことないですよ」
優しい声色。……つい、甘えてしまいそうになってしまう。
――でも。
「だいじょぶですよ、イネスセンパイ。……まあ、ツライのはツライですけど。でも、まあなんとなく分かってはいましたから」
まだ、諦めれるわけじゃない。まだ、好きなのは間違いない。でも、だからって引きずってなんていられない。
「そう、ですか?」
「はい。……べつに、嫌われちゃった訳じゃないですから。嫌われてたら、そりゃあワンワン泣いてたかもしれないですけど。でも、明日からもセンパイはセンパイですから。だから、まだギリギリ大丈夫です」
「強いですわね、ホタルは。……ワタクシなら、挫けてしまってますわ」
「そーですかね? 滅茶苦茶強そうなイメージですけど、イネスセンパイって」
アタシ的に、イネスセンパイは鋼の精神の持ち主だと思ってたので割と驚きだ。
「まさか。別に強くなんてありませんわ、ワタクシなんて。そう見えるのなら、うまく誤魔化せてるというだけですわね」
確かに、そう言うイネスセンパイの声色は心なしかか細く聞こえた。意外と、女の子っぽい所もあるのかも。……って、センパイに対して考えることじゃないか。
「はは、なんか少し眠くなってきました。……センパイのおかげで、なんとか寝れそうです」
「良かった。少しでも助けになれたのなら、嬉しいですわ。――おやすみなさい、ホタル。また明日」
「はい、また明日です、イネスセンパイ」
*
「……ま、思っていたよりは落ち着いていましたわね」
通話を切って自室のベッドに倒れ込む。クリスにお願いされた時はどうなるかと思ったけれど、あの調子ならなんとか乗り越えられるだろう。
「ワタクシなんかより、よほど強いですわね、ホタルは」
ワタクシなんて、見せないように努力してるだけで挫けっぱなしだというのに。……まったく、何度クリスに愚痴を吐き出したか。
「アキラも、もったいないことをしましたわね」
あんなにいい子、中々いませんのに。まあ、クリスという想い人がいるのですし、仕方ないですが。……その相手と結ばれる気がないのはどうかと思いますけれど。
「あとは、あの二人がどうするかですわね」
あの鈍感二人組のことだから、まだまだ時間はかかるでしょうけれど。
――ピロンッ
唐突に、手に持ったスマホが鳴った。……そろそろ日付も変わろうというのに、どなたでしょうか。
“明日のこの時間、いつもの所で会えないだろうか”
それは、最も連絡の欲しい相手にして、最も連絡をしてほしくない相手からのメッセージ。……待ち焦がれているはずなのに、二度と連絡して欲しくない、そんな彼からの短い一言。
「はぁ……。まったく、今日は珍しいことばかり起きますわね」




