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最後の夜、それぞれの胸の内

「それじゃおやすみなさい、センパイがた」

「うん、おやすみ、八橋さん」

「おやすみー!」


 日曜日の夜。既に22時を回り、あとは寝るだけ。……なのは分かってるけど、今のアタシには眠気なんて微塵もなかった。


 ――結局、なにもしてない。なんにも変わってない。


 晃センパイとの仲を何とかして進展させたくて押しかけたのに、それらしいことは何もできなかった。一応、明日学校が終わったら自宅に帰る予定だ。まあ、クリスセンパイのご両親が出張から戻られるのはまだ先の話らしいし、無理を言えば滞在し続けることはできるだろう。でも、さすがにそれは図々しすぎる。となると、なにかするならば今日がラストチャンスになる。……何もできなかったけど。


「まーだ、諦めるのは早いんじゃない?」

「……クリスセンパイ?」


 周りに誰もいないと思ってたのに、気づいたらすぐ横にクリスセンパイがいた。どうやら、アタシの胸中はとっくに筒抜けみたいだ。優しい、まるでお母さんのような微笑みを浮かべている。……アタシにお母さんはいないけど。


「だいじょーぶ、晃はいないよ。明日の朝の準備で大広間に行ってる。……で、提案があるんだけどさ」

「提案、ですか?」


 なんか、すっごい悪戯っぽい笑みを浮かべている。


「そ。簡潔に言えば、今の内に晃の部屋に忍び込んじゃえ! って感じ。ベッドにでも寝転がっておけばいいんじゃないかな?」

「それ……、俗に言う、“夜這い”ってやつですよね……?」

「まあ、そうだね」


 ダメでしょ。それは流石にダメに決まってる。……ダメ、だよね?


「あー、ほたるちゃんったら、“流石にそれはドン引きです……”みたいな顔してるー。いいのかなー、このままじゃ何もなく終わっちゃうよー?」


 挑発的な笑みを浮かべてるクリスセンパイ。……どうやら、別に適当なことを言ったという訳じゃないみたい。クリスセンパイは本気でアタシに夜這いを勧めてる。確かに、それくらいしかもう今日できることはないかもしれないけど……。


「えっと……。いいんですかねそんなことして……」

「いいんじゃないかな? 私がほたるちゃんの立場ならやってると思うけどね。……というか、普段のほたるちゃんなら躊躇わなさそうなのにねー。ほんと、晃センパイが絡むと途端に普通の女の子になっちゃうんだから。……いやぁ、かわいいなぁ」

「かっ、かわいいって……。それに、アタシそこまで節操なしじゃないですっ!」

「えー、ほんとかなー?」


 嘘だ。……いや、厳密には嘘だった、かな。写真部に入る前のアタシなら、確かに躊躇わなかったかもしれない。人の秘密を調べて、掘り当てて、ばらすぞって脅しをかけて、口止め料にお菓子とかを貰って。……それが、昔のアタシのすべて。退屈でしかなかったあの学校で、暇を持て余してた頃のアタシ。仲の良い友人も、尊敬できるセンパイも、好きな人も、あの頃は何も、誰もいなかった。でも、今は違う。……たった一か月半で、こんなに変われるなんて。


「さて、どうする? 早く決めないと、晃も寝ちゃうよ?」

「……やります、行ってきます」


 決めた。なにもしないよりはずっと良いだろうから。例えなにも残せなかったとしても、何もしなかった時よりは気が楽にはなってるだろうから。


「……そっか。じゃあ、私からは餞別にこれをあげよう!」


 そう言ってアタシの手に握らせたのは小さな銀色の鍵。……と、ちょうどアタシの腕のサイズにピッタリな長さのミサンガ。


「鍵は晃の部屋のだよ。多分閉まってるからそれで開けてね。あと、そのミサンガは私からのお守り。……ちょっと子供っぽかったかな?」

「いえ、そんなことないと思いますよ。ありがとうございます、センパイ。……頑張ります」

「うん。……行ってらっしゃい!」


 *


「はぁ……」


 さっきまでの私は、ちゃんといいセンパイを演じれてただろうか。不審がられてはなかったと思うし、多分大丈夫だろうけど。でもほたるちゃんは勘の良い子だし、ひょっとしたら違和感くらいは持ったかもしれない。


「ダメだなぁ、私」


 分かってる。もう流石に気づいてる。ずっと自分で自分に嘘ついて、見て見ぬふりをしてたけど。でも――


 ――私だって、晃のことが好きだ。


 ずっと真面目に考えずに逃げてたけど、でもやっぱりこの気持ちは本物なんだ。……だから、本当はほたるちゃんを晃の部屋になんて行かせたくない。今だって、ほたるちゃんを止めに行きたい気持ちでいっぱいだ。嘘ついてでも、無理矢理でも、なんなら力づくでも、ほたるちゃんを止めたい。


「いやいや、落ち着け私。……落ち着け」


 可愛い後輩の決死の行動を無に帰すわけにはいかない。……だから、せめて今日だけ、今日までは、落ち着け私、鎮まれ私。


「晃は、なんて言うのかな」


 あの鈍感な晃だって、流石に今日のほたるちゃんの行動の意味が分からないほどではないはずだ。……だから、晃はきっとなにかをほたるちゃんに告げる、はずだ。


「いいよ、って返すのかな……」


 そんな想像をした瞬間、今までより一段強い痛みが胸を襲った。……嫌だ。嫌に決まってる。いくら可愛い可愛い大好きな後輩が相手でも、それは嫌だ。


「でも……」


 でも、ほたるちゃんの気持ちを断る晃も、それはそれで嫌だ。可愛い可愛い大好きな後輩の恋敗れる様なんて、見たくない。ましてその相手が晃だなんて。


「ワガママだなぁ、ったく」


 我ながら呆れてしまうくらいにワガママだ。二択のどちらに転んでも嫌だなんて、子供っぽいにもほどがある。


「ごめんね、ほたるちゃん、晃……」


 嫌だ嫌だで堂々巡りになる思考回路を必死になだめながら、私の人生で一番長い夜は更けていく。


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