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従者として、だけでなく

「こちらへどうぞ」

「は、はい……」


車で移動すること約三十分。恐ろしいほどの広さの豪邸にたどり着いた。一流のホテルかと見まごう程だ。ヨーロッパの宮殿のようなデザインで、家だけでなく庭も相当な広さをしている。……これからここで生活すると思うと、頭がくらくらしてきそうだ。


「では。旦那様も奥様も今は不在ですので、私から先にお仕事の内容を教えておきます」


今いるこの部屋は応接間、らしい。……普通の住宅の総面積と張り合えそうなくらいに広い。クリスは自室に戻ってしまったので、ここにいるのは俺とメイドの間宮さんだけだ。……凍り付いてしまいそうな程の冷たい目線をこちらに向けている。表情からは一切の感情を読み取れない。これは、あまり歓迎されてないのかもな……。まあ、そうだとしても仕方ないとは思うけど。


「一度しか教えないので、確実に覚えること。……よろしいですね?」

「はっ、はいっ」

「あなたは今日から私の下で働くのですから。ちゃんと覚えて貰いますよ」


……大丈夫かな。従者生活、開始三十分にして早くも心が折れそうだ。



「で、どうだった? 間宮の研修は」

「……めっちゃ優しかった」

「でしょ?」


あれから約一時間、みっちりきっちりと間宮さんによる仕事内容の研修を行った。……最初の印象がまるで嘘かのような優しい教え方だった。分からない所は言えばちゃんと教えてくれるし、理解できるまで何度も同じ内容を繰り返してくれた。


「間宮、顔はあんなだけど、すごい優しい人だから。……怒ると怖いけどね」

「まあ、それはそうだろうね……」

「でさでさ、仕事ってどんな事するの?」

「あ、知らないんだ……」


一応、俺の雇い主なのに。まあ、お給料出したりするのは旦那様(間宮さんからそう呼ぶように強く念を押された)だけどさ。


「学校とかの、間宮さんとかボディーガードさん達が入れない所でクリスのサポートをする、ってのが主な仕事かな。……だから明日からクリスと同じ学校に通う、事になってる」

「あ、そうなんだ」

「マジで知らなかったのかよ……」


クラスは流石に違うらしいけど。何せクリスの在籍するクラスは超が付くようなお金持ちしか入れないような特別コースなのだ。流石にそこに入る訳にはいかない。なので俺は一般コースに編入されることになっているとのこと。……それでもそこそこ以上の金持ちばっかりらしいけど。馴染める自信がないなぁ……。


「それ以外ってなにやんの?」

「基本的には学業優先で良いってさ。だから大した事はしないよ。せいぜい間宮さんのお手伝いくらいかな」


驚いた事に、この屋敷はとんでもない広大な広さなのにも関わらず雇っているメイドは間宮さん一人らしい。つまり今この屋敷内での家事はほぼすべて間宮さんがやっている。つまり、この手伝いをしてほしい、というのが残りの仕事だ。むしろこっちのが大変かもだけど、まあ家事は嫌いじゃない、というか好きな方だし、貢献はできると思う。でも、朝が五時起きなのは勘弁してほしかったなぁ……。


「どうかな? やってけそう?」

「まあ、やれるとこまでやってみるよ。どのみち他に行く先もないしね」

「そっか。私はその……立場上手伝ったりできないけどさ、愚痴くらいは聞くから。二人きりの時は、昔と同じように接してね。言っとくけどこれ、“お嬢様”としての“従者”に対する命令だから」

「はい。かしこまりました。お嬢さま」

「だーかーらー、二人の時は普通にってばー!」

「あはは、ごめんごめん」


従者としてそれでいいのかはちょっと悩みどころだけど、他ならぬ“クリスお嬢様”の命令ならしょうがない。……間宮さんにも、普通に接してあげて欲しいって言われたし。



約十分前。応接間にて――


「さて、これで一通りの仕事内容の説明は終わりです。何か質問はありますか?」

「……いえ。問題ないと思います」

「ならよかった。――さて、今から話す内容は、他言無用でお願いしたいのですが……」


仕事内容のレクチャーが終わった後、間宮さんは少し言いにくそうにそう切り出した。


「はい、なんでしょうか」

「お嬢様の従者となるあなたにこんな事を言うのは、些か不適切なのは分かっています。ですが、どうかこれからもなるべく今まで通り、幼馴染としてお嬢様と接して頂きたいのです」

「……いいんですか? てっきり真逆の事を言われると思っていましたが」


普通、従者になるのだから今までの事は切り捨てて上下関係をきっちりしろ、ってなると思うんだけど。


「まあ、それが正しいのは分かっております。……しかし、今のお嬢様は、はっきり言って少々無理をしていらっしゃいますから。あなただけは、素の性格を出せる相手で、理解者でいて欲しいのです」


無理をしてる、か。確かにあの感情を殺した“お嬢様モード”はかなり疲れる、ってクリス本人も言っていたっけ。理解者がいた方がいいのは間違いないだろう。……俺に務まるかは分からないけど、でも頼まれて断る理由なんてどこにもない。


「はい。……俺にできるかは分かりませんが、可能な限りは」

「……ありがとうございます。こればかりは私よりも、同年代で幼馴染であるあなたの方が適任ですから」


ふっ、と間宮さんが微笑んだ。……ああ、この人もクリスのことが本当に大事なんだろうな。そうでないと、あんな綺麗な笑顔にはなれない筈だ。ちょっとだけ、この人の性格が分かった気がした。


「さて、お嬢様の部屋にご案内いたします。……これから、よろしくお願いいたしますね、南雲さん」

「はい。よろしくお願いします、間宮さん」


まだ不安は大きいけど、何とかやっていけそうな気はしてきた。味方をしてくれる人もいるわけだし、これなら多分頑張れる……はずだ。


――まあ、その自信はたったの三日と持たずにぽっきり折れてしまうんだけどさ。


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