お料理教室開催中
「ふわぁ……。おはよー、晃、ほたるちゃんも……。はやいねぇ……」
「すごいあくびっすね……。ま、おはよーございます、クリスセンパイ」
「起こしに行こうか迷ってたんだけど。ちゃんと起きれたみたいで良かった」
さて、という訳で土曜日の早朝。時刻は朝の5時45分。俺と八橋さんは5時半にはここ厨房に集合していた。……まあ、クリスが遅れてくるのは想定内だったし、ちゃんと5時台の内に来たのでまあOKだろう。
「眠い……。二人ともすごいねぇ……」
「この前は5時ごろに起きてたのに」
「あの時はなんとなく目が覚めちゃっただけだからねぇ……。二人はいつもでしょー、うん、すごいすごい」
寝ぼけてるな、こりゃ。明らかにボーッとしてる。この状態のクリスに包丁やコンロの火なんてとてもとても扱わせられない。……目が覚めるまで少し待つか。
「クリスにコーヒーでも淹れようと思うんだけど、八橋さんは何かいる?」
「あー、確かにあのまま料理は無理そうですよねー。えっと、アタシですか? うーん、クリスセンパイに出すのと同じのでいーですよ」
「りょーかい。ちょっと待っててね」
適当にコーヒーメーカーを使ってホットコーヒーを淹れる。ここで使っている豆は結構高級なモノらしいけど、詳しいことは知らない。なのでなるべく無駄にならないように、丁寧に丁寧にメーカーにセットする。こぼしたらもったいないぞ、俺……。
「はい、どうぞ。砂糖とかはお好みで」
「あ、ありがとうございます、センパイ」
「おー、よきかなよきかな。ありがとー、晃」
うん、まだまだ完全に寝ぼけてるね。ここまでの寝ぼけっぷりなら、無理しなくて良かったのに。そんなに参加したかったのかな……?
「セ、センパイ……。それは砂糖いれすぎじゃぁ……」
「えー、こんくらい普通だよー?」
「うん、八橋さん。これに関しては平常運転だから大丈夫、かな?」
「えぇ……」
まあ、15個も角砂糖をいれてるの見たら、普通はその反応になるよね……。
*
「よっしっ!! しら……じゃなかった、星之宮クリス、完全復活!」
「あのメチャ甘コーヒーで目が覚めるんすね……。ってか、“しら”って?」
「えっと、それは突っ込まない方針で」
多分旧姓の“不知火”を言いかけたんだろう。……もう4年以上星之宮姓を名乗ってるのに、今でもたまーに間違いかけるらしい。今回も寝起きすぐで気が抜けてたんだろう。面倒事の元だから、なるべく間違えないで欲しいんだけど、長年使った名字は脳の深層にまで浸透してしまっているらしく、そう簡単には抜けないみたいだ。
「ほたるちゃんなら大丈夫だろうけど……、まあ詳しい話は今度でいっか。じゃあさっそく先生、お願いします!」
「お、お願いします」
「そんなにかしこまんないでもいいけど……。ま、クリスも起きたっぽいし、始めよっか」
今日教える予定の料理は……、スクランブルエッグ。まあ、教える必要があるのかも分からないくらいには簡単な物だけど、二人のレベルを把握するのにはこのくらいがちょうどいいだろう。……失敗しても食べれないほどにはならないだろう、と言うのも理由ではあるけど。
「えっと、私たちを舐めてる?」
「ですね。流石に簡単すぎじゃないっすか?」
「いやいや、意外にムズイんだって」
ただ作るだけなら、まあ言う通り簡単だけど。それじゃお料理教室の意味がない。
「……ちなみに、審査員は間宮さんとなっています」
本当だ。昨日の夜にお願いしておいたのだ。ちなみに、「朝食を作る手間が省けてありがたいです」と即承諾だった。
「えっと、私たちには難易度高すぎじゃない?」
「ですね。流石に難しすぎじゃないっすか?」
「さっきと正反対のこと言ってるし……」
まあ、気持ちはわかるけど。
*
まあ、とりあえず調理開始だ。といっても工程自体は言った通り超簡単。
1、卵を溶いて、そこに牛乳と塩コショウを適量混ぜる。
2、油を引いたフライパンに突っ込んで炒める。
3、ある程度まで炒めたら、残りは火を止めて余熱で仕上げる。
4、完成!
調味料に好みはあるだろうけど、まあ大体こんな感じだろう。
――さて、簡単なレシピは渡したうえでまずは各自自分でやってもらう。
「うーん、これでいいのかな? 見た目はそれっぽいけど」
「ま、アタシでもこのくらいはなんとか」
とまあ、二人とも苦戦はしつつも特段の失敗はしていなさそうでとりあえず一安心。まあ二人とも手先は器用な方だし、こっちがちょっと慎重になりすぎてたかもしれない。
「二人とも、そろそろできたかな?」
「うん、完成したよー」
「アタシもできました。……大丈夫ですかね?」
クリスは自信たっぷりに、八橋さんはちょっとおずおずと差し出してきた。
「まあ、二人とも見た感じは特に問題なさそうだけど」
「まじ? やった!」
「ふぅ……。よかったぁ……」
実際見た目から分かるような失敗は見受けられない。卵の殻の混入くらいは余裕で想定していたので、俺的にはもうこの時点で合格点を上げたいくらいだ。……まあ、間宮さんは流石にそこまで甘くないだろうけど。
――と思ったのもつかの間。
「ええ、どちらもとても美味しいですよ。一発合格です」
「……マジか」
……と、俺に対しては超絶辛口評価な間宮さんが、お嬢様とその友人には超絶甘々なことが判明したのだった。




