ガールズ・トークⅡ
「いやー、今日も雨だねー」
「ですわね。まったく、髪のセットが大変でしかたありませんわ」
今日の部室は女三人。晃は例によって家で仕事が立て込んでるらしくてそのヘルプに一足早く帰ってしまった。なんか最近の晃は、私の従者というよりは星之宮家のお手伝いさんの方が近い気がする。多分あながち間違ってない。このままだと近いうちに契約内容の変更が必要になりそうなくらいだ。
「へー、お嬢様でも自分で髪のセットとかするんだ」
「当たり前でしょう。女の髪は高いのです。例え自分のメイドや執事が相手でも、そう簡単に触らせるわけにはいきませんの」
イネスはそう言いながらフワッと髪をかき上げた。超サマになってるのがやっぱり本場のお嬢様なんだなーって感じだ。私もイネスと同じ金髪だけど、仕草一つでそこまで絵になるかって言われると多分無理だろうし。
「なるほどー、さすがの美意識ですね」
「……ちょっと馬鹿にしてません?」
「してませんよ。ただ、アタシはその辺あんまり気にしない性質なんで」
最近はほたるちゃんも完全に打ち解けてくれたみたいで、今みたいなやり取りもしょっちゅうするようになった。……にしても、気にしてなくてアレなのか……。すっごいさらっさらの黒髪だし、てっきり丁寧にお手入れしてるものだと思ってた。
「若いうちに気にしといた方がいいらしいよー。ま、私も気にし始めたのはイネスにそう言われてからだけど」
「だって、あまりに勿体なさすぎますもの。ホタルもです、素材は良いんですから、ちゃんと手入れしないとですわ」
たしか中学二年生くらいの頃だった気がする。……あの頃はまるで悪徳セールスマンのセールストークの如く、会う度に髪とか肌のお手入れ方法を説かれたっけ。ま、そのおかげか今でも結構綺麗に維持できてるし、やっぱり大事なのはホントだったんだろう。
「えー、めんどくさいですよー」
「まったく。それで後悔するのは未来のアナタなんですよ。告白した男性に容姿を理由に振られたりしたくないでしょう?」
それまでホントにめんどくさそうに聞いてたのに、今の一言をきっかけに表情が目に見えて変わって興味津々そうにイネスの方を見つめ始めた。いやー、分かりやすいなー。
「あー、それは、確かに……」
「でしょう?」
「うんうん。やっぱり好きな男の子には可愛いって言われたいもんねー」
「別に、そこまで思ってるわけじゃないですけど……」
はぐらかさなくてもお姉さん二人にはもうお見通しだよ? といわんばかりに生暖かい目線を送ってみる。……まあ、ほたるちゃんもなんとなくそれは気づいてるっぽくて、ちょっと気まずそうに目をそらしたりしてるけど。それでも直接は言ってこない辺りがとても初々しくてかわいい。
「でも、言われたら嬉しいでしょ?」
「……まあ、はい」
「それはたいていの女性がそうでしょう。ワタクシだって、あの方にそう言われたら嬉しいですし」
後半は小声だったけど、ほたるちゃんにはばっちり聞こえていたみたいだ。もちろん私にも。あの方、ってのは間違いなくイネスの許嫁であるあの人の事だろう。
「……へー、イネスセンパイでも恋とかしてるんですね。ちょっと意外」
「いえ、別にそういう相手ではありません。家の決めた許嫁です。……いえ、好きなのは間違ってませんが」
イネスの顔が真っ赤だ。照れるなら言わなきゃいいのに。
「許嫁かー。ホントにそんな世界があるんですね……」
「だよねー。私も初めて聞いたときはびっくりしたもん」
「いや、クリスセンパイもそっち側の世界の人じゃないっすか」
「そう言われても。私ただの連れ子だし。それまではフツーの庶民だったんだよ?」
そういえばほたるちゃんには言ってなかった気がする。
「え、そうなんですか?」
やっぱり言ってなかったみたいで目を丸くして聞き直してきた。そんなに意外かなぁ……?
「うん、ホントホント。ちょうど中学一年生に上がる直前に、お母さんが星之宮家に嫁いだんだ。だから私は結婚相手の連れ子で、星之宮の血は一切引いてないんだよね」
誰彼構わず言うのはダメって言われてるし、この学校でもイネスと晃くらいしか知らない秘密。……でもまあ、ほたるちゃんなら大丈夫でしょ。こんなこと、新聞部の新聞にしたりもしないだろうし。
「なんか意外ですね……。クリスセンパイ、普段はすっごいお金持ちオーラ出してますし」
「お金持ちオーラ、って……。あれはばれないために皮被ってるだけだよ。けっこーキツイんだから、アレ」
別に私だけが弊害を受けるくらいなら諦めて素を出しちゃってもいいんだけど、残念ながらほぼ確実に星之宮家にまで迷惑が行ってしまう。
「大変なんですね、お金持ちも。……そう言えば、クリスセンパイは好きな人とかいないんすか?」
……まあ、話の流れ的にもそうなるよね。好きな人、か……。どうなんだろう?
「うーん、特段そういう相手はいない、かなぁ……。多分」
「多分って……。自分のことなのに曖昧ですわね」
「だって、好きとか恋とか分かんないんだもん」
ほたるちゃんのことをどうこう言えないくらいに子供っぽい言い訳だけど、実際そうなのだからしょうがない。……良く分からないのだ、ほんとに。
「そういうの一番敏感そうなのに。……なんか、意外なことばっかりですね、クリスセンパイって」
「えー? 私、そんなに印象と違うかなー」
そんなつもりは一切ないだけに実感がわかない。イネスもうんうん頷いているしそうなんだろうけど。
「――てっきり、晃センパイのことが好きなんだと思ってましたよ」
「いやいや、まさかまさか。……うん、違う違う」
正直に答えたはずなのに、またずきずきと心の内側に痛みが走った気がした。なんなのだろう、いったい。
「……はぁ」
「イネスセンパイ? どうしたんです、ため息なんて」
「いえ、ちょっと思い出したことがあって、つい。……はぁ」
最近、イネスのため息の回数が増えてる気がする。
「なにかあったの、イネス?」
「なにも。……しいて言えば、周りが色々と鈍感な方ばかりで呆れている、といった感じでしょうか」
「……?」
晃のこと、かな……?




