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梅雨空の下の青春

「……その、あの時はありがとうございます」

「いいって。困ったときはお互い様だし」


 八橋さんがお行儀よくペコリと頭を下げた。そんなに気にしなくていいのに。実際、ちょっと間が悪ければ俺が絡まれてたかもしれないんだし。


「でも、やっぱりこれは大事なものなんで」


 そう言いながら、この前と同じくとても大事そうに胸元に抱え込む八橋さん。その様子からもかなり大切な物なのは伝わるけど、ちょっと気になるので少し聞いてみることにした。


「……前は聞けなかったけどさ。そのカメラ、誰から貰ったものだったりするのかな?」


 八橋さんは俺の質問にどう答えたものかと逡巡しているようで、顎に手を当てて考え込んでいる。……ちょっと答えにくい質問だったかのかもしれない。


「まあ、そうです。……形見なんです。お母さんの」

「そっか」


 そうとしか言えなかった。……俺も、大事な人を亡くした直後だし、気持ちはわかるつもりだ。でも、だからこそ、俺からはなにも言えない。まだ知り合って一か月かそこらの関係じゃ、とても口を出せる問題ではないだろうから。


「――センパイ、あっち行きませんか? この辺よりいいものある気がするんです」

「りょーかい、その勘を信じてみようかな」


 ちょっと強引に話題転換。というか元々の目的に引き戻した。……まあ、いつまでもこんな空気なのは良くないし、それくらい強引な方がちょうどいいかもしれない。


 *


「あ、あれっ!」

「え、なに――」

「センパイ、しっ」


 という訳で移動してきたのは、ざあざあと大きな雨音が響く部室棟と校舎をつなぐ渡り廊下。そのちょうど真ん中辺りで、唐突に八橋さんが足を止めた。渡り廊下の屋根を指さしているけど、なにがあるんだ――あっ。


「あれは、鳥の巣かな……?」

「みたいです。ほら、ひながいますし」

「ほんとだ」


 まだ結構距離が離れていることもあってかすかにしか見えないけど、確かに鳥の巣の中に小さなひな鳥がいる。時期から考えても、やっぱり燕なんだろうか。


「撮りますか、あれ」

「だね、いい絵になりそう」


 この時期にしか撮れないものだし、せっかくだから撮っておきたい。そう思いさっそく首から下げていたカメラを構える。しかし撮る対象が自分より上にあるからか、構図が難しい。……うーん、こうかな?


「センパイ、その角度はちょっとどうなんです……?」


 どうやら八橋さん的には微妙な構図らしい。


「ダメ、かな……」

「悪くはないかもしれないですけど、もうちょっとこっちからの方がいいと思いますよ」


 そう言いながらカメラを持つ手にに後ろから手を回して角度の調整をしてくれる、……のは嬉しいし助かるんだけど、いかんせん距離が近い。耳元に吐息が掛かってくるほどの至近距離、というか色々当たってるし……。これは、意識するなというのが無理なくらいだ。


「あの、八橋さん、ちょっと……」

「はい、どうしました……? って、近っ!? うっ、うわあっ、ごっごめんなさいっ!!」


 こっちから言う前に気付いてくれた……。


「あ、あははは……。ごめんなさい」

「いいって。別に嫌だった訳じゃないし」

「そ、そうですか……。じゃ、じゃあ、ア、アタシも写真、撮ろうかな……」


 あからさまに話題を転換してきた。……顔も真っ赤だし、かなり恥ずかしかったんだろう。俺も人のことはあまり言えないかもけど。


 とりあえず、しばし撮影をすることに。燕の巣意外にも、雨に打たれる校舎の写真とかも撮ってみた。……初めたばっかりの頃よりは、上達してきたかな? 実際にプリントした写真を見たわけじゃないから何とも言えないけど、なんとなくそんな気がする。


「さて、あの燕の巣を撮り終わったら、場所を変えませか? ……美術部の部室とかどうです? 撮らせてくれるかは分かんないですけど」

「美術部か、確かに絵になりそうな物もありそうだね」


 八橋さんも納得がいくまで撮影できたようで、満足げな表情をしている。……まあ、まだ顔はちょっぴり赤いけど。でもなんとか平常っぽい会話はできるようになったし、どうにか部室に戻るまでには普段通りに戻らないとな。じゃないとクリスやイネスさんに変な勘繰りされちゃう。


 *


「あの二人、ちゃんと仲良くできてるかな……」

「はぁ。心配性というか、過保護というか。クリスは少し人のことを気にしすぎるきらいがありますわね。いえ、別に悪い事ではありませんが」


 イネスが呆れた目線を送ってくる。でも気になるんだもん。二人きりになってるんだし、ちょっとくらいはいい雰囲気になってるといいけど……どうかなぁ。ほたるちゃんはまだちょっと晃に遠慮してるように見えるし、晃はこういうの鈍感だし。うーん、大丈夫かなぁ……。


「にしても、人の評判などあまりアテになりませんわね。いえ、ホタルのことですが」

「ほたるちゃん、普通にいい子なんだけどねー。みんな普通コースの人だからって捻くれた見方しすぎなんだよ。まあ、野次馬グセは直した方がいいかもしれないけど」


 人のうわさとか気になる年頃だし、気持ちはわかるけどね。


「まあ、誰にだって欠点はありますから、しょうがないのではなくって? ワタクシからすれば、ホタル相手に無駄に高圧的な態度をとる輩の方がずっと問題アリですわ。まったく、貴族たるもの、庶民には優しく、そして優雅に振舞わなければなりませんのに。日本の貴族の子女はどうにもこの辺りの教育がなっていない方が多すぎますわ」

「それは私も同意。ほたるちゃんだって、普通に接してれば先輩として見てくれるのに」


 現に私たちのことはセンパイって呼んでくれるし、適度に敬意も持ってくれている。それなのに学校内では“不遜な態度ばかり取る問題児”扱いなのは、皆がほたるちゃんや、彼女の周囲の普通コースの子たち相手に傍若無人な態度をとるせいだ。そりゃ、そんな態度とられた相手を先輩扱いなんてしたくないよね。私だって歯向かってるだろうし。


「ま、あまりそのあたりは気にしてもしかたありませんわ」

「だね。私らがどうこう言って解決する問題じゃないし」


 ひじょーに不服だけど、しょうがない。


「しっかし、アキラのどこがそんなにいいのですかねぇ……」

「え、イネスからは晃は魅力不足?」

「いえ、そうではないのですが……。単純に、あそこまで分かりやすく惚れているのを見ると、どこに惹かれたのか気になりまして」


 ……イネスはときどき日本語のニュアンスを間違える。まあ、母国語じゃないんだししょうがないけど。


「まあ、晃は優しいし。きっと私らの知らない所で、白馬の王子様みたいに華麗に助けてあげたんじゃないかな?」

「……なんか、想像つきませんわね」

「あはは、確かに」


 まあ、白馬の王子様は言いすぎだったかもしれないけど。でも大体そんな感じなんだろうな、とは思う。


「さて、おしゃべりはこの辺りにして、ワタクシたちも写真撮影をしましょうか。……このままでは、下校時間まで一枚も撮らないまま駄弁ってしまいますわ」

「おっと、そうだった」


 今ごろ晃たちはいっぱい写真撮ってるだろうし。私らも負けてられない。……でもやっぱり、二人のことが気になる。


「どうしたもんかなぁ……」


 絶対お似合いの二人になれると思うんだけどなー。ちょっと歳の差はあるけど。……問題は、あの鈍感極まりし晃の方だ。アイツ、普通の事には敏感なくせにこういう事は全然気づかないんだから。


(……まあ、それはクリスもですけどね……)


 そんなイネスのため息交じりのつぶやきは、クリスに聞こえることはなかった。


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