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出会いの思い出

 あの日も、妙に雨の強い日だった。


「……暇だな」

「だねー」

「ですわね」


 とまあ、いつも通り放課後に部室にて三人集まりダラダラしていた。一応部活動なのに……というツッコミはなしだ。暇なものは暇なのだ。


「ヒマだし、なんかゲームでもする? 負けたら購買に行ってきてお菓子おごりの罰ゲームつきで」

「またそれですか。……なんどやっても負けませんわよ」


 クリスの提案で最近恒例になりつつあるこの遊び。流石にお金持ちだらけの学校なだけあって購買のお菓子もそれなりの金額がする代物ばかりなので、俺にとっては若干キツイ内容の罰ゲームだ。……まあ、今の所は提案者のはずのクリスがなぜか全敗中の為、まだダメージは負ってないけれど。


「うるさいなー。今日は二人をぎゃふんと言わせるんだから。覚悟しときなさいよ!」


 *


「……ぎゃふん」

「なんというか、何も悪いことはしていないのに、妙に罪悪感がありますね……」

「ですね……。なんでここまで綺麗に負けられるんだろう……?」


 ただのババ抜きのはずなのに、見事なまでに惨敗を喫したクリス。……毎回こうなってるんだから、賭けなんて提案しなきゃいいのに。


「はぁ……。ほら晃、これで適当にお菓子かってきて。美味しそうなのお願いね」


 そう言って手に渡されるのは一万円札が一枚。……お菓子にかける金額じゃないとは思うけど、実際に三人分買ったらこれくらい簡単に無くなってしまうのだから恐ろしい。


「クリスは来ないの?」

「つかれた。休ませてー」

「……了解」


 すっかり意気消沈してる。これで懲りてくれればいいけど。


 *


「まあこんなもんか」


 綺麗さっぱり無くなってしまった一万円札の代わりに、とんでもなく豪勢なケーキを三切れ程手に入れた。まあ、俺の分は一番やすいヤツだけど。……にしても、部室棟がなにやら騒がしい。誰かが言い争いかなにかしてるみたいだけど、なにかあったのだろうか。


「あなた、今何をしていたの。正直に答えなさい」

「……なにも」


 見つけた。見たところ中等部の制服をきた女子生徒と、高等部の制服を着た女子生徒が何やら睨み合っているようだ。なんともこの学校に似合わない険吞な雰囲気を発している。


「なにも、じゃないでしょう。あなたがこちらカメラを向けていたのは分かっているのです」

「別に、アンタを撮ってたわけじゃないし」


 ……まずいな。高等部の女子の方はどうやらクリスたちと同じ特別コースの生徒みたいだ。そしてそのコースの生徒というのは、クリスやイネスさんという一部の例外を除き、かなりプライドが高く、上下関係に鬼のように厳しい。そんな相手に後輩である中等部の生徒があんな態度を取ったとなれば、かなり面倒なことになるのは誰にでも予想できてしまうだろう。


「あなた、その口の利き方はどういうおつもりなんですの? 私は仮にも上級生なのですよ?」

「……アンタみたいなヤツに使う敬語なんてないっすよ。こっちの言い分も聞かないくせに」


 中等部の子にも落ち度はありそうだけど、彼女の発言の内容を聞く限りどちらかというと悪いのは相手側のようだ。なんのいいわけも事情も聞かず、一方的になにかをしたと決めつけてるみたいだし。……先輩が取る態度にしては、あまりに狭量すぎる。


 ――まあ、何もしないよりはマシか。


 俺だって普通コースの生徒なので、特別コースの生徒に何か言って無事で済むかというとちょっと微妙だ。でも、このまま放っておくのは流石に寝覚めが悪い。


「……その辺にしてあげたらどうですか。この子が何かした証拠がある訳でもないんでしょう?」

「え……?」

「アナタ、いきなり割って入って何様のつもりですか。こいつは浅ましくも私の姿を盗撮しようとしたのですよ?」

「そんなことするわけない。……ただ校舎の風景を撮ってただけ。ていうかアンタなんて撮っても何にも面白くないし」


 おいおい、せっかく鎮火させようとしてるんだから追加で火種を撒かないでくれよ……。


「このっ……。あなた、誰にそんな口を利いてるのか分かっているのですか?」

「んなこと言われても。ならせめて名乗ってくれませんか? こっちも誰とも知らない人に難癖付けられる謂れはないですよ」

「いいからあなたは黙ってカメラをお渡しなさい。まったく、あなたみたいな人がこの学園にいるとは思いませんでしたわ」


 ……しょうがないなあもう。これは、ちょっと強引に行くしか解決策はなさそうだ。


「……あの。じつはそのカメラ、うちの備品なんですけど。訳あってこの子に貸していたんですよ。ただ部長も早く返せって言ってるんで、ちょっと渡すわけにはいかないですね。……どうしてもって言うんなら、うちの部長の星之宮クリスに文句言ってください」


 こういう時の解決策がお嬢様の名前を出す以外にないのは男としてちょっと情けないけど、こうでもしないと引き下がってはくれないだろう。……ともあれ、クリスの名前が出た途端彼女の勢いは明らかに落ちた。それはそれであなたもちょっと情けなくないです?


「そ、そう。写真部のものでしたか。でしたら下手なことはできませんわね」

「……なにするつもりだったのさ」


 ポツリと彼女がそう呟く。まったくだ。ひょっとして、ぶっ壊したりするつもりだったんだろうか。……この突拍子もない妄想がありえなくもないのが、この学園の怖いところなんだけど。


「そ、それではごきげんよう。星之宮様に、よ、よろしくお伝え願いますわ」


 そう言ってスタスタ歩いて行ってしまった。クリスに後で適当に言っておかないと。


「……えっと。た、助かりました」

「いや、大丈夫だよ。……ま、あんまり感情を逆撫でしないようにね」

「でも。……これを誰かに渡すわけには行かないんで」


 そう言いながら首から下げたカメラを大事そうに胸に抱える。うちの部室にあった物ほどじゃないが結構年期が入って見えるし、相当大事な物なんだろう。そりゃ、あんな何するか分からないやつ相手に渡したくはないか。


「そっか。大事な物なんだね。……っと、そろそろ戻らないとお嬢様がへそ曲げちゃう。それじゃあ、またね」

「あ、はい。……じゃあ、また」


 別れ際にちらっと見た彼女の顔は、なぜか真っ赤に染まっていた。


 この時は名前も知らなかったけど、これが俺と八橋さんの出会いだった。


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