写真部定期撮影会②――蘭陵館学園校舎内にて
「……びっくりするぐらい酷い雨だね」
「まあ、梅雨ですし」
6月に入り、梅雨の季節になった。来る日も来る日も雨雨雨。……まあ、毎年恒例といえばその通りなんだけど、気が滅入るのもまた事実だ。
「こうも毎日だと、せっかく覚えた写真の撮り方を実践できませんわね」
「だねー。ほたるちゃんに教えて貰ったのに、これじゃいつになっても使えないよね……」
「ま、しょうがないんじゃないんすか、センパイがた。 ……というか、別に外でなくても写真撮る対象なんていっぱいあると思いますけどね?」
俺も八橋さんと同意見だったりする。別に外の風景写真にこだわる理由はあんまりない。別にこの部室の写真を撮ってもいいわけだし、窓越しに雨の降る校庭を撮るのも悪くはないだろう。……まあ、今言ったことは全部やった後だからこその二人の反応なんだけど。
「といっても、もうこの部屋に撮る物なんてないしなぁ……」
「じゃあ、部室を出て校舎の中の色んなトコを撮ってみたらどうですかね? けっこー良い写真撮れると思いますけど?」
「なるほどですわね……。クリス、どういたしますか? ワタクシとしては、割とありだと思うのですけれど」
「うん、私も賛成っ! じゃあ、今から学校の色んなトコの写真を撮りに行こっか!」
この二人、今まで三年以上も写真部にいながら全然意欲なかったにしてはヤル気満々である。
「えっ、今からです? アタシはてっきり、やるにしても明日とかだと思ってたんだけど……」
「何を言っているのですかホタル。思い立ったが吉日、というではありませんか」
「そうそうっ! せっかく楽しそうなことなんだから、やるなら早い方がいいに決まってるよ!」
「いや、お二人がいいならそれでいいけど……。えっと、その、南雲センパイは、それでいいんです、か?」
……なぜだかは分からないけど、どうにも八橋さんは俺と話す時だけ若干緊張しているように見える。ひょっとして俺、接しにくい先輩だと思われてるんだろうか。常日頃から人当りの良さは気にしていただけに、ちょっとショックだ。悪いとこあったら遠慮なく言ってね……、すぐ直すから……。
「うん、俺は全然大丈夫だよ。でも、四人で固まった動くのはちょっとどうなのかな……」
「確かに、それはそうかもしれませんわね。どうでしょうクリス、二人一組程度に分かれては?」
「だね。じゃあテキトーに分けよっか。……うーん、そうだね、私とイネス、ほたるちゃんと晃の二組でいっかな」
意外な組み分けだった。俺はてっきりクリスと組む事になると思ってたけど。何せ一応俺はクリスの従者なので、学校内、しかも放課後の校舎で別行動と言うのはあまり褒められた行為とは言えない。……まあ、正直学校内で俺がいないといけない場面なんてないに等しいと言えばそうなんだけど、万が一何かあった時に別行動していたと分かったら多分俺はクビだろう。
「ワタクシはそれで構いませんけど……。良いのですか、クリス。従者を近くに置いておかなくて」
「まあ大丈夫でしょ。もしなんかあったらすぐ連絡するし。せっかくの機会なんだから、あんまり私とばっかり二人でいるのもアレかなって思ってさ。それにほたるちゃん、なんか晃にはちょっとぎこちないし。これを機により一層仲良くなって欲しいなぁ、と」
「まあ、そういう理由があるのならワタクシは口出ししませんけどね。アキラは良いのですか?」
「……まあ、“お嬢様”に口出しするわけにもいかないし」
どこまで行っても、結局俺はクリスに仕える身な訳で。そのクリスにこう言われてしまったからには口出しする権利は残念ながらない。それに俺自身、八橋さんと親睦を深めたいと思ってたのは確かだ。わざわざその機会を設けてくれたんだから、無下にするのは勿体ないだろう。
「じゃ、これで決定で良いかな、ほたるちゃん?」
「……えっ、あっ、はっ、はいっ! だ、大丈夫っ、す」
あんまり大丈夫そうじゃないんだけど。やっぱり俺、嫌われてる……?
*
という訳で撮影会スタート。俺と八橋さんはとりあえず人気の少ない図書室周辺を歩き回ってみることにした、んだけど――
「えっと、八橋さん」
「……は、はい? どっ、どうしました、南雲センパイ?」
若干声が裏返ってる。歩き方もなんかロボットみたいになってるし、やっぱり今からでも残り二人の誰かと交代した方がいいんじゃないか……?
「大丈夫? 無理してるんならクリスたちに代わってもらおうか?」
「いっ、いえっ、ぜ、全然大丈夫、です。 ちょっと緊張してるだけなんで、気にしないでもらえると嬉しいです」
うーん、そう言われると引き下がるしかないか。にしても、なんで俺にだけそんなに緊張してるんだろう。八橋さんが写真部に入ってだいたい二週間くらい。クリスやイネスさんには割とすぐに打ち解けた様子だったけど、見ての通り俺にだけは最初からずっとこの調子だ。やっぱり、初めて会った時のことをまだ引きずってるのかな……?
とかなんとか思いつつ、被写体を探すフリをしながら八橋さんを横目で見ていると、何やら小声で、
「うん、この機会を逃すわけには……。でも……」
とかなんとか言ってるのが聞こえてきた。ひょっとして、なんか伝えたいことでもあるんだろうか。
「……よしっ」
どうやら腹は決まったらしい。何をそんなに気合を入れる必要があるんだろう……?
「なっ、南雲センパイ。いま良いですか……?」
「うん、大丈夫だけど。なにかあった?」
「えっと、そのっ。改めて、お礼でも言っとこうと思って。……この前は、結局なんも言えなかったんで」
やっぱり、あの時のことを引きずってたのか。大したことはしてないんだし、そんなに気にしなくて良いのに。
それは今から約三週間前。八橋さんがクリス宛にあの手紙を出すよりも少し前のこと――




