エピローグ ~4年後~
「あっ、イネスセンパーイ! お久しぶりですー!」
「ふふっ、久しぶりですね、ホタル。二ヶ月ぶりくらいですかね?」
「そのくらいですね。前あったのがアタシの入試が終わってすぐだったはずですし。元気そうでよかったです」
あのフランス旅行から、4年の月日が経った。あの頃中学二年生だったアタシも、もうそろそろ高校を卒業して大学に進学しようとしている。――ホント、時間って案外早く過ぎていくものなんですね……。
「イネスセンパイも、日本とフランスを行き来して大変じゃないですか?」
「まあ、大変は大変ですわね。……でも、大変でも毎日楽しいですからね。レオン様とも高校時代よりずっと一緒にいれますし」
イネスセンパイは、当初の高校卒業後にフランスに戻るという予定を覆して、日本の大学に進学した。しかも最近は、今後結婚した時の為にレオンさんの仕事を勉強しているらしく、フランスと日本を行ったり来たりして相当忙しい毎日を送っているようだ。
「クリスセンパイたちには会ったりしました?」
「ええ、向こうにいる時は何度か会いましたわよ。ふふっ、相変わらずのバカップルぶりで、見てるこっちが恥ずかしくなりそうでしたわ」
「もう付き合い始めて5年近く経つのに相変わらずなんですね……。まあ、年末に日本に帰ってきた時も相変わらずでしたけど。あの調子じゃ、多分死ぬまでバカップルでしょうね、ははっ」
今言ったように、クリスセンパイと晃センパイは無事に二人揃ってフランスの大学に進学した。今はパリの市街地にアパートを借りて同棲しているようで、昔と変わらず幸せそうな生活を送ってるみたい。
「そういえばホタル、大学合格おめでとうございます。先ほど間宮さんから聞きましたわよ」
「あ、ありがとうございます、センパイ。間宮さんったら、アタシから言うからって言ったのに、ははっ」
今イネスセンパイに言われた通り、アタシもなんとか志望していた大学に合格できた。そして、今間宮さんの話が出てきたことから分かる通り、今いる場所は星之宮家のお屋敷だったリする。で、なんでアタシとイネスセンパイの二人で星之宮家にいるのかと言うと――
「そういえば、大学に進学してからも星之宮家のメイドは続けるのですか?」
「もちろんですっ。楽しいですし、バイト代もいい感じですしねー。なによりこんな豪華な家に住み込み出来るってのが最高です」
あのフランス旅行で間宮さんに話した通り、あの旅行の後からアタシは住み込みで星之宮家のメイド見習いを始めたからだ。今でもこうして続いている辺り、思ってた以上にアタシの姓には合っていたみたいだ。
「この後はまだバイトの予定ですか? せっかくですし、どこかでディナーでもと思ったのですが……」
「いいんですかっ?! ……あーでも、一応夕食の時間までは仕事の予定なんですよね……」
「――ふふっ、いいですよ。中々ない機会ですし、楽しんできてください。残りの仕事は私がしておきますから」
悩むアタシに、そう間宮さんが声をかけてくれた。こんな感じで度々アタシの友人関係を大事にしてくれるのも、このバイト先の良いところだ。
「ありがとうございますっ! じゃあイネスセンパイ、行きましょうっ」
「ありがとうございます、間宮さん。では行きましょうか、ホタル。合格祝いです、今日はおごりますわよ?」
「本当ですかっ! ありがとうございますっ!」
イネスセンパイと間宮さんの二人にそう感謝しつつ、会ってない間の出来事をワイワイと報告し合う。……きっと、何十年経ってもこうやって仲良くやってるんだろうな、アタシたち。
――そんな漠然とした、でもきっと外れることはないだろう予想。でもきっと、皆同じこと思ってくれてるんだろうな。
*
――ほぼ同じ頃。フランス、パリ住宅地のとある集合住宅にて。
「あっくーんっ! もうっ、そろそろ九時だよっ、早く起きてっ」
「うーん、分かったから……。もうちょっと待って……」
「待・た・な・いっ! 今日はデートするんだから、ほら早くっ」
そんなクリスの声が聞こえてきた後、一瞬の間をおいてから俺の腹部に柔らかく程よい重さの何かが乗っかってきた。……おそらくは、クリスが馬乗りになってきたんだろう。
「ほらーっ! 起きてー!」
「いや、そこに乗られたら起きれないよ……」
「あ、そっか。ごめんごめん。……どいたら起きる?」
「起きる」
「なら良しっ! はいどーぞっ」
クリスが俺の上からどいて、一気に体が軽くなる。……いや、別にそこまで重くなかったけど。
「ふぅ、おはよう、クリス。でもさ、デートって言ったって昼飯を一緒に食べに行くだけなんだし、そんなに早起きする必要はなかったんじゃない……?」
「なに言っちゃってるのさ。ごはん食べる前にお買い物もする、って言ったでしょ? まあとりあえず――、おはよっ、あっくんっ!」
クリスと同棲生活を初めてそろそろ2年が経つ。……いや、日本で従者生活を送っていた頃も同様といえばそうなのかもだけど。
――2年前、無事にフランスの大学に合格した俺とクリスは、別荘を提供するというイネスさんの提案を断ってパリの住宅街にある普通のアパートを借りた。“せっかくだし、普通の大学生と同じ生活を送りたい”とクリスが言ったのが理由だけど、俺もこのアパート生活はかなり気に入っている。……まあ、生活資金は奥様と旦那様……もとい、お義母さんやお義父さんから殆ど援助してもらってるから、実際のところは普通とは程遠いかもしれない。
あと、従者という仕事も大学進学と同時に終了となった。同時に、クリスの正式な婚約者として指名されて、大学卒業後に結婚することになった。最初こそ星之宮グループの一部から批判の声が出て大変だったけど、それはお義父さんがなんとかしてくれた。……いつかは結婚できたらいいなぁ、とは度々思ってたけど、まさかこんなに早く決定事項になるとは。
「しっかし、あっくんてば最近はほーんとお寝坊さんになったよねぇ……。日本にいた頃はあんなに早起きさんだったのに」
「あれは仕事だったからだよ……。俺は別に早起きが得意ってわけじゃないし。……っていうか、今日に限ってはクリスのせいだからな。昨日ぜんっぜん寝かせてくれなかったの、忘れてないからね?」
「うっ……。でもでも、あっくんだってノリノリだったじゃんっ」
その昨夜クリスが寝かせてくれなかった理由というのは……いや、ここで言うのはやめておこう。
「いや、それは否定しないけど……はぁ、まあいっか。とりあえず朝ごはん食べよう、作るよ」
「あ、朝ごはんならもう私が適当に作っといたよ。フレンチトーストだけだけど」
「……なんか、クリスは逆にめっちゃ朝に強くなったよね。前はあんなに寝ぼけてたのに」
「ははっ、こっちの空気の方が体に合うのかな? なんか毎日すっきり起きれるんだよねー」
とまあ、二人とも生活リズムに若干の変化はあれど、前と変わらず毎日楽しく過ごせている。……それもこれも、留学を提案してくれたクリスと、それを後押ししてくれた皆のおかげだ。
「いただきます。……おっ、美味しい。大分上達してきてるじゃん、クリス」
「でしょでしょっ?! 私もさっきちょっと味見してみたんだけど、今日のは結構よくできたと思ったんだよね」
フランスに来てからは、クリスも積極的にキッチンに立つようになった。料理の腕はまだまだ未熟だけど、最近はかなり上達してきてる。このままだと、すぐに俺より上手になってしまうかもしれない、と思ってしまうくらいだ。
「ごちそうさま。……じゃ、準備したら出かけよっか」
「はい、お粗末様でしたっ。私は準備終わってるから、ここでのんびり待ってるねー」
準備のために寝室に戻り、ベッドに座って一息つく。通知音に気付いてスマホを見てみると、イネスさんと八橋さんと間宮さんのスリーショット写真が皆のグループに送られてきていた。どうやら、向こうの皆も相変わらず仲良くやっているみたいだ。
「また春休みには日本に帰ろうかな……」
つい2,3ヶ月前の年末に帰ったばかりだけど、この写真を見てたら早くも帰りたくなってきた。……それに、
「じいちゃんの命日もあるしな……」
去年は忙しくて帰れなかったし、今年こそは帰ってじいちゃんの墓前で近況報告をしておきたい。――俺は毎日幸せに生活できてるから、安心してね、って。
「……準備するか。クリスが待ってる」
慣れない土地での大学生活は思ってたより大変だ。でもクリスが隣にいるのだから、その大変さなんて余裕で帳消しだ。
「あっくーん、まだー?」
「もう行くよーっ」
この先も、きっと大変なことはいっぱいあるだろう。星之宮家に婿入りするのだって、今考えてるよりきっと何倍も苦労があるだろうし、その後だって苦労が無くなることなんてないはずだ。
「もうっ、遅いよあっくん。――ほら、行こっ」
「おうっ。じゃあ、行きますか」
……でも、隣で満面の笑みを見せるこの最愛の彼女が共にいる限り、きっと大丈夫だ。
「……どうしたの? 変な顔しちゃって」
「いや。……幸せだなあ、って思ってさ」
「ふふっ、どしたの急に。……まあ、その通りだけどねっ」
――だから、どうかずっと。どうかずっと、この先の人生も二人揃って歩めますように。
皆さん、ここまでお読みいただき本当にありがとうございました。実に一年以上の長期間連載になりましたが、こうして一区切りをつけることができました。それも全てこうして読んでくださった皆様のおかげです。今後もまた新たな連載を書くつもりでいるので、またご縁がありましたらよろしくお願いいたします!
それでは、ここまで本当にありがとうございました!




