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将来の話②

 一月一日、早朝。まだ太陽が昇ってくる様子のない夜空の下、俺とクリスはある場所からパリの市街地を見下ろしながら夜明けをゆっくりと待っていた。


「聞いてた話だともっと人がいっぱいいるはずだったんだけど……。ま、この方がのんびりできていいよねっ」

「だね。……にしても、良い景色だね。来れてよかった」

「うん。フランスにいる間に、もう一回皆で来たいね」


 ここは凱旋門の屋上。パリのシンボル、エッフェル塔が視界の先でどっしりと構えている。フランス旅行に来てから一週間程経つけれど、今まで見てきた景色の中でもトップクラスにフランスっぽい景色かもしれない。


「にしても……、ちょっと早く来すぎちゃったかな?」

「日の出まで後1時間あるもんね……。確かにちょっと早かったかも。……でもクリス、なにか話があるんじゃなかったっけ?」


 本当はもうちょっと屋敷でゆっくりしてから出かける予定だったんだけど、俺もクリスも初日の出が待ちきれなくて早めに出てしまったのだ。


「……うん、そうだったね。本当は日が昇ってから話そうかなって思ってたけど、せっかくだしもう話しちゃおっかな」


 そう言ってから、クリスは緊張した面持ちでゆっくりと深呼吸をした。どうやら、クリスにとってはかなり大切な話なようだ。……それこそ、あの花火大会の夜の告白くらいには。


「――ちょっと前にさ、あっくんに渡した手紙の内容、覚えてる?」

「えっと、あのデートの時にくれたやつ?」

「うん、それそれ。その中でさ、将来の話をちょっと書いてたんだけど……」

「覚えてるよ、もちろん。……ってことは、今日の話も将来の話ってこと?」


 あれは確か、文化祭が終わってすぐの頃。二人で軽井沢にデートに行った日の夜にクリスから一通の手紙を貰ったことは今でもよく覚えてる。内容は、俺に対する感謝の気持ちと、将来どうするかを悩んでいて、いつか相談に乗ってくれると嬉しい、というものだった。……どうやら、今回のクリスからの話というのはその将来の話についてのことのようだ。


「……まあ、そーいうこと。あの手紙で私、“外国で勉強してみたい”って書いてたじゃん?」

「そうだったね。……ってことは、大学は留学することに決めたの?」


 クリスの手紙には確かに、高校を卒業したら外国の大学に進学して勉強してみたい、って書いてあった。ただ、大変なのはクリスも理解していて、それ故にどうするか決めかねているとも書かれていたはず。でも、今この話をしているってことは、クリスはどうするか決めたんだろうか……?


「う、うん。やっぱり、自分の気持ちには正直になった方がいいかな、って思ってさ。……だから、卒業したらフランスの大学に進学するつもり」

「……そっか。うん、クリスならできると思うよ。……応援するから、頑張って」


 分かってたとは言え、こうしてクリスの口から直接言われると、嬉しさと同時にちょっと複雑な気持ちが湧き上がってきてしまう。……だって、クリスがフランスに行くということは、俺とは離れ離れになってしまうということだから。


「ありがと、あっくん。――で、ここからが本題なんだけど、さ」

「……あれ、今の報告がメインだったんじゃないの?」


 てっきり今の話で終わりだと思ってたので、ちょっと間の抜けた声を出してしまった。


「ううん、こっからがメインだよ。……でさ、今のあっくんの気持ち、当ててあげよっか」

「……へ?」

「“クリスの留学は応援してあげたいけど、遠距離恋愛になっちゃうのは寂しい。けどそれを口に出すとクリスに迷惑になるから黙って応援してあげなきゃ”……こんな感じじゃない?」


 ……心を読む超能力でも使ったのかというくらい、今の俺の心境そのまんまを言い当てられてしまった。


「あははっ、図星みたいだねっ」

「……その、ごめん。あんまりそういうこと考えちゃダメなのは分かってるんだけど――」

「バーカ。ふふっ、そんな訳ないじゃん。逆の立場だったら、私だって同じようなこと思ってたし、気にしないでよ。っていうかさ、ちょっとくらいは寂しがってくれないと、私の方が寂しいよ……」


 クリスがちょっと寂しそうな表情になる。……そっか、俺がクリスと離れたくないと思うのと同じように、クリスも俺と離れたくないって思ってるのか。当たり前と言えば当たり前なんだけど、さっきまでの俺は全然そんな簡単な事実にすら気づけてなかった。


「……ごめん。そうだよな、全然気づいてなかった。クリスだって、寂しくない訳じゃないんだよな」

「そりゃそうだよ。……で、これが本題。私だって、あっくんと離れ離れで4年以上も留学するのはすっごい寂しいし、正直耐えられないと思うの。だからさ……、あっくんも一緒に留学しない?」

「えっと、俺も一緒に……?」


 正直、クリス自身も寂しいということに気付いた時から、薄々そう言われるんじゃないかとは思っていた。……でも、いざそう言われると、どう返答すべきか悩んでしまう。


「すぐに答える必要はないよ。私たちまだ高一なんだし、時間はそこそこあるからさ。……一応言っとくと、お母さんもお父さんも、なんなら間宮もあっくんが一緒に留学するのはオッケーだって言ってるから。家族の一員なんだから、必要な援助はいくらでもする、ってさ」


 “家族の一員”、か。いつの日だったか、奥様に言われた言葉だ。留学ともなればかなりの費用が必要になるはずなのに、それでもなんの躊躇いもなくそう言ってもらえるのは、素直に嬉しい。……まあ、星之宮家が世界レベルの大富豪だから、というのもあるんだろうけど。


「……ちょっとだけ、考えてさせて。大丈夫、日が昇ってくるまでには答えるから」

「ふふっ、そんなに急がなくてもいいよ? もちろん、早めに答えてくれるならその方が嬉しいけど。……当たり前かもだけど、もし一緒に来てくれなくっても、ずっと恋人だからね。毎日電話しちゃうし、休みの度にあっくんの所に突撃するからね。……だから、そういう心配はしないでね」


 それは、分かってる。俺だって、例えクリスと離れ離れになったとしても、ずっと恋人でいるつもりだ。もちろん、離れ離れにならない方がずっと良いのは確かだけど。


 ……やっぱり俺、クリスと一緒にいたいな。


 どれだけ考えても、その結論にたどり着くことは変わらなかった。……でも、それだけの理由で留学してもいいのか? とも思う。大学生活はその後の就職に大きく影響する、人生で最も大きい岐路と言っても過言じゃないはず。そんな大事なことを、“好きな人と一緒にいたい”という理由だけで決めてしまってもいいのだろうか、と。


「……クリスはさ。留学して、どんなことを勉強したいの?」

「うーん、実はこれと言ってなにかある訳じゃないんだよね、ははっ。手紙に書いた通り、イネスとかお父さんの話を聞いて面白そう、って思っただけだからさ」


 つまり、クリスも特に大人になった後のことを考えてる訳じゃない、ってことか。……なら、特に将来のことなんて決めてない俺が留学しても、別にいいんじゃないか? ――それに、


『俺は、クリスの味方でいたい。それが、正しくない想いだとしても、それでも俺は、クリスの味方でいたい』


 あの花火大会の夜に決めた覚悟。どんなことがあっても、クリスの味方でいる、クリスを助ける。……今の俺にとって、将来よりも大切な覚悟。その覚悟を果たす為には――


「……決めた」

「え、もう?」

「うん。っていうか、迷うことじゃなかった。――俺は、どんな時でもクリスの味方でいるって決めたんだ。だから、俺も一緒に行くよ。……どうせ、まだ大学のことなんてなにも決めてなかったしね」


 それが、俺の出した答え。クリスみたいに考え抜いて決めた答えじゃないし、留学に強い思いがある訳でもないけど……、それでもクリスと一緒なら、きっとなにか夢や答えが見つかる気がする。


「ははっ、それはそれでどうなのさ。……でもありがとう、あっくん」

「それはこっちの台詞だよ、クリス。クリスのおかげで留学する、っていう目標ができた訳だし」


 外国の大学ともなれば、受験勉強も入試も相当大変だろう。勉強が得意という訳じゃない俺にはかなり厳しい挑戦かもしれないけど……、クリスと一緒なら大丈夫だろう、多分。


「……あっ、ほら見てっ、明るくなってきたよっ!」

「おおっ、本当だ。綺麗だね、クリス」


 エッフェル塔の左側から、ゆっくりと陽が昇ってくる。少しずつ、世界が明るく染まっていく。まるで、俺とクリスの将来を案じてくれているかのよう……、っていうのはちょっとロマンチストすぎかな?


「じゃあ、これから一緒に頑張ろうね、あっくんっ!」

「こちらこそだよ、クリス。これからもよろしくね」


 初日の出の明るさに包まれながら、これからの挨拶を交わす。


 ……これから先、きっと大変なこともたくさんあるはずだ。勉強だけじゃなくて、将来のことや、俺たちの関係のこともきっと沢山考える時がくるだろう。


「ははっ、すごい綺麗だねあっくん!」


 ……でも、このクリスの笑顔を見て俺は確信した。


 ――この先なにがあっても、俺たちなら大丈夫だ、と。

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