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ゆく年くる年

「皆さん、夕食の用意ができましたよ。今日は大晦日ですから、定番のお蕎麦にしました」

「年越しそば、というものですわね。しかし、フランスでよく用意できましたわね……」


 イネスさんの誕生日から数日。目の前の美味しそうな海老天蕎麦が示す通り、今日は大晦日だ。時間は午後七時を回ったくらい。もう日は落ちているけれど、外からは楽しそうな声が聞こえてきている。きっと外で楽しそうに騒いでいる人たちが沢山いるのだろう。


「パリにも日本の食材を売っているお店がありましたので。ナタリアさんも食べてみたいと言っていましたし、作ってみました」

「おーっ、美味しそうですねセンパイ! じゃあ早速いただきまーすっ」


 八橋さんが食べ始めたの機に、皆も食べ始めた。星之宮家の食事はほとんど洋食なので、蕎麦を食べるのは俺もクリスも久しぶりだ。


「おいしーいっ。流石は間宮だねっ」

「いえいえ、それほどでもありませんよ。別に麺から作った訳でもありませんし」


 間宮さんはそんな風に謙遜しているけれど、実際とても美味しい。俺はこのレベルにはまだまだ届いてないな……。日本に戻ったらもっと精進しないとな。


「ねえねえっ、皆はこの後どうする?」

「ワタクシはちょっと用事があるので、食事を食べ終えたらナタリアと出かけますわ。……ごめんなさいね、せっかくの年越しだというのに」

「まあ、イネスセンパイはしょうがないですよ。多分ですけど、貴族同士の集まりかなんかでしょうし」

「大体そんな所ですわ。そういう訳なので、皆さんはゆっくり大晦日を楽しんでくださいな」


 イネスさんがいないのはちょっと寂しいけど、クリスや八橋さんと楽しく過ごせたらいいな。


「じゃあ、私たち4人で年越しだねっ。なにして過ごそっか?」

「あら、私も一緒でいいのですか?」


 クリスに自然と人数に含まれた間宮さんが嬉しそうに尋ねる。


「あったり前だよっ! 大晦日の夜くらいメイドはお休みして皆で楽しもうよっ」

「ふふっ、お嬢様にそう言われては逆らえませんね。夕食を片付けたら、本日のメイド業は終わりにしちゃいましょう」


 いつもより少しお茶目な笑顔を見せる間宮さん。大好きなクリスからのお誘いがとても嬉しかったんだろうな。


 *


「……あれ、寝ちゃってた……」

「あ、起きた」


 夕食の時間から約6時間。時間にして深夜1時。クリスが部屋のベッドでゆっくりと起き上がってきた。


「私、いつから寝ちゃってた……?」

「皆でトランプしてた時かな。ウトウトしてたから俺がベッドに運んだんだけど……、覚えてる?」

「うーん、覚えてない……。せっかくあっくんにお姫様だっこして貰えてたはずなのに……」


 確かにお姫様だっこで運んだけど、そんなに覚えてないことを悔しがる必要はないと思うなぁ……。そのせいで八橋さんに滅茶苦茶囃し立てられた俺としては、もし覚えられていたら恥ずかしいし。


「いや、そんなに落ち込まなくっても……」

「もうっ、あっくんは乙女心が分かってないなー。好きな男の子にお姫様だっこして貰えるって、女の子にとっては憧れなんだからっ」

「……そうなの?」

「そうなのっ!」


 クリスに乙女心を説かれてしまった。というか、して欲しかったら言ってくれればいつでもしてあげるんだけどな……。多分クリスにそう言ったら“それはなんか違う”って言われそうだけど。


「まあ、とりあえずさ。――あけましておめでとうございます、クリス。今年もよろしく」

「……あっ、そっか。もう年越しちゃったんだね。――あけましておめでとうっ、あっくん。今年もよろしくねっ」


 とまあベタな新年のあいさつを交わす俺たち。ありきたりな発想だけど、これからも毎年このやり取りをクリスとできたらいいな。……恥ずかしいから口には出さないけど。


「ほたるちゃんと間宮は……、流石にもう寝てるよね」

「うん。年が変わってからちょっとしてから解散したからね。あとイネスさんとナタリアさんも1時間前くらいに帰ってきたけど、結構疲れてるみたいだったしもう寝てると思うよ」

「ま、そうだよねー。皆に新年の挨拶するのは朝になってからだね」


 ちょっと残念そうな表情でそう言うクリス。せっかく皆で一緒にいたのに、先に寝てしまったせいで年越しを一緒に過ごせなかったのが心残りなんだろう。


「っていうか、あっくんはずっと起きてたの?」

「まあ……、うん」

「……その顔、なんか隠してる? ほらほら、隠してないで言ってよー」

「ええ……。それはちょっと……」

「ちょっと?」


 恥ずかしいかな……。なにせその理由は――


 ――クリスにいち早く新年の挨拶をしたい、だから。


「ははっ、その顔でなんとなく理由分かっちゃった。……ありがとね、あっくん。私も、今年の始めをあっくんと過ごせてすっごく嬉しいよ」

「な、なら、良かったよ。って、そんなに笑うなよ……」

「だってあっくん狼狽えすぎだもん、あははっ! どうやら図星だったみたいだね」


 あっさり思惑がバレてしまった。……まあ、恥ずかしい以外にバレたくない理由はないし、クリスも嬉しそうにしてるから、まあいっか。


「……ねえ、あっくん。日の出の時間になったらお出かけしない?」

「うん、いいよ。初日の出を見に行くってことだよね」

「まあね。……後ちょっと、話しておきたいことがあってさ。ゆっくり話せる所に行きたいな、って思ってさ」


 さっきまでとはちょっと違う、緊張した表情のクリス。……クリスがこの表情をするときは、間違いなく大事な話があるときだ。クリスの幼馴染で、従者で、恋人な俺には分かる。


「……うん、分かった。じゃあちょっと仮眠取っておくね。流石に眠い……」

「りょーかい。私は起きてるつもりだから、いい時間になったら起こしてあげる。――おやすみ」

「うん、おやすみー」


 普段と立場が逆な会話をしてから、クリスの部屋を出て自分の部屋に戻る俺。ベッドに入ってすぐに寝ようと思ったんだけど……。


「どんな話なんだろう……」


 さっきのクリスの言葉が気になって、中々眠れなかった。

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