イネスさんへの贈り物
「……あ、起きた」
イネスさんたちと広間で話してから約1時間。クリスの部屋でのんびりとクリスの起床を待っていたけれど、ついにクリスが起きだしてきた。
「……あれ、あっくん……?」
「おはよ、クリス。……もう昼だぞ」
いつも以上に長時間睡眠をとったせいか、普段よりは寝ぼけていない様子のクリス。俺の苦笑の理由にもすぐ気づいたようで、途端にアワアワし始めた。
「え、うそうそっ?! ……あーもうっ、寝すぎちゃったー!」
「ははっ、慌てすぎでしょ。別に今日はなんの用事もないんだから、そんなに気にしなくても」
結構な期間フランスには滞在する予定だし、今日くらいはゆっくりしよう、というイネスさんの提案をクリスにも伝える。ちなみに、当のイネスさんは現在パリ市街を一人でのんびり散歩中だ。
「うーん、それならまあ……、良いのかな……? でも、私は私でやりたいことあるし、やっぱりもっと早起きしたかったなぁ……」
がっくりと肩を落として落ち込んでいるクリス。これならさっき俺が起きたときに起こしておいた方が良かったかな……?
「っていうか、なにかやることあったの?」
「うん。……っていうか、前からあっくんとは約束してたじゃん。イネスへの誕生日プレゼントを買いに行こう、って」
「……そっか、なんだかんだもう明日なんだっけ」
そう、明日はなんとイネスさんの誕生日なのだ。……本人の口から聞いた訳じゃなく、クリスから聞いただけだけど。なんでも、イネスさんは人になにかを祝われるのが恥ずかしくて苦手らしい。長年親友であるクリスが言ってるのだから間違いないだろう。
「私は毎年プレゼントしたりしてるけど、頑なにパーティー開くのだけは拒否るんだよねぇ……。そんなに恥ずかしいのかな?」
普段親しい人たちの為のパーティーは積極的に開いているイネスさんが、自分自身の為のパーティーが開かれることは拒否するというのは少し変わっている気もするけど、気持ちは分からなくもない。俺も自分の為のパーティーを盛大に開く計画を聞かされたら全力でお断りしてしまうだろうし。
「まあ、そう人もいるって。……でも、プレゼントくらいは渡さないとね」
せっかくの友人の誕生日なのだ、パーティーは開かなくてもプレゼントくらいは渡したい。……予算の都合上、たいしたものは贈れないけど。
「だよねっ。よしっ、早速町にでてプレゼント買いに行かなきゃっ。――っていう訳であっくん、準備するからちょっと待っててね」
「オッケー。準備できたら呼んでね」
流石に着替え中はクリスの部屋にいる訳にいかないので一旦自分の部屋に撤退。した所である事実に気付く。
「……あれ? ……もしかしてこれって、デート?」
……イネスさんには悪いけど、そう思うとどうにもテンションが高まってしまう欲望に正直な俺だった。
*
「じゃ、行こっか。イネスに見つからないように早く行こっ」
「う、うん。……えっと、ごめんね八橋さん……」
「いえいえ、アタシもイネスセンパイにプレゼント渡したいですし、誘ってもらって嬉しいっすよ? ……あ、ひょっとしてそういう意味っすか?」
「……察してくれて助かるよ、八橋さん」
とまあ、結局はクリスが八橋さんを誘ってたのでデートではなくなりましたとさ。もちろんこれはこれで楽しくなるだろうけど、デートする気満々だったせいで一瞬だけ八橋さんによろしくない感情を抱きそうになってしまった。八橋さんはそれを察したうえで許してくれたけど、そこはかとない罪悪感が……。
「……あれ、どうしたの二人とも? ほらっ、イネスが帰ってくる前に出発するよっ」
俺と八橋さんの間に流れるなんとも微妙な空気にはどうやら気づいてないようで、そんな風に俺たちを急かすクリス。まあ、気づかれてもそれはそれで困るから良いんだけど……。
「にしても、イネスセンパイってばマジで一言も自分の誕生日言ってくれないんですねー。聞いても教えてくれませんでしたし」
「一応この季節に生まれた、ってはこの前話してたけどねー。ほんと、イネスって変な所で恥ずかしがりなんだから」
「ま、そういう所もイネスセンパイっぽいですけどね。……それで、お二人はどんなプレゼントを買うつもりなんですか?」
クリスマスらしい装飾が施された市街地を三人でのんびり歩きながらそんな話に華を咲かせる。もうおやつの時間がすぐそこに迫ってきているような時間だということもあって、色んな所から甘い香りが漂ってきて妙にお腹が空いてしまう。
「うーん、私は前々から気になってたコスメグッズを贈ろうかな? ちょっとお高いけどね」
「おお、流石クリスセンパイ。できる女、って感じがしていいですね、それ。でもアタシそこまで予算ないしなー」
「俺も予算ないし、なににしようかな……。イネスさんって、どういうのが好きなのかな……」
女友達にプレゼントを贈るなんて今までほとんど経験ないし、なにを贈ればいいのか全然分からない。やっぱり、無難にお菓子とかかな……?
――と、その時、
「……あの、皆さんどうされたのですか? 揃いも揃ってワタクシの名前を出して……」
「「「……え?」」」
一番見つかってはいけないはずの、イネスさんに出くわしてしまったのだった。




