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ナタリアの本心

「……で、なんで貴方までついて来ているのですか? ――レオン」

「いいじゃないか。最近あまり顔を出せていなかったし、久しぶりに出向いてみようと思っただけさ。キミこそ、そこまでかっかする必要はないんじゃないかい? ――ナタリア」


 クリスマスの朝。私――ナタリアはフランスの高速鉄道であるTGVに乗り、首都パリからイネスお嬢様のご実家のあるマリニャーヌの最寄り、マドリードまで向かっていた。……なぜか、ボックス席の向かい側に座っているレオンと共に。


「ま、確かに奥様や旦那様に改めて挨拶するのは必要かもだけど……。でも別に、お嬢様抜きで行く必要はないんじゃない?」

「まあ、それはそうなんだけどね。……なにぶん、イネスの前だと見栄を張ってしまいそうだからさ」

「はあ……。相変わらずお嬢様にぞっこんなようで」


 最初の方はかろうじて保っていた丁寧な言葉遣いも今となってはどこへやら。……まあ、こいつしか聞いてるやつはいないし別にいいんだろうけど。


「仕事以外で一緒になるのは……、かれこれ5年ぶりくらいかな?」

「私は一応仕事中なんだけど……。でもまあ、だいたいそれくらいじゃない?」


 お嬢様は知らないのだが、実は私とレオンは高校時代の学友だったりする。クラスもずっと同じだったから在学中はなにかと一緒に行動することも多かったし、なんだかんだ気は合った。まあ、つまるところは腐れ縁という訳だ。


「ふふっ、懐かしいな。……キミは、あの頃から大分変わったね」

「……そう? あんまりそんなつもりはないけど。だいたい、変わってたらアンタにこんな態度で話したりしないわよ」


 今レオンに言った通り、根本的な性格や口調は学生時代からさして変わってないつもりだ。だからこそ、こういう地が出てしまわないように普段は極力無口でいようとしている訳だし。


「まあ、そこはそうかもしれないが。……イネスのこと、大事にしてくれてるんだなと思ってね」

「……ひょっとして、昨日お嬢様からなにか言われた?」


 このタイミングでイネスお嬢様の名前が出てくる理由なんて、それくらいしか思いつかない。


「まあね。とても感謝している、と言っていたよ。メイド初仕事でいきなり日本にまでついて来てくれて助かっている、と」

「お、お嬢様が……?」


 面と向かって感謝の言葉を言われたこと自体はもちろんあったけれど、あくまで主従関係からくる一種の社交辞令だと思っていた。実際、イネスお嬢様は私抜きでもあの日本という異国で生活していけるだけのポテンシャルを持っている方だし。……私とは違って。


「いいメイドを持って誇らしい、と自慢げに話していたよ。……後、キミの無口の理由にも気付いているようだったよ」

「……嘘でしょ?」

「ああ。僕はイネスのことでは嘘は吐かないよ」


 妙に気障なセリフに突っ込む気力も出ない程、イネスお嬢様に無口の理由を気取られていることが私としてはショックだった。お嬢様が気を悪くしてなければいいのだけれど……。


「気にすることはないさ。……まあ、少し恥ずかしいかもしれないが。少なくとも、イネスはキミのそういう所も含めて気に入っている訳だからね」

「……もし嘘だったらはっ倒すわよ」

「そんなニヤニヤしながら言われても説得力が……、って痛い痛いっ! ははっ、悪かったっ、降参だ」


 照れ隠し半分、本気半分でレオンの肩を思いっきりひっぱたいた。相変わらずの爽やかな笑顔でやり過ごされたのが妙にしゃくだけど、まあ今回はこれくらいで許してやろう。


「あんなに深刻な表情をするあたり、キミもイネスのことを相当気に入ってくれたみたいだね」

「……まあ、否定はしない。あの方は、私みたいな新参者にも至って普通に接してくれたからね。……今私がメイドをしてられるのだって、全部お嬢様のおかげだもの」


 ――新参者。


 私がメイドとしてラ・マリニャーヌ家に来たばかりの時、他のメイドたちに言われた言葉。貴族のメイドというのは、何代にもわたって仕え続けている家の人が多数だ。だから、私のように先祖の繋がりのない人間がメイドになるとどうしても言われてしまうのだ。


 ……でも。


『なにが“新参者”ですか! 彼女もこの家のメイドです、差別することはこのワタクシが断じて許しませんわ!』


 ある日、イネスお嬢様が他のメイドに対して言った言葉。……この時、私は決めたのだ。お嬢様の為に、精一杯メイドとして尽くそう、と。


「……ふふっ。キミも大概、イネスにぞっこんみたいだね」

「いいじゃない、別に」


 あのお嬢様の近くにいて、そうならない方がおかしい。こんな風に茶化しているレオンだって、きっと同じように思っているだろう。……それくらい、イネスお嬢様には人を惹きつける魅力とカリスマ性があるのだ。


 *


「にしても、お嬢様も喜んでくれるといいのだけど」


 マリニャーヌの実家に帰っている理由をふと思い出し、そう呟く。


「大丈夫だろうさ。ご両親がしっかり選んでくれているのだろう?」

「そのはず。顔を出せない代わりにせめてプレゼントは良いものを、って張り切っていらっしゃったもの」


 その結果何を贈ることにしたのかまでは知らないけれど……、あの方たちならお嬢様がお気に召すものに決めていることだろう。奥様も旦那様も、控えめに言ってもかなりの親バカだし。


「……それより、あんたお嬢様の部屋からこっそり抜け出してきて良かったの? お嬢様、起きたらびっくりするんじゃない?」

「多分大丈夫だよ。ちゃんと置き手紙は残しておいたからね」

「……なんて書いたか、聞いていいかしら?」


 レオンの表情にそこはかとなく不安を感じ、内容を聞いてみる。


「ナタリアと一緒に少し遠出をしてくる、と書いておいたよ。今日中には帰る、とも」

「……はぁ。悪い事言わないから、今すぐお嬢様にメールしときなさい。あと、駅についたら即電話ね」


 その手紙の内容では間違いなく二人ともあらぬ疑いをかけられてしまう。……まったく、口下手で鈍感なのは昔から変わらないようだ。


「……ほんと、もっと早くあんたのそういう所を知りたかったわ」


 未だにいまいちピンと来てない様子のレオンを眺めつつ、聞こえないように小声でそう呟く。もし真意に気付かれたら、私はイネスお嬢様のメイドでいられなくなってしまうから。


 ……もっとも、聞かれたとしてもあの鈍感っぷりじゃ気づきっこないだろうけど。

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