八橋ほたるの憂鬱②
「まあ、間宮さんなら大体想像できてるとは思いますけど……」
そんな前置きをしてから、アタシは悩みを打ち明け始めた。
*
半年以上前のあの夜、アタシは晃センパイに告白をした。……そして、思いっきり振られた。まあ、それ自体はアタシ自身も予想してたし、今も納得はしてるんだけど……。
「想定外だったのは、アタシの内面の問題っすね」
まさか、振られた後でもこんなにも好きなままだとは思ってなかった。せいぜい格好良くて頼りになるセンパイ、ってくらいの認識になると思ってたのに……、実際は今でも“大好きなセンパイ”のままだ。
「いくら初恋だったからといっても、流石にここまで引きずってしまうとは思ってなくて……」
一度、夏休みにセンパイとデートして、その想いを吹っ切ろうともした。“未練はない”とまで言いきって、自分でもそのつもりでいた。でも……、
「やっぱり、センパイの顔を見ると“好きだなー”って思っちゃうんですよね……」
今の所はそれを悟られてはないと思う。ひょっとしたらイネスセンパイは気づいてるかもしれないけど……、少なくとも晃センパイは気づいてないだろう。
「とまあ、そんな感じの悩みです。はぁ、いい加減なんとかしたいんですけどね……」
このままじゃ、一生センパイ以外に恋をしない人生になってしまう気がする。この想いが叶っていたのならそれでよかったんだろうけど、もうアタシの想いが叶うことはない訳で。
「なんか、いい方法ないですかね?」
「……いい方法、ですか?」
「はい。センパイへの気持ちをスパッと諦める為の方法とかないかなー、って思って……」
間宮さんっていかにも人生経験豊富そうだし、こういう恋愛に関してもなにか答えを持ってるかもしれない……、と思って聞いてみたのだけれど、
「まあ、はっきり言ってしまうと……。ないですね」
「ないんですか……」
その返答はこの一言だった。
「ええ、ないですよ。……恋心というものは、そんなに簡単に割り切れるような感情ではないですから」
自嘲的な笑みを浮かべながらそんなことを言う間宮さん。……ひょっとして、間宮さん自身も恋愛についての苦い思い出があるのかな?
「あはは……。まあ、そうですよね……」
「ええ、八橋さん自身もそれは分かってると思いましたので、はっきり言わせてもらいました。……もっとも、本当に方法がない訳ではないんですけどね」
「……へ?」
最後の最後でさっきの答えをひっくり返した間宮さん。えっと、方法ってなんなんだろう……?
「八橋さんのような方なら、いつかは誰か素晴らしい男性から恋心を抱かれることもあるでしょうから。……乗り気になれないかもしれませんが、そういう男性の告白を受け入れれば、おのずと南雲さんへの気持ちも落ち着くのではないでしょうか」
「なんか、随分気が遠くなる方法ですね……。それに、そんな気持ちで他の人の告白受けるって、相手に悪くないですか?」
まだ好きな人がいるのに、他の男性の告白を受けるのは、正直あんまりいい行動には思えない。
「まあ、それも否定はしませんが……。でも、そもそも恋愛において始めから両想いという方が珍しいのですよ。……周りの方々が悉くそのレアケースなので感覚がマヒしてるかもしれませんが」
「確かに、それはそうですね……」
晃センパイとクリスセンパイのカップルも、イネスセンパイとレオンさんのカップルも告白する前から両想いだったからマヒしてたけど、確かにはじめから両想いな恋愛の方が珍しいはずだ。大抵は、どちらか一方だけが恋をしている状態から、付き合っていく中で少しずつ両想いへとなっていくという流れだろう。
「だから、あんまり重く考える必要はないと思いますよ。恋愛感情なんて、そう簡単には忘れられませんし。……それに、昔よりは気も楽になっているのでしょう?」
「まあ、それはそうですね……。夏休みのアレのおかげで、大分気は楽になってますね」
夏休みのデート以前は実際結構無理してたけど、今はそれほどではない。たまーに、こうやって思い出して憂鬱になってるくらいだ。晃センパイと一緒にいても、好きという気持ち以上に“楽しい”と思えるし、何よりクリスセンパイとの仲を心の底から応援できているという自覚もある。
「いつかきっと、八橋さんにも素晴らしい恋のお相手ができるでしょうから。……それでももしまた憂鬱になってしまったら、いつでも愚痴を言いに来てください。いくらでも聞きますから」
爽やかな笑みを浮かべながらサラッとそんなことを言う間宮さん。なんとも大人の余裕を感じる格好よさだ。
「ありがとうございます。まあ、今日これだけ吐き出したんで、しばらくは大丈夫ですよ。……それにしても、なんで皆当たり前のようにアタシにいい恋人ができる、って断言するんですかねぇ……。アタシ、そこまで可愛くないですし、これといった魅力もないのに」
イネスセンパイにも昔同じことを言われたけど、未だに納得いってない。センパイ方と比べたら、アタシの魅力なんて全然なのに。
「はぁ……。そういう所がまた魅力なんですが……、本人は得てして気づかないものなんですよね……」
そんな間宮さんのつぶやきは、アタシに聞こえることはなく。結局、そのあとは普通に何気ない会話をしながら朝のティータイムの時間はゆっくりと過ぎていくのだった――




