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八橋ほたるの憂鬱①

「ふわぁ……。あ、おはようございます、間宮さん」


 クリスマスイブの夜から一夜明けた、クリスマス当日の早朝。すっかり時差ボケも治ったアタシは、いつも通りの時間に起床し広間に来ていた。


「おや。おはようございます、八橋さん。……相変わらずお早いですね。まだ寝ていてもいいのですよ?」


 広間には先客が一人。間宮さんが、まるで自分の仕える家の屋敷かというほどに慣れきった様子で部屋の掃除に勤しんでいた。


「あはは、大丈夫です。もうこの時間に起きるのは習慣ですから。……忙しそうですし、ひょっとしてお邪魔でした?」

「いえ、もう終わるところでしたから。……それに、おそらくほかの皆さんは今日は寝坊してくるでしょうからね」

「ま、それはそうでしょうねー。レオンさんはともかく、晃センパイまで彼女の部屋で一夜を明かしたみたいですし、ははっ」


 あんまりしっかりは聞こえてこなかったしそもそも聞く気もなかったけど、隣の部屋の様子を見る限りは今言った通りで間違いないだろう。


「まったく、二組ともお熱いですねー。幸せそうで何よりですけど」

「ええ、本当に。……ふしだらな気配もありませんでしたし」


 ……どうやら、間宮さんは割とがっつり昨夜の様子を偵察していたみたいだ。


「あ、なかったんですね……。意外なような、しっくりくるような……」


 女性陣はともかくとして、男性陣、ちょっと奥手すぎません? ……とはちょっと思うけど。でも、晃センパイが肉食系だったらそれはそれで解釈違いかも。


「流石にほかの人も大勢いますし、控えていただいてなによりですけどね。……もしなにかあったらどんな顔をすればいいか」

「あはは、それは同意です」


 とかなんとか野次馬じみた会話をしながらも、間宮さんはアタシに紅茶を一杯作ってくれた。なんとも美味しそうなフルーティーな香りが鼻孔をくすぐる。


「あ、ありがとうございます。んー、美味しそうっ」

「ナタリアさん曰く、イネスさんのご実家のお気に入りの品だそうです。私も昨夜初めていただきましたが、とても美味しかったですよ」


 言いながら、間宮さん自身もアタシの隣に座り、自分の分のティーカップを用意していた。どうやら仕事が終わったというのは、本当だったみたいだ。


「そういえば、ナタリアさんはどうされたんですか?」

「先ほど朝一の電車でイネスさんの実家のあるマリニャーヌまで戻られましたよ。なんでも、取りにいくものができたとのことでした」

「えっと、アタシもあんまりはっきり地図は見てないですけど……。このパリからイネスセンパイのご実家って、結構距離ありましたよね?」

「ええ。ざっと三時間以上はかかるそうです」


 その距離をあっさり帰ってしまうとは。どうやら、その取りに行くものというのは、よほど大切なものらしい。


「ってことは、今日はほとんど間宮さん一人で家事することになるんですか?」

「まあ、そうなりますね。簡単ではないですけど、なんとかなるでしょう。……それに、“任せてください”と言って送り出した手前、なんとかしないと合わせる顔がありませんし」

「あはは、それは確かに。にしても、メイド同士なだけあって仲良さそうですね」


 ナタリアさんはアタシたちにはあんまり心を開いてくれてない感じがあるので、ちょっと羨ましい。まあ、あの様子は別に嫌われてるとかではなさそうだけど。


「まあ、仲は良い……、ですかね? 歳はちょっと離れてますけど」

「そこは別にどーでもいいんじゃないですか? 確かにナタリアさんは二十代前半な感じですけど」


 アタシだって、センパイたちとは若干歳が離れてるけど仲良くしてもらってるわけだし。だから、本当の友人同士なら年齢なんて関係ないとアタシは思ってる。……もっとも、相手がどう思ってるかは分からないけれど。


 ――そんなことを思ったとき、ふっと最近忘れかけていた……否、忘れようとしていた悩みが頭の中に浮上してきた。


 ……アタシにとって、今もまだ一番大事な人のこと。でも、いい加減その気持ちを捨てなければならない人のこと。最近はあんまりその悩みを思い出すこともなかったのに、変なことを考えてしまったばっかりに思い出してしまった。


「……ひょっとして、なにかお悩みですか?」

「えっと……。顔に出ちゃってました?」


 一応取り繕ったつもりなんだけどな……。どうやら、間宮さんにはお見通しのようだ。


「ええ。ひょっとして、南雲さんのことですか?」


 次々に図星を突かれてしまった。いやー、やっぱり大人には敵わないなぁ……。


「その顔は……、なるほど。――その、私でよければ話相手になりましょうか? もっとも、話したくなければ構いませんが……。でも、話せば少しは軽くなるかもしれませんよ」


 心配そうにアタシの顔を見ながら、そんなことを言う間宮さん。


 その顔を見て思う。……ずっと一人で抱えたままでいても、解決することはできないかもしれない、と。


 それならば、話相手としては間宮さんはこれ以上ないくらいにふさわしい相手だろう。少なくとも、アタシよりはずっと人生経験も豊富だろうし。


「確かに、そうかもですね。それに、間宮さんは全部知ってるわけですし」


 ま、たまには悩みをぶちまけても許されるだろう……、多分。

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