クリスマスプレゼント ―クリスと晃の場合―
――コン、コン
ゆっくり、控えめにクリスの部屋のドアをノックする。そろそろ日付も変わろうかというくらいの時間だし、もしかしたら寝てるかもしれないと思ったけど……、
「……あれ、あっくん? どうしたの?」
ゆっくりとドアを開けながら、クリスが不思議そうな声をあげた。どうやら、まだ寝てはなかったようだ。良かった、これなら心置きなくクリスマスプレゼントを渡せる。
「えっと、いや……。ちょっと話があって。……いいかな」
さっきレオンさんと話していたときは渡すことが楽しみで仕方なかったのに、いざクリスを前にすると途端に緊張してしまう。こんなことなら、もっと別のものをプレゼントにするべきだったかも……。
「ははっ、あっくんてばどうしたの? ――さては……、夜這いかな?」
「ちっ、違う違うっ。クリスマスプレゼントを渡しに来たんだよっ! ……あっ」
……しまった。クリスのからかいに反論しようとして、ついうっかり口を滑らせてしまった。俺がここに来た目的が余程予想外だったのか、クリスは口をポカンと開けて驚いている様子。
「あ、あはは……。そっか、プレゼントか……。ごめん、変なこと言っちゃって」
「いや、別にそれは良いけど……。いつものことだし。じゃあその……、部屋入っても、いい?」
「うん。……どうぞ」
パーティーが始まる前にこの部屋に来た時とはまるで違った、お互いに緊張ぎみなやりとり。まあ、さっきはクリスマスだとかプレゼントだとかは全く意識してなかったからなぁ……。ちょっとでも“恋人っぽいイベント”を意識するとすぐこんな風になってしまう辺り、俺たちはまだまだ恋愛初心者なのかもしれない。
*
「えっと、実は私はプレゼントとか用意してなくって……。その、ごめん」
「別に謝らなくてもいいって。絶対プレゼントしなきゃいけないなんて決まりはないし。このプレゼントだって、俺がプレゼントしたいからするだけなんだからさ」
……なんか、滅茶苦茶恥ずかしいことを言ってしまった気がする。まあ、クリスしか聞いてないしいいか。
「あはは、あっくんてばなに言っちゃってんのさ。まあ、そういうこと言っちゃうのもあっくんのいいとこだけど。ふふっ、そんなにプレゼントしたいものって一体どんなのなんだろうなー」
楽しそうに笑いながらごろーんとベッドに寝っ転がるクリス。……昨日の夜に一緒に寝たりしてしまったせいか、俺に対する遠慮とか恥じらいが今まで以上に無くなってしまった気がする。もちろんクリスにしっかり信頼されてるからこそなんだろうけど。
「……これだよ。ほら、こっち来て来て」
色々と遠慮のなさすぎる姿のクリスにこれ以上近づくのはなんか躊躇われたので、クリスをこっちに呼び寄せる。それに渡すモノがモノだし、しっかりした雰囲気で渡したい。
「はいはい? ――え、うそ……」
ベッドから降りて俺の正面にペタンと座ったクリスが、俺の手の中にある小さな箱を見て小さな驚きの声を上げた。どうやら、箱だけでプレゼントの中身が分かってしまったらしい。
「えっと……。まあ、まだ俺たちにはちょっと早いかもしれないけどさ。せっかくのクリスマスだし、こういうのがいいかなって」
そんないい訳をしながら箱を開ける。――箱の中に入っていたのは、宝石などの装飾の一切ない、シンプルなシルバーリング。……つまりは、指輪だ。
「ふふっ、あっくんてば本当に私のことよく分かってるよね。……ちゃーんと私の欲しいものをプレゼントしてくれるんだもん」
涙目で、微かに声を震わせながら、でも心の底から嬉しそうにそんなことを言うクリス。……この反応を見れただけで、もう十分にプレゼントした甲斐があったというものだ。
「――良かった。色々悩んだんだけど……、やっぱりクリスにはこういうのが似合うかなって思ってさ」
実を言うと、このプレゼントを決めるのには数か月近くかかってしまった。その過程で色んな人にアドバイスを貰ったりもしたのだけど……、まあその辺の裏事情はクリスには教えないでおこう。せめてもの見栄だ。
「うん。……ありがと、あっくん。この指輪も、ずっっっと大事にするね」
そう言って、俺の手からゆっくりと指輪の入った箱を受け取ってくれた。
「――さて、っと! じゃあ、今回もあっくんに付けて貰おっかなー」
受け取った瞬間、今までの少し湿っぽい雰囲気を吹き飛ばすかのようなハイテンションで、クリスがいきなりそんなことを俺に言い放った。
「今回も、って……」
「夏にネックレスくれたときも付けてくれたでしょ? だから今回もそうして欲しいなー、って思ったの。……ダメ?」
からかい半分なのが丸わかりな笑顔を浮かべながら、わざとらしく首をかしげてそんな風におねだりをしてきた。
「……はぁ。クリスってば、俺がそういうのに弱いの分かっててやってるでしょ……」
「そりゃあ、付けて欲しいもんっ。ほらほらっ、早く早くっ」
思いっきり開きなおっているクリスに完全敗北した俺は、大人しく再びクリスの手から指輪の箱を受け取り、丁寧に指輪を取り出す。
「ほら、手ぇだして」
「はいな。どーぞ」
嬉しくてしょうがないというような笑顔で両手をずいっと突き出しすクリスを見て、少しばかりの悪戯心が芽生える。……うん、せっかくだしそうしてみるか。
「……はい、っと。――これで良し」
クリスの左手の薬指に指輪をはめる。……まさかその指に付けられるとは思ってなかったらしく、クリスは目を丸くしていた。――してやったりだ。
「えっと、あっくん……? ここにはめる意味、分かってる……?」
「さっきも言ったろ。“俺たちにはまだちょっと早いかも”って。まあ、半分はからかいだけど……、半分は本気だから。もちろん、その時はまたちゃんと指輪もプレゼントする。これよりももうちょっとだけ高いのを」
左手の薬指につける指輪。……つまりは、結婚指輪。確かにまだ俺たちには先の話かもしれないけど、レオンさんとさっき話した通り全く考えてないわけじゃない。
「ははっ。――ばーかっ。あっくんのばーかっ、あははっ。本当、たまーにすっごく気障なこと言っちゃうんだから。後で恥ずかしくなっても知らないよ?」
「大丈夫。……もう結構恥ずかしいから」
恥ずかしくっても言いたかったのだからしょうがない。大体、あとで自分が恥ずかしくなりそうなことならクリスも相当言ってると思うのだが……。
「ほら言わんこっちゃない。でも、うん、すっごい嬉しいよ。……それじゃあ、次の指輪のプレゼント、期待して待ってるからねっ」
屈託のない笑顔でそう言ったクリスが、急に俺の両肩をがしっと掴む。そしてそのまま顔を一気に近づけたかと思うと――
「――んっ。はいっ、とりあえずお返し。……なーんてね、ふふっ」
――これまでよりも心なしか長く、そして強く、俺の唇に口づけをしてくれたのだった。




