クリスマスイブの夜②
「やあ。今日は楽しかったかい?」
クリスマスパーティーもお開きになった、クリスマスイブの夜。間宮さんたちに無理を言って広間の片付けを手伝っていた俺の元にレオンさんが現れた。
「ええ、楽しかったです。……イネスさんの所にいなくて、いいんですか?」
パーティーが終わった後、イネスさんと二人でイネスさんの部屋に戻っていたはずだけど……。どうしてレオンさんだけ抜け出してきたんだろうか。
「キミがまだここにいると聞いてね。……前々から、キミとは少し話をしてみたかったんだ」
「そ、それは……。えっと、どんな話ですか……?」
まさかレオンさんの方からそんな申し出をされるとは思ってなくて、面喰ってしまった。わざわざ俺と話をしてみたいって、いったいどんな話なんだろう……。
「ははっ、そんなにかしこまる必要はないさ。普段は従者なのかもしれないけれど、今ここでの立場は対等だからね。……同じ立場の男同士、とりとめのない話をしたいだけさ」
「……同じ立場、ですか」
そんなつもりはないけれど、ひょっとして俺とレオンさんには何か共通点があったりするのかな?
「ああ。キミも、あの星之宮家のご令嬢の婚約者なんだろう? イネスから聞いてるよ」
「こ、婚約者……?」
思っても見なかったワードが飛び出してきた。俺が、クリスの婚約者? 確かに俺とクリスは恋人同士だし、そりゃあ将来的にそうなる可能性は高いかもしれないけど……。
「なるほど、自覚はなかったみたいだね。……でも、将来はそうなるつもりなんだろう?」
「まあ、それはそうですけど……、って何言わせるんですかっ」
つい口から本音が飛び出てしまった。瞬間的に顔が熱くなるのを自分でも感じる。そんな俺の様子が面白かったようで、レオンさんは吹き出してしまっていた。
「ははっ、恥ずかしがることないじゃないか。ちゃんと覚悟をしている証拠なんだから、もっと胸を張っていいくらいだ。実際、俺はイネスの婚約者であることを誇りに思っているしね。キミも、それくらい思っていいんじゃないかな」
同じ男でも見とれてしまいそうなくらい絵になる爽やかな笑顔を浮かべながら、なんの恥ずかし気もなくそんなことを言うレオンさん。なんだろう、同じ男として敗北感すら覚えてしまいそうなほど完璧な姿だ。
「まあ、その……。善処します」
「それでいいんじゃないかな。キミの隣にいたクリスさんは、とても幸せそうにしていたよ。何年か前に会ったときよりもずっと、ね」
まだ、俺と再会するより前の話。その頃もイネスさんという親友はいたし、幸せではあっただろうけど……。それでも、俺がいることでさらに幸せになってくれているのだったら、俺も幸せだ。
「キミがうらやましいよ。僕も、イネスのことをもっと幸せにしてあげたいのだけど……、中々難しくてね。今までのどんな仕事よりもよっぽど難しい問題だよ」
先程までの笑顔をすっと収めて、心底不安そうにそんなことを呟くレオンさん。……ひょっとして、気づいてないんだろうか?
「そんなこと、ないですよ」
「……え」
「イネスさんは、あなたといるときが一番幸せそうにしていますよ。それこそ、いつも一緒にいる俺たちが嫉妬してしまいそうになるくらいですよ」
レオンさんは、その幸せそうなイネスさんしか知らないからさっきみたいなことを言えるんだろう。でも、そんな心配が杞憂でしかないことを俺たちは知っている。なにせ、あんな満面の笑み、俺たちも今日初めてみたのだから。
「……そう、か。ははっ、僕も偉そうなこと言えないな。――ずっと、イネスをもっと幸せにしてあげる為にどうすればいいかを考えていたけれど、今ので答えが見つかったよ」
「そ、そうですか? 助けになれたなら、良かったです」
そんなにヒントになるようなことを言った覚えはなかったけど……。それでも助けになったなら良かった。
「さて、そろそろイネスの部屋に戻ろうかな。……キミも、クリスさんの元に行ったらどうだい? せっかくのクリスマスなのだし、ね」
パーティーが始まる直前まで二人きりだったけど……、まあ今日くらいはもっと二人きりでいても許されるだろう。
「そうですね。せっかくですし、そうしようと思います。……プレゼントも準備してますし」
「ああ、彼女も喜ぶだろうさ。……俺も、イネスにプレゼントを渡さないとな」
庶民でも貴族でも、クリスマスに考えることは同じだったみたいだ。やっぱり、クリスマスといったらプレゼントだろう。
「キミはどんなプレゼントを用意したんだい? こっそり教えてくれると今後の参考になるのだけど……」
「いや、俺とレオンさんじゃ資金力が違いすぎると思うんですけど……。まあ、教えるのは構いませんけど」
という訳でプレゼントの内容を教える。といっても、無難であまり面白みのないプレゼントだけど……。
「――ははっ、やっぱりキミとは気が合いそうだ。俺も、イネスに同じものをプレゼントするつもりなんだ」
「え、そうなんですか?」
レオンさんのことだから、もっと独創的で素敵なものをプレゼントするものだと思ってたけど、そんなことはなかったみたいだ。
「またキミとは、男同士気兼ねなく話したいよ。……そうだ、連絡先を教えておこうかな」
「え、いいんですか?」
願ってもない提案に、思わず聞き返してしまった。でも、俺としても自分の境遇を分かってくれる同性の知り合いが増えるのは純粋にありがたいし嬉しい。
こうしてできた新たな友人と共に、広間を出てそれぞれの待ち人のいる部屋へと急ぐ。……クリスマスイブの夜もそろそろ終わり。あと数時間で、クリスマス当日が始まる。
――クリスマスプレゼント、クリスは喜んでくれるかな。




