パーティー前のひととき
「ただいま戻りましたわ」
「ただいまーっ!」
パリの別荘に戻ってきた俺たち。玄関には先程までは無かったクリスマスツリーが飾られている。俺たちが出かけている間に、間宮さんとナタリアさんで飾りつけたのだろう。
「おかえりなさいませ、皆さま。既にパーティーの準備はできておりますが、どうなさいますか?」
「ただいま、ナタリア。準備ができているのはありがたいですが……、レオン様がいらっしゃるまでパーティーは始めないでおこうと思いますわ」
イネスさんの言葉にナタリアさんの表情がほんの少しだけ緩む。……やっぱり、ナタリアさんも自分のお嬢様が好きなんだな。今まで全然つかめなかったナタリアさんの性格が、少し分かったかもしれない。
「じゃあ、それまでどうしてますか? レオンさんがくるまでまだ2時間くらいはかかるんですよね?」
「ええ。レオン様からのメッセージを読む限りはそうなりますわね」
実は、帰宅途中にレオンさんからイネスさんにメッセージが届いていたのだ。内容は、ルーブル美術館での騒動のお詫びと、そのせいで合流に少し時間がかかってしまうということの報告だったらしい。
「まあ、それまでは各々でゆっくりすることにしましょうか。今日はずっと動きっぱなしでしたしね」
「さんせーいっ。じゃ、私はちょっと部屋に戻ってるねっ」
「アタシも戻ります。親にメール出しとかないとですし」
そう言って、クリスと八橋さんは二階にあるそれぞれの部屋に戻っていった。
「ワタクシは広間の様子を見てきますわ。パーティーの準備がどんなものか見ておきたいですし。――アキラはどうするのですか?」
「うーん、どうしよっかな……」
自室に戻るもよし、イネスさんと一緒に広間の様子を見に行くのもよし……、と悩んでいたその時――
「……あれ?」
スマホにメッセージが届いた。あれ、俺にわざわざメッセージを送ってくる人は皆この別荘の中にいるんだけどな……。と不信に思いながらスマホを見てみると、
「ねえ、今から私の部屋、来れるかな?」
クリスからそんなメッセージが届いていた。
「はぁ……。もうっ、あなたたちが本当にうらやましいですわね、ふふっ」
俺の様子を見て、イネスさんはメッセージの内容に気づいてしまったようだ。いやまあ、別に隠すつもりはなかったけど、なんかちょっと恥ずかしい。
「いや、その……」
「あら、違いましたか?」
フフン、と勝ち誇ったような笑みを浮かべるイネスさん。……どうやら、俺はよっぽど分かりやすい表情をしていたらしい。
「まあ、そういう訳なので……。俺も二階に行ってますね」
「ええ、分かりましたわ。――くれぐれも、パーティーの開始には遅れないでくださいね、ふふっ」
冗談めかしてそんなことを言ってから、イネスさんは広間の方に消えていった。
――さて、俺もクリスの部屋に行かないと。
*
「クリス、来たよ」
「あ、あっくん。どうぞー」
ノックをしてから、クリスの部屋に入る。……昨日この部屋に入ったときとはまた違う緊張を感じつつ、ゆっくりとドアノブを回すと、
「やっほー。えへへ、急に呼び出しちゃってごめんね?」
薄い部屋着に着替えたクリスが、ベッドの上にちょこんと座っていた。……おおよそ、恋人とはいえ男性を部屋に招く際の格好じゃないのは間違いない姿だった。ストレートにいうと、思春期男子には少々刺激が強い。
「……? どうしたのあっくん?」
「いや……。その恰好どうしたのかなって」
俺の言葉を聞いて、クリスが自分の姿を鏡で見る。……そのキョトンとした表情から察するに、俺の無言の訴えには気づいていないようだ。
「いや、部屋でゆっくりするのにさっきまでの服だと邪魔だからさ。あっくんも着替えたら?」
「……いや、止めとくよ」
あまりに無防備すぎて直視が辛い。まあ、よそ見してたらそれはそれで不自然だし、頑張って耐えれるようにしないと。
「……で、どうしたの?」
「いや、別に用事があった訳じゃないんだけどね、あはは……。ほら、この旅行中はあんまり二人きりの時間って取れないからさ。こういう時くらいは一緒にいたいなー、って思って。……ダメ、かな?」
「いや、全然ダメじゃないけど……。そういうのを直接言ってくるの、珍しかったからさ」
クリスは割と甘えたがりな性格だけれど、実際にそれを表に出すことは少ない。といっても、いざ二人きりになってしまえばストレートに甘えてくるけど。ただ、“一緒にいたい”と誘ってくることはあまりないのだ。おそらくだけど、普段の俺が従者としての仕事で忙しくしてるから、無意識に遠慮してしまっているのだろう。
「うーん、そうかな? 別に遠慮したりしてるつもりはないんだけど……。まあそういう訳だからさ、レオンさんがくるまで二人でゆっくりしよ?」
少し恥ずかしそうに笑いながら、そんな魅力的な提案をするクリス。……当然、そんな提案を断るなんて選択肢は俺にはない。
「うん、いいよ。……でも、遅れないようにしないとな」
「あはは……、まあ大丈夫でしょ。――ほら、突っ立ってないでこっちこっちっ!」
――それにしても、クリスのこの無防備さは、あとで指摘してあげないとな……。
相変わらず俺の思いに気づく様子のないクリスに見とれながら、ぼんやりとそんなことを考える。
(もっとも、指摘する度胸が今の俺にあるかと言われると怪しいんだけど……)
そんな懸念通り、実際に俺がクリスに指摘することができたのは、数年単位の時が過ぎた頃になるのだった――




