これは脅迫状ですか?
「……なんですの。これ」
「良くわかんない。なんか部室のドアに挟まってた」
「手紙、みたいだけど……。誰が?」
ある日の放課後。俺が少し遅れて部室に来ると、机の上になにやら可愛らしい封筒に入れられた一通の手紙が置いてあった。……まるでラブレターみたいな外見をしてるけど、誰宛なんだろう? 俺宛ではないと思うけど、この見た目で男が差出人ってことはないだろうから女子二人に、って訳でもなさそう。いや待てよ、女子生徒からクリスかイネス宛、ってのもあり得る、のか……? そもそもこれ、送る先ほんとにこの部室で合ってる?
「多分私たち三人の誰か、または皆に向けての手紙ではあるんだろうけど……。封筒になんにも書いてないんだよねー」
「そうなると、中身を確認するしかないのではなくって? もし特定のだれかに宛てての手紙だとしても、分かるように書いていない相手の落ち度でしょう」
「まあ、確かにそうするしかないか。じゃさっそく失礼して、っと」
クリスが手紙を開け、読み始めた。……すぐになんとも言えない微妙な表情をして顔を上げたけど。
「どうしました?」
「何が書いてあったの?」
「……うーんと、その……。説明が難しいから、読んでもらった方が早いかな」
そう言ってから机の上に手紙を広げるクリス。あきらかに困惑した様子だけど、そんなにトンチキなことが書いてあったのかな……?
さてさて、手紙の内容はどんなもんかと言うと――
*
拝啓
写真部の皆さま
麗らかな春の日差しが暖かい今日この頃、写真部の皆さま方はいかがお過ごしでしょうか。さて、現在私は写真部の皆さま方の抱えていらっしゃる重要な秘密と思しき事実を所有しております。
……やめやめ。めんどくさいんで、こっからはテキトーに書きますね。
とりあえず、この秘密をばらされたくなかったら明日の夕方四時に新聞部の部室に来てください。来なかったらどーなるか、分かってますよね?
あ、できれば星之宮クリスさん一人で来てください。というか絶対一人で来てください。じゃないとばらします。
それでは、ごきげんよー!
敬具
新聞部部長
*
「なにこれ」
「丁寧なのか適当なのか……。良くわからない書き方ですね」
「多分、最初は丁寧にするつもりだったけど、途中でめんどくさくなったんだろうね……。最後は戻ってるけど。まあ、書き方より問題は中身なんだけどさ」
確かに。よく分からんトンチキな書き方ではあるけど、内容はかなり厄介な物だ。……俺たち写真部の秘密。俺の予想が正しければ、これはクリスの性格の裏表のことなんじゃないだろうか。
「この秘密って言うのは、クリスのことですかね?」
「じゃないかな。あとはないと思うけど晃と私の過去の仲とか? って、どっちにしろ私か」
まあほかに秘密らしい秘密もないので、早々に全員の見解は一致した。さて、こっちはどう出るべきなのか……。
「クリス、どうするつもり?」
「うーん。いくしかないんじゃないかなぁ。一人で来いって書いてあるし」
「しかし、流石に危険ではなくて? 何をされるか分かったものじゃありませんよ」
秘密をばらさない代わり、クリスの身体を―――って、イケナイ漫画じゃないんだからそれはないか。でも、何を要求されるか分かったもんじゃないのは間違いない。イネスさんの言う通り、クリス一人で行くのは危険だろう。
「大丈夫。新聞部の部長さんなら知り合いだから」
「……そうなのですの?」
「うん。ちょーっと変わった人だけどね」
それはこの手紙で充分伝わっています。
「では、危険はないのですね」
「……たぶん」
「そこはきっぱり言ってほしいなぁ……」
怖くて送り出せないじゃないか。なにかあった時、責任を負うのは従者である俺なんですよ……?
*
「あら、逃げずに来ましたね。星之宮センパイ?」
「ええ。仮にも私とて星之宮の一員ですから。挑発されて何もせず逃げるような教育は受けていません」
翌日。まだぶーぶー言ってる晃を置いて約束の時間より少し前に新聞部の部室にやって来た。
で、今目の前でお行儀悪く椅子の上で胡坐をかいているのがあの手紙の差出人、中等部二年生にして新聞部の部長、八橋ほたるちゃんだ。
まあ、部員が一人しかいないから必然的に部長になってる、ってだけだけど。先輩相手でもあの尊大な態度を崩さず、生意気な口を利くことが多いので高等部の生徒、特にうちのクラスの人たちには、ちょっと距離を置かれてる変わった子だ。私は別に、意地張っちゃってかわいいなー、くらいにしか思わないんだけど。ちなみに、昨日イネスに面識があるって言ったのは、部長会で何度か顔を合わせてるからだ。……ま、二人で話したことがある訳じゃないけどね。
「そーですか。で、ここに来たって事は、アタシの用件はとーぜん分かってるんですよね?」
「ええ。さて、まずこちらから聞かせていただきます。“写真部の秘密”とは、いったい何を知っているのですか?」
さて、とりあえず先制攻撃。向こうのペースに持ってかれたら面倒だし、早めにこっちから質問してイニチアチブを握ろうと思ったけど……。
「あれぇ、気づいてないんですかぁ? ふふん、まあいいでしょう、教えてあげますよ」
うーん、あんまり効いてないみたい。ちょっとやそっとじゃ動じない子だとは思ってたし、そこまで意外でもないけど。
「めんどーだし単刀直入に言いますね。――いったい、いつまでそんな見え見えの皮被ってるつもりなんです、星之宮センパイ?」
やっぱり、それか。いつかはバレると思ってたけど、その相手がこの子だなんて。せめて後輩には威厳のある先輩でいたかったんだけどなぁ……。でも、知られてるのにわざわざ隠す必要はない、か。
「……そっか。良く気づいたね、ほたるちゃん」
「ほっ、ほたる、ちゃん……!? ……あっ、いやっ、なんでもないデスよ? 決して驚いたとかそんなことはありませんから、決して!」
「そんなに取り乱さなくてもいいのに。さて、じゃあ私はこの秘密を黙っていてもらうのにいったい何をすればいいのかな?」
私としてもできる限りの事はするつもりだけど、何を言い出すやら。ウワサではこんな感じで色んな人の秘密を暴いて色々してるらしいし、とんでもない事言い始めるかも……。まあ、その時は先輩としてビシッと言えばいいか。
「あっ、ああ。そ、そうですね。なにをしてもらいましょうかねぇ?」
なんか、今日のほたるちゃん、なんかちょっと変かも。取り乱してたのもあるけど、そもそも私がこの部屋に私が来た時から、なんかいつもよりさらに落ち着きがないような気がする。
「なんて、も、もう決まってるんですけどね。はは、あはは……。すぅ、はぁ……」
緊張からか変な笑いが出てるし、遂には深呼吸までし始めた。そんなに緊張するような内容なのかな?
「え、えっとっ、そのっ……!! ア、アタシに、南雲センパイをください!!」
……はい?




