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許嫁は有名人/メイドたちのティータイム

 その後待つこと数分。待ち人であるレオンさんはまだ現れない。さっきのイネスさんの言葉通りなら、そろそろ来るはずなんだけど……、と思ったその時、周囲が急にざわつき始めた。


「……あちゃー、やっぱりこうなっちゃうか」

「まあ、想定内ですわ。……少々不服ですが、移動しましょうか」


 どうやらクリスとイネスさんは、こうなることが予想できていたみたいだ。ただ八橋さんはというと、何が何やらさっぱりといった様子で首を傾げていた。かく言う俺も、八橋さんと同じく何も分かっていない。


「えっと、いいんですか? レオンさん、ここに来るんじゃなかったでしたっけ……?」

「まあ、それはそうなのですが……。ただ、これ以上ここにいると間違いなく面倒なことになりますわよ? ワタクシが保証しますわ」

「いや、面倒事を保証されても……。まあ、そういうことならセンパイ方に従っておきますか」


 ということで、皆でそそくさとカフェスペースから撤退することに。そして俺らがカフェから出た直後に、背後からすさまじいボリュームの黄色い声が聞こえてきた。……誰か有名人でも現れたのかな?


 ――と、そこまで考えてふと気づいてしまった。


「ひょっとして、この声の原因って……」

「ええ、十中八九レオン様でしょうね。あの方、この国では俳優顔負けの知名度と人気がありますから。……本人はさして気にしてないようですけれどね」

「まあ、気にしてたらこんな人が沢山いるところにいきなり現れたりはしないよね……」


 ひょっとすると、レオンさんという人は俺が思っていたような完璧超人という訳ではないのかもしれない。


「レオンさんって、意外と抜けてるところがある人なんですかね……?」

「まあ、否定はしませんわ」


 八橋さんの素朴な疑問に応えるイネスさん。しかし、その台詞に似合わない嬉しそうな表情をしているのは、どうしてなんだろう……。


「いまレオン様からメッセージが来ましたわ。……結局、元々の予定通り、我が家の別荘で落ち合おうということになりましたわ」


 わざとらしくため息をつきながら、イネスさんがメッセージの内容を教えてくれた。まあ、嬉しそうな様子は変わってないけれど。


「じゃ、私たちは一足先に戻ってますか。そろそろ準備も終わってるだろうしね」


 クリスの提案に皆が頷く。結局、俺達は予定より少し早めに美術館観光を切り上げることになったのだった。


 *


 ほぼ同時刻、ラ・マリニャーヌ家のパリ別荘にて――


「ひと段落しましたし、一息つきませんか? ティータイムにはちょうどいい時間ですし」

「ええ、そうしましょうか」


 私の提案にナタリアさんも同意する。私以上に厳しい人だし、ひょっとすると断られるかも……、と思っていたけれど、その心配は杞憂だったみたいだ。


「間宮さんは何を飲みますか?」

「そうですね……。では、紅茶をいただけますか?」

「分かりました。……向こうの棚にお茶菓子が入っていますので、持ってきてくださいますか?」

「ええ、分かりました」


 ……どうやら、思ってた以上に乗り気みたいだ。まだナタリアさんのことは分からないことが多いけれど、イメージしていたような固い人という訳ではないのかもしれない。


「ふぅ……。では、いただきましょうか。――これは、美味しいですね」

「口に合いましたか。……良かったです」


 ナタリアさんの声が心なしか柔らかくなった気がする。少しは気を許してもらえた、ということなんだろうか……。


「そういえば、お嬢様方は今頃何をしているんでしょうね」

「まだルーブルにはいると思いますが……。案外、向こうもティータイムだったりするかもしれませんね、ふふっ」


 ナタリア様から話題を振ってきてくれた。どうやら気を許してもらえた、という認識は間違ってなかったみたいだ。


「その、間宮さん。……つかぬ事をお聞きしても、よろしいでしょうか」


 ナタリアさんが、おずおずといった様子で私にそう聞いてきた。普段の冷淡な雰囲気とはまるで違う様子に少し驚いてしまったけれど、彼女の表情は真剣そのものだ。きっと、彼女にとっては大事な何かを知りたいのだろう。


「ええ、いいですよ。……といっても、私もメイドとしての経歴はナタリアさんとさして変わりませんけどね」

「大丈夫です。仕事内容を聞きたいわけではありませんから。……その、間宮さん。あなたは自分の仕えているお嬢様のことを、どう思っておりますか?」


 ……クリスお嬢様を、どう思っているか、か。少し予想外の質問で戸惑ってしまったけど、答えを待つナタリアさんが微動だにせずこちらを見つめていることに気付いて我に返る。


「そうですね……。こういってはメイドとしては不適切かもしれませんけど、年齢の離れた妹のような感じ……でしょうか」


 普段自分が思っていることを、一切の脚色なしに口に出してみる。……本当、メイドらしくない感情だ。


「妹、ですか?」

「ええ。……昔、クリスお嬢様に“年の離れたお姉ちゃんみたいに思ってる”と言われたことがあって。それからは自然と私も姉になったような気持ちになってしまったんです。……ね、メイドらしくないでしょう?」


 だからと言って姉気分が抜けることはないけれど。まあ、メイドとしての仕事と態度を忘れなければそれでも大丈夫だろう……、多分。


「いえ、そんなことは……」

「……そうですかね? それこそ、そういうナタリアさんはイネス様のことをどう思ってらっしゃるんですか?」


 せっかくなので、ナタリアさんにも同じ質問をしてみることに。これで、普段の様子からは分からないナタリアさんの内面が見えると嬉しいのだけど……。


「えっと、その……。内緒です」


 真っ赤な顔で、そう淡々と返されてしまったので、残念ながらナタリアさんの内面を見ることは叶わなかった。


 ――ただ、今の返答の際に真っ赤な顔で恥ずかしそうにした所から察するに、少なくともイネス様のことが大好きなことは、間違いないのだろう。


「ふふっ、そろそろ仕事に戻りましょうか。お嬢様方もそろそろ戻ってこられるかもしれませんし」

「……ええ、そうですね」


 空になったティーカップを片付けて、パーティーの準備に戻る私たち。その後の準備では、心なしかさっきまでよりもお互いの動きが把握できるようになった気がする。……どうやら、少しはナタリアさんと仲良くなれたみたいだ。


「ふふっ、ティータイムは大成功でしたね」

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