クリスマスイブの朝
一夜明け、フランス旅行二日目の朝。外は爽やかに晴れ渡り、今日も実に観光日和……、なのだけど、俺とクリスは何故か広間で他の皆を前にして正座させられていた。
「――さて、申し開きはなにかございますか?」
……いやまあ、”何故か”なんて言いはしたけど、理由は明白。昨夜、俺とクリスが同じベッドで寝ていたからだ。
「いやまあ、申し開きもなにもないけど……。でも、別に何もしてないからっ。本当に本当だからねっ?」
「クリス、それは逆効果なんじゃないかなぁ……」
実際疑いをかけられるようなことはなにもしてないのだけれど、今のクリスの慌てっぷりを見てそれに納得できるかといったら怪しいだろう。と思ったのだけど……
「……いやまあ、別になにしててもいいんですけどね。ぶっちゃけ、ただの野次馬ですしコレ。ねぇセンパイ?」
「ふふっ、そうですわ。特別な関係でもないのに同衾していたら流石にアキラにお説教ですけれど、二人は恋人なんですもの。ワタクシたちがとやかく言う理由なんてありませんわ。……まあ、場所は選んで欲しいですけれど」
イネスさんと八橋さんが顔を見合わせて笑い合う。……どうやら、本気で責められてる訳じゃないみたいだ。どうにも誤解されてる気はするけど。
「いや……、クリスの言う通り、別に何もしてはないんだけど……」
「えー、ホントですかぁ? ……って、冗談ですよ。お二人の態度からそれは分かってますって。もしホントになにかあったようなら、アタシたちも流石にこんなことできませんし」
「ええ。それに、この屋敷は全ての部屋に監視カメラが付いておりますし。なにをしていたか、なんてとっくにワタクシには筒抜けですわ」
流石は貴族の別荘といった所か。セキュリティは万全なようだ。……おかげで冤罪をかけられることはなくなったけど、同時に迂闊なことはできなくなってしまった。
「さて、そろそろ朝食も出来る頃合いでしょうし、一旦この話は終わりに致しましょうか。……ふふっ、あー楽しかった、ですわっ」
とまあ、そんなこんなで俺とクリスの昨夜の同衾は無事無罪となったのだった。
「……ねえ、あっくん」
「どうした、クリス?」
「いや、疑いは晴れたのはいいんだけどさ……。私、あの醜態を見られたんだよね……?」
「あ」
――ただし、クリスには若干のトラウマが残る結果となってしまったかもしれない。
*
「さて、今日はルーブル美術館に行きますわよ」
「おっ、待ってましたっ。確か、並ばないで入れちゃうんですよね?」
間宮さんとナタリアさんのダブルメイドさんお手製の朝食を食べながら、今日の予定を話し合う。
「ええ。レオン様のご厚意で、裏から入れる予定になっていますわ。……まあ、今日一日では到底見て回れないでしょうけど、それは仕方ありませんわ」
「確か、真面目に全部見ようと思うと一週間くらい必要なんだっけ?」
「まあ、一般にはそう言われてますわね。ワタクシは四日で見終わりましたけど……、あれもまあ、レオン様の特別ガイドありでしたからねぇ……」
流石にフランス出身のイネスさんは既にルーブル美術館は見学済らしい。にしても、見て回るのに一日じゃ足りないだなんて、つくづくとんでもない場所だ。
「ってなると、今日は何を見る予定なんです? 一応、見てみたいもののリストは作ってるんですけど……」
流石は芸術大好きな八橋さん。既にしっかり予習済みのようだ。
「一通り有名どころは見て回るつもりですけれど……。まあ、なにか要望があれば言ってくださいな。もちろん、場所の関係で無理なものもあるでしょうけど、見て回れるよう善処はしますわ」
「本当ですかっ。じゃあ、あとでリスト見せますねっ」
実にいい笑顔な八橋さん。フランス旅行が決まったときからずっとルーブル美術館は見てみたいって言ってたし、テンションが上がるのも当然か。
「ねえねえ、今日って夜はどうするの?」
ただ、クリスの関心はそこではないようだ。
「ふふっ、クリスの予想どおりですわよ。盛大にクリスマスパーティーをするつもりですから、期待していていいですわよ?」
「いやったー! あはっ、楽しみだねあっくんっ!」
「だね。……料理とか、手伝った方が良かったりする?」
いくら間宮さんとナタリアさんがとんでもスペックなスーパーメイドさんでも、パーティー料理の準備となれば人がいくらいても足りないだろうし。そう思って提案してみたけれど……、
「ははっ、センパイったらワーカホリックすぎじゃないです? 間宮さんたちなら大丈夫ですよ、きっと。……ですよね?」
こんな感じで、八橋さんに笑われてしまった。いや、そこまでワーカホリックなつもりはないんだけどなぁ……。
「ええ。というか、もうすでにナタリアさんの方で準備は初めていますから。せっかくの旅行なんですから、従者気分は忘れて楽しんできてください」
間宮さんにもこう言われる始末。まあ、そういうことなら厚意に甘えておこう。
「さて、では行きますわよっ」
いつもより心なしかテンション高めなイネスさんのそんな掛け声で、クリスマスイブの一日が幕を開けたのであった。




