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仏蘭西の夜

 クリスに抱き着かれて拘束されてから、どれくらい経っただろうか。


「すぅ……。うぅ……」

「行けるか……?」


 流石のクリスも睡眠中は力が入らなくなってるようで、これならなんとか抜け出せそうだ。


「よいしょっと。さて、どうするかな……」


 時刻は既に真夜中。もうとっくに他の皆は寝てる頃だろう。明日の皆の反応が怖いなぁ……。皆間違いなく俺とクリスが同じ部屋で寝てることには気づいてるだろうし。なにも間違いは起きてないけれど、言っても分かってくれるとは思えないし。


「はぁ……。朝が来るのが怖い……」


 まあ、嘆いててもしかたないし、さっさと自室に戻ろう。と、思ったのだけど――


「そういえば、部屋の場所知らないな……」


 すっかり忘れてたけど、イネスさんから自分の部屋の場所を聞く前だった。これじゃあ、戻りた

くても戻れない。こんな夜更けに部屋を手当たり次第開けてく訳にもいかないし。


「そこのソファで寝てるか」


 部屋のほぼ中心に置かれているソファが目に留まる。いかにも高級そうでちょっと気が引けるけど、それでも寝るのには十分な大きさだ。まあ、背に腹は代えられない、か。


 ということで、ソファに向けて歩きだしたその時――


「……あれ、あっくん?」


 なんと、クリスが起きてきてしまった。


「……クリス? え、えっとその……、お、おはよう?」

「おはようって、まだ夜だよ? ……っていうか、えっと……、どういう、状況なのかな……?」


 どうやら、クリスは今の状況を飲み込めてないらしい。ひょっとして、酔ってた間の記憶はすっかりなくなってるのかな……? 覚えてない方が幸せな気もするけど、言わないと俺が今ここにいる理由の説明ができないよなぁ。


「まあ、話せばそれなりに長くなるんだけど――」


 という訳で、こうなった経緯をかいつまんでクリスに説明することにしたのだった。


 *


「……えっと、その……。ごめんなさいっ!」


 俺からの説明を全て聞いたクリスは、真っ赤な顔で開口一番そう謝ってきた。


「いや、別に全然いいんだけどさ。……でも、覚えてないの?」

「いや、なんとなくうっすらとは覚えてるんだけど……。でもなんか、夢の中の出来事みたいな感じがして実感がないんだよね」


 どうやら記憶が完全になくなってる訳じゃないみたいだけど、はっきり覚えてるって訳でもないみたいだ。


「なるほどね。……でもこれじゃ、二十歳になってもお酒は封印かな」

「あはは……。そんなにひどかったんだね……。反省します……」


 真っ赤な顔で、恥ずかしがりつつも落ち込んでいる様子のクリス。……いや、別に落ち込まなくてもいいのに。今回のは流石に誰も予想できなかっただろうし。


「そんなに気にしなくていいよ。……別に、嫌だった訳じゃないし」

「……へ?」

「いやそりゃ……。好きな子と一緒にベッドで寝れて、嫌だと思う訳ないよ。まあ、もうちょっと段階は踏んだ方がいいかもしれないけど。でもまあ、なんというか……、幸せな時間ではあった、かな?」


 最後の方は俺も恥ずかしくなってしまって。顔が熱くなりながらしゃべっていた。……でもまあ、今の台詞が俺の偽りのない気持ちだ。


「あっくん……。ふふっ、顔真っ赤にしてまでそんなこと言っちゃってさ。柄じゃないくせに。……でも、ありがとね。そう言ってくれると、私も嬉しいな。……ふふっ」


 俺の気持ちは、クリスにはちゃんと伝わったみたいだ。……久々に、付き合い始めたばかりの頃のような気恥ずかしさが、俺とクリスの間に漂っている気がする。まあ、こんな恥ずかしいやり取りをしたら当たり前か。


「ね、あっくんはこれからどうするつもりなの?」

「これから? まあ、しょうがないしそこのソファで寝ようかなって思ってた所。寝心地は悪くなさそうだし、心配しなくてもいいよ」


 俺のその言葉を聞いたクリスは、しばし考える素振りを見せた後、なぜかまたも顔を真っ赤にした。そして、ゆっくりと口を開いたかと思うと、


「えっと、さ。ならその……、せっかくだし、このままベッドで一緒に寝ない? い、いや、決して変な意味じゃないからねっ!? ただその、いくらソファが寝心地良くても、ベッドの方が絶対良いだろうし、それに……」


 唐突にそんなとんでもないことを言い始めた。……しかも、ラストがなんか不穏だ。


「それに……?」


 気になった俺は、ついつい先を聞いてしまった。


「それに……。私が、そうして欲しいから……。ダ、ダメ、かな……?」


 そんな可愛らしい顔で首を傾げても、それは流石に……。


 ――いや、なにがダメなんだ? 変な意味じゃないってクリスは言ってるし、その気はないのは間違いないはず。ならば、俺がイロイロ我慢すればいいだけだ。それに、俺だって変な意味抜きでクリスと一緒に寝たくないのか、と聞かれたら首を横に振る自信がある。……なら、別に遠慮する必要はないのでは?


とかなんとかよく分からない自問自答をした結果、出した結論は……


「わ、分かったよ。……でもその、変に引っ付いたりはしないこと。せっかくダブルサイズなんだし」


とまあ、完全に誘惑に負けた返答を返してしまったのであった。


「えー、いいじゃんケチー。……ふふっ、冗談冗談。ありがとね、あっくん。ほら、そうと決まればこっちこっち!」


 クリスに促され、再び同じベッドの中へ入る。……今度は、少しだけクリスと距離を置いて。


「ははっ、これでも全然すぐ近くだね。あっくんの顔がこんなにすぐ近くにあるし」

「だね。触れ合ってないだけ、って感じだ」


 まあ、触れ合ってないだけでも俺の理性的には全然マシなんだけど。


「なんか、昔を思い出すね。……子供の頃は、こうやってお昼寝とかしてたよね」

「ははっ、懐かしいな、それ……」


 二人で小さく笑い合う。


 ――この調子なら、変な空気にはならなさそうかな。


 ……俺のその予想通り、俺たちは太陽が昇る直前まで、なんでもないような思い出話に華を咲かせ続けていたのだった。

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