パリでの甘い一日②
「「「おーっ!!」」」
八橋さんとクリスと、そして俺の歓声がほぼ同時に放たれた。
「これが世界に名高いシャンゼリゼ通り! センパイ、写真撮って良いですか?」
「い、いきなりですわねホタル……。いえまあ、初めてこの光景を見となれば、そうなってしまうのも当然かもしれませんけれども。何せ、これほどまでに壮観な通りは世界広しといえどこのシャンゼリゼ通りだけですもの!」
八橋さんも大分テンション上がってるけど、どう見てもイネスさんの方がハイテンションだ。前々からフランスに皆を招待したいって言ってたし、見せたかった光景をやっと俺たちに見せることが出来て嬉しいんだろう。
「さてっ、じゃあ写真も撮りながら、このシャンゼリゼ通りにある様々な絶品スイーツを食べ歩きだねっ」
「ええ、それが良いですわね、クリス。せっかく来たんですもの、出来ることはなんでもしないと損ですわっ。さあっ、行きましょうっ」
……とまあ、空港の時よりもさらに数段階ハイテンションな女子三人を筆頭に、俺達のシャンゼリゼ通りスイーツ巡りが始まったのであった。
*
「うーん、どのお店も美味しいですっ。……ただその、やっぱり外は寒いですねぇ」
「それは、冬ですから……。といっても、気温は東京のソレと大して変わらないのですけれども」
「まあ、日本でも毎日 “さむいーっ” って騒いでたし。――ま、もうすぐクリスマスなくらいだしね」
今日の日付は12月23日。数年前までは日本では祝日だった日だけど、世界的に見るとクリスマス本番まで後2日という日でもある。当然、このパリも既にクリスマスムードに包まれていて、至るところにクリスマスらしい飾り付けがなされていたり、街路樹にはイルミネーションと思しきものがとりつけられている。まだ午前中だから灯りは付いていないけれど、夜になればきっと美しい光景になるんだろうな。
「そうですわねっ。ふふっ、もうすぐクリスマスなんですものねぇ……。ふふっ……」
「あ、あっくん……。なんかイネスの反応が気持ち悪いんだけど……。どうしたんだろ……?」
「さ、さあ……?」
言葉を濁してはいるけれど、俺にはイネスさんの今の反応の理由がなんとなく分かる。きっと、イネスさんの許嫁であり、恋人でもある例の人と会えるのが楽しみで仕方ないんだろう。
「ま、おおかた恋人さんと会えるのが楽しみ過ぎるのが原因なんじゃないです? ほんと、イネスセンパイも乙女ですよねー。それこそ、クリスセンパイよりずっと」
俺の気づかいも虚しく、あっさりと八橋さんがネタ晴らしをしてしまった。それを聞いた瞬間、イネスさんの顔が真っ赤に染まる。どうやら図星みたいだ。
「そっ、そういう訳では……、ないこともないですけれども。というか、別にいいではありませんかっ。もう4ヶ月近くお会いしてないんですものっ」
「いや、ダメとは言ってないですよ? むしろアタシは、そういうセンパイも可愛くて好きですよ?」
それを聞いてますます顔を赤くするイネスさん。多分だけど、八橋さんとしては普通に本心を言ってるだけなんだろうな。イネスさんと八橋さん、すっごい仲良しだし。少なくともからかっている“だけ”ではないはずだ。まあ、イネスさんもそれは分かっているようで――
「クリスー、ホタルがいじめてきますわっ。助けてくださいなー」
と涙半分、笑い半分といった感じでクリスに助けを求めに行ってしまった。
「あ、あはは……。まあ、ほたるちゃんも別にいじめてる訳じゃないし……。ほたるちゃん的には褒めてるんだし、ね?」
とまあ、終始こんな感じで、日本でのやり取りと大して変わらない、いつも通りのにぎやかな雰囲気で時間は過ぎていったのだった。
*
――夕方。
「さあ、ここがクリスマスマーケットの会場ですわよっ」
「うわぁ……。よくテレビとかでは見てましたけど、リアルで見るとすごい人ですね……」
「ここにあるお店全部が、クリスマスの為の商品を売ってるってことだよね。おお、なんかワクワクしてきたー!」
俺たちはシャンゼリゼ通りから少し離れた所にある広場で開催されている、クリスマスマーケットを訪れていた。最近は日本でも似たような催しを開いている所もあるけれど、やっぱり本場のそれは雰囲気もにぎわいも別格だ。
「ワタクシからすれば、至って普通の光景なんですけれどもね……。楽しんでくださっているようで何よりですわ」
「イネスセンパイの地元も、こういうのやってたんですか?」
「ええ。というか、大抵の町ではこの季節はクリスマスの催しをしていますわ。もちろん、ここまで大きなものは中々ありませんけれども。……さあ、こんな入口でボーっとせずに、なにか暖かいものでも買って一息つきませんか? ここまでずっと歩き詰めでしたし」
即座に皆がそれに賛成する。まあ、色んなお店を回りながらとはいえ、結構な長さのあるシャンゼリゼ通りをじっくり歩いてそれなりに疲れたし、ちょうどいいだろう。
――と、いうわけで買って来たのは……
「おお……、これがホットワインですか……」
「一応言っておきますけど、ちゃんとアルコールは抜けてますから安心しなさいな。――さ、冷える前に飲んでしまいましょう」
皆の手にあるマグカップの中に入っているのは、今八橋さんが説明した通りのホットワインだ。言葉通り、赤ワインを火にかけて温めたもので、アルコールはほとんど残っていない。
「ホットチョコレートにするか迷ったんだけどね。うーん、やっぱりホットチョコレートも買ってこようかな……」
「ワタクシはパスしておきますわ。流石に今日は甘いもの食べすぎましたもの。これ以上糖分を摂取したら、舌が参ってしまいますわ」
「アタシもイネスセンパイと同意見です。どれも美味しかったですけど、流石に今日はもう満足です……」
まあ、あれだけのスイーツを食べたらそういう反応になるのが普通だろう。俺も、しばらく甘いものはいいかな……。まあ、クリスマスにはまたケーキとか食べてるんだろうけど。
「では、これを飲んだらワタクシの別荘に戻りましょうか。間宮さんもナタリアも待っているでしょうし」
今のイネスさんの言葉通り、今この場にいるのは俺たち写真部の4人だけだ。シャンゼリゼ通りを回っていた時は二人のメイドさんもいたのだけれど、途中で別荘の片付けをするとのことで一足先に戻っていってしまったのだ。
「そうだね。じゃ、いっただっきまーすっ!」
クリスが勢いよくホットワインを飲み始める。
――この時は、これが原因であんなことになるとは思っていなかった。
……そう。まさか、あんな大珍……事件が巻き起こってしまうとは――




