パリでの甘い一日①
「つ・き・ま・し・たー!!」
八橋さんの元気なセリフで分かる通り、俺たちはとうとうフランスに到着した。
「んー、よく寝たー。ふわぁ……」
「あらあら。ワタクシとしては、ホタルのような喜び全開な叫びを期待していたんですけれど? いえまあ、クリスらしいと言えばそうかもしれないですが」
「まあ、多分まだちょっと寝ぼけてるんじゃないかな……。その内はじけると思うよ」
クリスの朝の弱さは筋金入りだからなぁ……。ただでさえ普段の睡眠時間より長く寝てる訳だし。
「ま、ワタクシもまだ少し眠いですし、空港のカフェで朝食でも取りましょうか。まだ迎えが来るまで時間もありますしね」
「迎え、ですか?」
「ええ。準備の為にナタリアが一足早くこちらに帰ってきているので、迎えをお願いしているのです」
ナタリアさんというのは、イネスさんと共にフランスから日本に来ているメイドさんのことだ。まだ片手で数えられるくらいの回数しか会ったことないけれど、あのイネスさんが全幅の信頼を寄せる存在なのだから、さぞ素晴らしい働きをするメイドさんなんだろう。
「では、行きましょうか。……クリス? あまりぼやっとしてると置いて行きますわよ?」
「えー、待ってよイネスー」
未だに若干寝ぼけてる様子のクリスを連れて、イネスさんは歩きだした。
「……なんていうか、旅行の目的地に着いた感があんまりないですよね。あの二人を見てると。マイペースっていうか」
「あはは……。まあ、俺たちらしくていいんじゃないかな?」
「まあ、それもそうですねー」
後を付いていきながら、八橋さんとそんな会話をする。
――とまあ、こんなゆるーい雰囲気ではあるけれど。ついに俺達のフランス旅行が始まったのであった。
*
「んーっ、美味しいーっ!」
すっかり目が覚めた様子のクリスがそんな声を上げる。今クリスが口に運んだのはこのカフェの名物らしい、可愛らしい色と形をしたマカロンだ。俺も同じものを食べているけれど、正直滅茶苦茶美味しい。流石はスイーツ大国としても有名な国なだけはある。
「そういえば、今日はどこに行く予定にしてるの?」
思えばイネスさんから旅行の予定をほとんど聞いてなかったので、思い切って聞いてみることにした。
「今日はパリの市街地を一通り巡ろうかと思ってますわ。観光スポットを回るのは明日以降にするつもりですしね」
「あれ、そうなんですか?」
「ええ。なにせどこも普通に行ったらとても混み合いますからね。移動してきたばかりで疲れもあるはずですから、今日はゆっくり過ごすつもりですわ」
ルーブル美術館、モンサンミッシェル、オペラ座……などなど、フランスは世界的にも有名な観光スポットが山ほどある。それなりの期間滞在する予定だし、色んなところを見て回れるといいな。
「楽しみだね、あっくん。ねね、観光スポットってどこに行くつもりなの?」
マカロンを堪能していたクリスがようやく話に混ざってきた。表情が既に緩みきっている所を見るに、どうやら相当お気に召したようだ。……今度俺も作ってみようかな、マカロン。
「ワタクシとしては、まずはルーブル美術館に行くつもりですわ。……色々と特権を使えば並ばずとも入れますし」
「わお。流石はフランス貴族、って所ですかね?」
「ちょっと、あまり大きな声で言わないでくださいな、ホタル。……でもまあ、そんな所ですわ。あまりこういう特権は使いたくないのですが、皆で楽しむ為ですしね」
聞けば、ルーブル美術館は普通に入ろうとすると平気で3時間程度は並ぶことになるとか。この前皆で遊園地に行ったときも思ったけど、並ぶ時間というのは中々に苦痛なものだ。ちょっとずるい気はするけれど、楽できるというのならさせて貰おう。
「他は行くつもりないの?」
「いえ、まさか。色々な場所に行くつもりですから、楽しみにしておいてくださいな。さっ、そろそろナタリアが来る頃ですわ。早く食べてしまいましょう」
話に夢中になってたこともあって、俺たちの前には先ほど頼んだマカロンがまだまだ残っていた。……クリスだけはもう食べきってしまってるけど。
「いやー、空港に併設してるカフェでさえこんなに美味しいんですから、パリの街の有名店のスイーツはもうとんでもなく美味しいんでしょうねぇ……。今から楽しみで仕方ないですよ」
「ええ、それはもう。おすすめのお店もありますから、楽しみにしておいてくださいな」
「イネスおすすめの店かー。私、フォンダンショコラの美味しい店に行ってみたいなー」
「ええ、いいですわよ。……フォンダンショコラでしたら、あのお店が美味しかったですわね……、いえ、あちらも中々……」
女子三人は早くも次のスイーツについての話をしている。……本当、女の子って甘いもの好きだよなぁ。俺も結構甘党なつもりだけど、この三人には敵わない。
と、思っていると――
「ふふっ、私はここに行ってみたいのですが……。イネスさん、どうでしょう?」
「あら、ここは……。ふふっ、流石は間宮さんですわ。このお店はワタクシも贔屓にしているのですよ。もちろん今回の旅行でも行くつもりですわ」
「それは良かった。……ふっ、楽しみですね」
……なんと、間宮さんまでスイーツ談義に入ってしまった。今まで知らなかったけど、どうやら間宮さんも相当なスイーツ好きのようだ。
「――ご歓談中、失礼いたします」
「……あら。早かったわね、ナタリア」
その唐突な声に顔を向けると、ナタリアさんがいつもの無表情で俺たちが座っている席の傍らに立っていた。……そんなに何度も会ったことがある訳じゃないけど、このナタリアさんはいつも顔や仕草から感情を読み取れない。隠してるのか、もともとそういうのが希薄なのかは分からないけど、どうにも不思議な人だ。
「そうでしょうか。むしろ、約束の時間よりも遅くなってしまったと思っていましたが」
「……あら、確かにそうね。ごめんなさいね、ナタリア。少々はしゃいでしまったみたいですわ」
「いえ、別に構いませんよ。――行きましょうか。皆さん、付いてきてください。車までご案内いたします」
やっぱり無表情なナタリアさんに連れられて、俺たちは空港を後にしたのだった。




