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旅行三日前――クリスと晃の場合

「あ、あっくん。どう、準備は終わった?」

「うん。……クリスは?」


 フランスへの旅行の三日前……、訂正ついさっき二日前になった。そんな夜更けに、家の廊下でばったりクリスと遭遇した。……もちろん、普段のクリスならとっくに寝てるような時間だ。しかも俺の姿を見るや否やなにやらホッとしたような表情になるし……、うん、怪しい。


「えっと、その……。――ごめんあっくん、手伝ってっ!」

「あ、終わってなかったのか……。別にそんなに急がなくても、朝になってからゆっくりやってもいいんじゃない?」


 別に手伝うのは全然かまわないけど。確かに旅行はもう直前に迫ってるけど、それでも全く余裕がないって訳じゃないし。


「いや、明日はお客さん来るじゃん。準備してる場合じゃないよ……、ってさっき間宮に言われちゃった」

「あー、そうだったな」


 そういえば明日はこのお屋敷に来客があるのだった。俺はほとんど関わらないから忘れかけてたけど、確かにクリスとも直接会う予定があった気がする。流石に前日に準備する訳にはいかないし、今夜中にやるしかないか。


「じゃあ改めて……、お願いして、いいかな?」

「りょーかい。サクッと終わらせてさっさと寝よう」


 *


「なんか、持ってく物多くない……?」

「女の子は必要な物多いのっ。っていうか、これでも結構削った方なんだけどね」


 クリスから手渡される色々なものを旅行鞄に詰めながら、クリスに率直な疑問をぶつけてみる。俺なんて着替え以外ほぼ何も持っていかないというのに、クリスの鞄には既に様々なものが詰め込まれていた。


「これでなのか……。なんか、女の子って大変なんだな……」

「あはは、別にそんなことはないと思うけどね。男の子には男の子で色々あるだろうし。はいっ、じゃあ次はこれを入れといてくれる?」

「まあ、それはそう……なのかな? ――っと、これね、分かった」


 手伝いといってもやることは簡単で、クリスが持って行くものを部屋から探し出して、それを俺が鞄に入れる。まあ、単純な流れ作業だ。


「ありがとね、あっくん。私ってばものを探すの苦手で手間取っちゃうからさ、手伝ってくれないと絶対時間足りなかったよ」

「どういたしまして。……ま、従者としては頼まれたら断れないですし」

「あははっ、確かに従者の仕事っぽいかもね、こういうの」

「ま、そうでなくても断らないけどね」


 こんな時間にクリスと一緒にいられる為のいい口実だし、という俺の本心は口に出さずにおくことにした。だって恥ずかしいし。


「そ、そっか。……えっと、次、これね」


 ただ、クリスにはどうやら俺の本心まで伝わってしまったようだ。ひょっとして、顔に出てたのかな……?


「お、おう。――って、流石に着替えは自分でいれてよ……」

「え、嫌だった?」

「いや、嫌って訳じゃなくって……。その、なんというか……、察して」


 そんななんでもないもののように下着を手渡して来ないで欲しいなぁ……。クリス自身は全然気にしてないんだろうけど、それを健全な高校男児に渡すことが危険行為だということをどうにか分かって欲しい。うーん、恥じらいが薄いっていうのも考えものだな……。


「……ああ、なるほどね。へー、別に着てる姿じゃなくてもアレなんだね」

「クリスが思ってる以上に、男ってのは想像力豊かなんだよ。……だからその、そういうのは安易に見せない方がいい」

「大丈夫、あっくん以外の男になんて見せないから。でもまあ、そういうことならここからは私一人でやろうかな。もうあとは服だけだし」


 うーん、俺に安易に見せない方がいい、っていう意味だったんだけどな……。まあ、とりあえずは分かってもらえたようでよかった。


「そういえば、間宮もフランスに来ることになったんだって。聞いた?」

「えっ、そうなの?」


 今日の仕事終わりのタイミングではそんなこと言ってなかったと思うけど……。それどころか、「フランス旅行楽しんできてくださいね」みたいなこと言ってた気がする。


「うんっ。お母さんの発案なんだって。“いつも働いてばっかりだからご褒美あげなきゃね”って言ってたよ」

「ああ、奥様の発案なんだ。ははっ、奥様らしい理由だね」


 それで間宮さんはまだ知らなかったわけだ。間宮さん本人に聞いてから決めないあたりが実に奥様らしい。


「でしょ? でもこれで、フランス旅行がもっと楽しくなるねっ」

「そうだね。あれでも、旅行の間の家事はどうするんだろう……」

「ああ、それならお母さんがやるって言ってたよ? ははっ、真っ先に家事の心配をするなんて、あっくんてば仕事脳なんだー」

「まあ、否定はできないかな……」


 なにせ上司が究極の仕事人間なので。どうしても仕事のことをすぐに考えるようになってしまうのだ。


「じゃ、そろそろ俺は部屋に戻ろうかな。クリスも早く準備終わらせて寝ないとだろうし」

「うん。ありがとね、あっくん。おやすみー」

「おう、おやすみ」


 部屋を出た俺は、大きなため息を吐かずにはいられなかった。


 ……クリスのあの行動のせいで、まったく眠くなくなってしまった。


「まったく、クリスももうちょっと恥じらいを覚えて欲しいよ……」


 そんな俺の愚痴は、当のクリス本人に届くことのないまま冷たい空気に消えていくのであった――

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