存在と時間(2)・第九話
・魔境のエネルギー事情
地質時代が地球と比べて短く、「地球」を天然の生物の惑星とすると、「魔境」は人工、いや神工の惑星である。そのため、古代の動植物の遺骸から生成される化石燃料が極端に乏しく、特に石油が圧倒的に不足している。これによって、科学が地球に遅れをとっており、都市部と農村部、それぞれの分野においてもテクノロジー格差が生じている。
石油が希少であるために、交通手段に自動車や航空機等を選べず、道路のアスファルト舗装もできない。自然エネルギーと魔力によって、都市部では近未来的に発達を遂げているが、両者とも供給においては不安定なため、汎用性には乏しい。
何より、暗黒世界との戦争によって、軍事にエネルギーや資源が優先されるため、都市部の住民でも科学の恩恵には与っていない。
そのため、プラスチック製のものはとても希少で価値が高い。
地に足を着けた瞬間、その姿が消える。正確には、《speed up》によって目に捉えられない速度で移動したのだ。目視で確認した時には、翔祐の前にその姿はあった。
「うわっ!!」
それに驚いた翔祐は、意図せず声を発して後退するが、その瞳はしっかりとASの動きを捉えていた。
しかし、長刀が翔祐の左下、死角から大気を裂いて襲い掛かる。
若干気付いていた翔祐は、隕鉄刀を縦にしてそれを受け止める。無防備になった右腹に、ASの左手が拳を作って入り込む。
「がはっ」
殴られた衝撃によって、翔祐は低く放物線を描きながら地面に落下する。
その様子を見ていた希望は《摩擦操作》によって《speed up》を無力化しようとするが、発動させるよりも早くASは動き出していた。
「動きが、捉えられない!」
俊敏に動くASは、座標が一定の位置に居続けず、さらに範囲も広いために希望の魔法は意味を成していなかった。
『希望!! サポートは諦めて攻撃魔法を使ってくれ』
『わかった』
意味がないと悟った林佑聖は、《list up》を使って希望に指示を出した。
この七人は、パンデミックの一件から、連絡手段として《list up》を優先的に学び、修得していた。これによって、戦闘中でも相手に知られることなく、連携を取ることを可能にしていた。
希望の魔法を警戒し、四人を翻弄しながら大きく動き回っていたASは、希望の魔法を一瞥すると、急に動きを止めた。それに一瞬戸惑った五人であったが、遠距離での攻撃手段を持つ佑聖と希望、捷はそれを好機と踏んで一斉に放つ。
しかし、
「《縮地》」
魔法と銃弾がさっきまでASのいた位置で衝突する。たが、そこには当然ASの姿はなかった。いち早くASを発見したのは希望だった。
それもそうだろう、ASは彼女の前に移動したのだから。
「《電撃》」
「っ・・・・・・」
ASの右腕は赤紫色の電気を纏い、回転を加えながら希望の腹に直撃した。《電撃》によって心臓が麻痺するのと同時に、その身体は翔祐の時と同様に吹っ飛んでいった。
本当ならば、この攻撃で常人は希望や他の六人も含めて死ぬのだが、聖魔法の結界により、彼女が死ぬことはなかった。その代わり、迷宮の入り口に転送させられる仕様だ。
「まずは一人。さあ、次は誰だ?」
ASは姿勢をゆっくりとした動作で自然体にすると、四人に問いかけた。一瞬の出来事に彼等は唖然としていたが、すぐさま攻撃に転じた。
「《電閃》」
翔祐は聖句を唱え、振り向いたASの視界を奪う。それに乗じて佑聖と捷が銃弾を撃ち込む。
ちなみに、二人の銃はイオパニックにおける活躍から与えられたものであり、拳銃に魔術を組み込んだ準神格武器(英霊は宿っていない)級の性能である。
佑聖は、金属製の回転式、捷は魔境では希少なプラスチック製の自動式となっており、両者音声認識の魔術回路が組み込まれている。
「パイソン。《bind》」
シャ~、という不気味な音と共に銃弾が放たれ、それは視覚を一時失っていたASを完全に捉えていた。
・マグナムパイソンー金
所有者・林佑聖
回転式の拳銃であり、音声認識の魔術回路が組み込まれている。その性能は準神格武器級で、英霊は宿っていない。
「パイソン」の名の通り、ニシキヘビをモデルに魔術が組まれ、《bind》や《molting》等の能力がある。銃弾は、佑聖の得意な「変化魔法」によって、金属さえあれば無限に生産可能で、さらに魔術回路によって、その銃弾に「付与」も可能。
・bind
銃弾が被弾すると縄のような形に変形し、相手を縛りつける。
・molting
脱皮。リミッター解除によって、冷却を考えずに性能を極限まで解放する。その詳細はまだ不明である。