甘えさせてよ、お兄ちゃん。
3月29日。
午後4時。
「お兄ちゃん、おはよー」
琴が今、やっと起きた。
昨日は帰ってからも、ウィーでカラオケして遊びまくったから疲れたのだろう。ん?
「琴、動くなよ」
「へぇ? ぅ、うん」
俺は指を琴の眼球の端に軽く入れ、出した。よし、取れた。
「んなにー?」
「目やに」
「あーなる」
琴は目をこすった。少しかがんだダルそうなそいつの黒炭髪は、寝癖でボッサボサになっていた。
「寝癖なおしてきな」
「ほいほい」
琴が洗面所に行った。
今日は久しぶりに、二人だけだ。
琴は俺と二人だけのとき、別人のようになる。
だらしなさ、わがままさ、甘えさが強くなる。
いつもは恥ずかしいからなのか、昨日のように特定なときしか抱きつかないが、常にベタベタしてくるようになる。最近は特にだ。
「はあー。お兄ちゃーん♪」
洗面所から戻ってきた琴は溜め息みたいなのを漏らしながら、座っている俺の頭を抱きしめながら、おでこを撫でてきた。
「お兄ちゃんはなんで、ボサボサにならんのよー? もうちょい、だらしなくなろうよ」
「俺だって、充分だらしないと思うけどね」
皮を剥いたポンカン1ふさを琴が見つめていたから、それを琴の口の中に入れながら言った。ポンカンと一緒に、指も食べられる。
「これ以上ダレたら、お前を養えないだろ?」
「……んふふ」
俺の指を含んだまま、琴は顔を紅潮して笑う。指の先に生暖かい舌が撫でるように触れてくる。
指を包む唇は顔を洗った際の、湿りがまだ残っており、ちゅぷっと音がたつ。
琴が俺の太ももに頬を付けた。納得したなら、そろそろパジャマを着替えてこい。天然で誘惑されても困る。
「そろそろパジャマに着替えてこい」
「いいじゃんよー。いーいーじゃーん♪」
太ももの上でコロコロ頭転がる琴。
胸の辺りがぞわぞわする。
ああ、むちゃくちゃにしたい。
それを理性で斬る。
「ちょ、あんま顔押しつけんな。くすぐったいわ」
「いっひっひ」
怪しい笑い方をしながら目を細める琴。
「ぁはあ。いやあ、お兄ちゃんの男くせえ匂い、めちゃくちゃ好きなので。ああ、もお……」
「あほ」
デコピン。ばちん。
「いたっ。デコピンの名手か」
「そんなに強いか?」
「めっさ強い」
そう言うと、琴は起き上がり、膝立ちをして俺と目線を一緒(身長伸びたなぁ)……いや、少し高いに配置して、デコピンをし始めた。ぱちん。
「ほらあ、音、ぜんぜん違うもん」
「ああー。まあ、うん」
ぱちん。ぱちっ、ぱちっ、ぱちっ、ぱちっ、ぱちっ。
「ぅおい。さすがに痛いよ」
「さいですか」
「さいですわ」
琴の前髪をめくる。真っ白なおでこ(いや、少し赤いか)……いや、少し赤らんだおでこが見えた。
「ほらな。お前のおでこより赤いじゃん」
ケータイを鏡にして見比べた。そのなかでも俺は琴を見ていた。
「あー、マジだね。お兄ちゃん赤くて可愛くなったよ。良かったね」
「ああ、そうだな。ありがとう琴……」
俺はデコピンをした。ばちん。
「ふおお、強し!」
おでこを防いで、うなっていた。
午後7時半。
「ああ、もおこんな時間か」
DSテトリスに、熱中し過ぎてたな。
「琴。俺、メシ作ってこなくちゃ」
そう言って、DSの電源を切った。パタン。
「えー。もっとしよ?」
琴は、立ち上がろうとする俺の胴体を、両手で抱きしめながら、俺の腰に自分の両足をスルリとまわし、お尻を股の真ん中に置いて、座り込んだ。
頬にかかる息が生暖かい。女満別。
(前から思ってたけどコイツ、子コアラみたいだな)
ちなみに。琴のソレは意味を成さず、俺は普通に立ち上がった。
「あー。ちくしょー」
「お前は軽すぎるの」
「うー……」
俺の肩を枕にする。
「お前さ、少しは俺離れしろよ」
「……やだ」
俺の首もとから「ちゅく」っという音がした。
びっくりして、琴を見ると、至近距離すぎて更にびっくりした。当たり前なのに、びっくりした。琴の目が潤んでいて更に更にびっくりした。
「……やだぁ」
馬鹿ヤローか、コイツ。
お前は、妹なんだよ。
そういう感情は止めろ。
コイツは、妹なんだよ。
そういう感情は止めろ。
「大げさな奴だな、お前。メシ食ってからでも良いだろ。ゲームなんざ、いくらでも」
「ゲームのこと、じゃないよ……」
「は?」
「お兄ちゃんから離れたくないの……」
ああ、そうだな。そうだね。そうだよ。
「俺からは、離れないから」
きょとーんby琴。
「本当に?」
俺は、琴の涙を唇で吸った。琴は少しびくついていた。火を見て臆する犬の様。
コアラのお尻に腕のイスを置き、コアラのあごを持ち上げて、俺はその目を見て「ああ」と言った。
そして俺は、冷凍庫を開けて氷を持てるだけ持った。
そして、琴の背中にうっかり氷をこぼしてしまった。うっかり一つも残さず。
「あっ、あっ! お兄、ちゃん!」
じたばた。
俺は二本足で立ち上がるコアラに、言った。
「リビングで、テレビ見てなさい。すぐ出来るから」
「もお……。濡らさないでよ。冷たいよ」
後ろから見ても膨れっ面な琴の背中は、真夏のように。
チャーハンでも作ろう。今は、簡単なものしか作れそうにない。




