勇者の呪縛
「勇・・目・める・・す」
誰かの声がした。聞き覚えはあるが思い出せない。
「勇者よ、目覚めるのです」
言われた通りに瞼を開けると、そこは真っ白な何もない空間だった。
「勇者よ、よくやりました。貴方のおかげで魔王バラスは倒され世界は均衡を取り戻しました」
「ああ、この場所か・・・。俺はどうなったんだ?」
「貴方は魔王との激闘の末に見事彼を打ち滅ぼしたのです」
「そうか、じゃぁなんで俺はここにいる?」
記憶がごちゃ混ぜとなり軽い記憶喪失のような状態で自身の状態を確かめる。
上手く体勢を掴めないことに眩暈を感じながらも裸の状態で存在している自分の体をみて眉をしかめた。
男女の声が混ざっているようにも聞こえ、部屋の中で反響しているようにとても聞き取りにくい。
「実は貴方にもう1つお願いがあってここに呼び出させていただきました」
「お願い?なんだそれは、俺は死んだんだろう?これ以上何をさせようって・・」
「・・・私の寿命がもうすぐ尽きます。私の後継者である神がこの世界を管理するため遣わされますが、それまで少しの空白が生まれてしまうのです。そこでその間、魔王を打ち滅ぼした貴方に一時的にこの世界の守護者となって頂きたいのです」
「・・・一応聞くが、その空白の期間てのはどれくらいだ?」
意味のわからない願いだったが興味が湧き質問した。
少しの沈黙を挟み神は答えた。
「神である私達にすればすぐですが、貴方のような人間にはとても長い時間です」
「・・・・何年だ、何十年か?」
曖昧だ、人間には長い時間?具体的な返答がない、それを言ってしまうと俺が同意しないと考えているようだ。
「千年です、私達神が世代交代に掛かる年月は」
「ああ、そりゃあ無理だな」
「・・・・お願いします。貴方しか頼れる者が居ないのです」
気の遠くなるような年月を聞き考えることもなく拒否したが、声の主は懇願するように声を震わせた。
第一俺しかいないというのが気に食わない。
勇者勇者と言うが俺以外にも勇者いるだろう、生きているあいつらに頼めばじゃないのか?
「勇者と呼ばれる者は私が呼んだ貴方だけです、彼らは貴方の従者として召喚されたに過ぎません」
「・・・嘘を吐くな」
「貴方が地上でどのような扱いを受けていたか、私は知っています。ごめんなさい」
この世界に呼ばれてからの記憶では勇者としてまともな思いはしなかった。
今更謝られたって知らない。
どうせ俺はもう地獄行きなのだから。
「話は分かったが俺にはもう生きる意味がない、このまま死なせてくれ」
「いいえ、貴方個人の意見を尊重することは出来ません」
「・・・・初めて会った時から思っていたが、人にものを頼むのに顔も見せないってのはどうゆう了見だ!神だか何だか知らないが、元はと言えばお前の勝手で俺は殺されたんだぞ!」
黙り込む声の主、もう使命は果たした、。
これ以上何かを任されるなんて出来るとは思えない。
俺が生き返ってもロクなことにはならない。
ふと生暖かい風が吹き体に纏わりつくような感覚を覚え、両手が見える高さまで持ち上げると白い羽衣の切れ端が腕・頭などに垂れ下がっており背後に何かの気配を感じて身を強張らせた。
「そんなに緊張しなくてもいいですよ。確かに私は貴方に過酷な使命を与えてしまいました。でもそれはこの世界に必要なことだったのです。ですからもう一度だけ私に力を貸してください」
「無理だ、俺はお前が思っているようないい奴じゃない。俺は俺は・・」
「安心してください、そんなに難しいことではありませんし貴方に”人間を束ねよ”などとは言いません」
「・・・・・・」
「ただ今回のように、1つの勢力が世界の均衡を崩すというような事態を防いでくれさえすればいいのです。全ての生き物が互いに調和を守って暮らすことが私の願いです」
「・・・・・・・」
「そのために最低限必要なものを貴方に授けます。不老の力・千年の寿命・強靭な肉体・これまで以上の戦闘力・亜空間アイテムボックス。これらを生き返った貴方に与えます」
「・・・・・・・・・・・」
「これで最後です、私の代わりにこの世界を守っては戴けませんか?」
水中を漂っているような空間で誰かに抱かれているような感覚に陥る。
ここには俺以外の生物はいない、だったらこれは誰なのか?考えなくても分かることだが。
女性の声が耳元に囁かれ危うく理性を失いそうになるが、瞑想することで意志を保つことに集中しこの声に飲み込まれまいとした。
世界を守るなんて簡単なことじゃない、幾ら能力が高くても。
「お願いします、もうあまり時間がありません」
「悪いが無・・・・お・・お前は・・・!?」
声の主が目の前に移ったのを感じ閉じていた目を開き白い羽衣が揺れているのが見える、それを辿って顔の下にたどり着き気持ちを落ち着かせると真っすぐ相手を見据え断りを入れようとしたが、その言葉は途中で切れた。
「初めまして勇者様・・・いいえ、俵 侑汰さん」
「また懐かしい名前を・・お前はエイリス・・?」
「あの子は私の子供のような存在、よく似ていますでしょう?」
久しぶりにまともなイントネーションで名前を呼ばれた。
ロルッオの街で出会った天使によく似たガラス細工のような顔がそこにはあった。
そしてそいつに腕を掴まれた状態で、抱きかかえられるように柔らかい感触と温かみを感じた。
「貴方が守ったこの世界を他の誰かに壊されてしまってもよろしいのですか?」
「知らない」
「私は出来ることならば貴方に世界を預けてみたいのです」
「・・・・・・・・・・」
「私が信用できないことも理解しています。だから、どうか、もう一度地上に降りてくださりませんか?」
意味が分からない。
俺でなければならない理由が見当たらない。
だが、こいつを目の前にした状態ではまともに思考が働かない。
「考えるのも面倒だ・・・・・・・・・もう好きにしてくれ、だが後悔することになるぞ」
「ありがとうございます」
諦めた。
結局押しに弱いんだな俺は、ああ死んでもこの性格は治らなかったか。
両手を上げて降参のジェスチャーをすると神は鼻が触れ合いそうになる距離まで近づき感謝の言葉を口にした。
そして体から離れまた見下ろすように舞い上がると、人差し指から金色の光を漂わせ美しい微笑みを浮かべ
「・・・・再び貴方を地上へと転送します」
「・・ああ」
「さよなら。そして心から祈っています、これからの人生貴方に幸多からんことを」
この世界に来て初めて何の悪意もない慈愛に満ちた微笑を向けられたような気がして、少しだけ心が軽くなった。
金色のベールが卵のように俺を包み込みその空間から転送された。
「・・・・・・さようなら、勇気ある者よ。私にはこれっぽっちのことしか出来ないのです、魔王は貴方の魂の一部に・・・」
続きを紡げぬまま彼女も役割を終えた。
未来ある一人の若者に世界を託して。
前編はこれで完結しました、暫くは完結扱いにします。
最後まで読んでくださってありがとうございます。
一応謝罪します。
不愉快になるであろう描写を多く取り入れてしまい、すみません。
自己満足作品ってことで許してください。
中編はある程度書けたら再開しますが、何年掛かるかは分かりませんので時間のある人だけどうぞ。