最終決戦
前編最後の戦闘です。
この物語を描き始めた時点で、一番書きたかったシーンかもしれません。
屑勇者が先行していないことを確かめ元凶に向かって階上していくと、幾つもの灯りに照らされた大扉を目視しそれに近づき力一杯に開け放つとそこは幅の広く長い階段があり、左右の壁に灯りが一定の間隔で設置され足元を照らしていた。
それを一段一段踏みしめるように上がり始めると徐々に重しとなっていた恐怖心が軽くなり、代わりに積もり積もっていた憎悪や怒りが感情を支配し、怖いという感情が薄れていくにつれ駆け上がるスピードも増していった。
長い長い階段の中腹辺りで僅かに光が漏れていた前の扉が開かれ奇形の魔物が雪崩落ちるように迫り来る、幅一杯に押し込まれた魔物たちと天井の空間はほんの少しだけ、すり抜けることは不可能。
止まるわけにも下がるわけにもいかない”突破する”しかない、一旦足を止め転がり落ちないように踏ん張りを利かせ怒りを爆発させると喝を入れるため大声で叫んだ
「界王拳モドキ・・4倍だぁ!消えて無くなれぇ!!」
限界近い気を体に纏わせそれを左手に集中させると気功波として奇形の魔物へ撃ち出す、先頭の魔物に直撃させ消滅させていくが、それでも骸を盾にして下ってくる魔物が何体も居り全てを倒し終わる前に自分が圧し潰されると察し悲鳴を上げる体を黙らせ、強化を一段階上げるともう数メートルまで迫った魔物を大きく腕?を振り上げ俺を叩き潰そうとしたのだろうが、威力の上がった気功波をまともに喰らった残りの魔物も低い断末魔を上げ塵も残さず消え去った。
「・・・・・ちきしょう、はぁぁぁっ!」
負荷に耐えきれず曲がった腕の痛みに耐えながら気を消費しダメージを軽減させる。
あと半分、あと半分で目的を果たすことができる、これ以上余計な力を使わないようゆっくり残りの段を上っていく。
段を上がりきると広い空間に出た。
天井は見えないくらいに高く、見たことない国旗が朽ちたまま両側の壁に飾られており床には赤い絨毯が奥へ何十メートルも敷かれ、その先に人が座るにしては大きすぎる玉座が見えそこに座る巨人の姿を確認すると発せられる邪気がこれまで倒してきた魔族とは比にならないことを感じ取り魔王だと確信する。
暗くてはっきりとは見えないが確実に自分の背丈よりも高く、それは低いうなり声をあげ突然の訪問者を歓迎しているようだった。
”魔王バラス”あの白い空間で聞かされた魔王の名だ。
俺はこいつに、この世界の幸せをすべて奪われた・・・絶対に・・・
「バラスァ!!俺は・・俺は貴様が許せねぇ!!」
意図して4倍状態となり、気を右手に集め圧縮させると先制攻撃を仕掛けようと気弾を投げ飛ばそうとした瞬間、魔王がほんの少しだけ手を動かし何か光ったかと思うと強い衝撃と共に後ろの壁にめり込んでいた。
何が起こったのか理解できなかった、ただ今感じる激痛だけが攻撃されたのだという事実を知らしめていた。
なんとか身動ぎ壁からは抜け出せたが、うまく受け身が出来ずそのまま落ちて床に体を打ち付けてしまう。
「・・クソったれが・・・・!?」
悪態吐き起き上がろうとするも思いのほかダメージを負ったようで中々立ち上がれずにいたところに、階段を駆け上がってくる足音が聞こえた、今このタイミングで現れる奴なんて決まってる。
無様な姿を晒したまま顔だけを動かし丁度姿を現した集団を睨みつけるが、屑彼等彼女等の視線は俺に向くことはなかった。
「ユウマさま!あれが最強最悪の魔王、バラスです!」
「何と強大で禍々しい魔力なのでしょう!ですが、貴方はもう終わりです。大人しく我らの勇者様に成敗されなさい!」
「くっ・・あれが魔王・・」
「本当に、あんな化け物が存在するなんて・・俺達だけで勝てるんだろうか?」
「何を寝ぼけたことを言ってるのかしら?魔王を倒すのは貴方達じゃなく、勇者であるユウマ様とリュウヤ様とアルキメス国第一王女兼魔導士団筆頭のこのわたくしさえいれば他は有象無象に過ぎませんわ」
「・・・勇者様!?」
後からやってきた屑勇者一行の面々は魔王の強大な威圧を受け恐れおののいてはいるが、彼等彼女等の希望は固く口を閉ざしていた。一瞬さっき助けた女と視線が合った気がするが見間違いだろう。
「貴様が魔王か、なるほど見かけだけは厳ついようだが、だがそれも俺達の強さの前には何の意味持たない!」
「大人しく勇者である僕達に倒されろ!魔王は勇者には勝てない!お前は僕に倒されるべきなんだ!!」
「流石ユウマ様!この戦いに勝った暁には私達と結婚してくださるのですね!?」
「貴方はリュウヤ様とお付き合いしているのではなかったのですか!」
「大丈夫、みんは僕達の恋人だ、だからみんな僕のお嫁さんだよ?」
「我を前にしてよくそのような戯言を吐けるものだ、矮小な人間よ」
屑勇者の行いを知ってか知らずか取り巻きの女は屑にべったりくっ付きキスまで求める有様で、その光景を見た俺の心を代弁したかのような言葉が投げかけられた。
「ようこそ、我が城へ・・・強き者は歓迎しよう、だが弱き者はこの場に立つ資格すらない」
「わたくし達にそのような弱者は同行しておりませんの、そちらの転がっている出来損ないとは違いますのよ?」
「く・・屑共が・・」
「負け犬に用はありませんわ、どうやってあの山々を超えれたのか気掛りではありますが、所詮は出来損ない無様な姿ではありませんか?」
一人の女が俺を見下すように冷徹な笑みを浮かべすぐ視線を魔王に移した、第一王女・・あの屑王の娘となるのか、道理で見てるだけでムカムカするわけだ・・ここに魔王が居なければズタズタに引き裂いてやりたくなる。
「そういう訳でさっさと倒されろ魔王!お前も僕の踏み台に過ぎないんだ!!」
「・・・我の強さも見極められぬ弱き者には用はない」
「抜かせ!一気に攻め込むぞ、反撃の機会も与えずに勝負をつける!」
「やめろ!お前たちでは勝負にならない!」
屑共が聖剣を抜くとほかの者も武器を構え臨戦態勢を取ると屑勇者2人が先陣を切る、護衛の戦士取り巻きの女達も後に続きある程度接近するも、再び魔王の手が空を斬ると一瞬で俺と反対側の壁や柱に叩きつけられ女達は床を滑るように転がっていった。
護衛が戦闘不能に陥り、強く体を打ったせいで取り巻きや片方の屑勇者も痛みでのたうち回っている中、顔を真っ赤にして痛みを堪えているもう一人の屑勇者が立ち上がり
「よくも僕の女を傷つけたな!!お前は許さない殺す!!僕が殺す!!」
かなりのダメージを負ってはいる様だがそれでも駆け出しもう一度攻撃を仕掛けようと試みるが、さっきと同じように弾き飛ばされ今度は金属扉に衝突し動かなくなった。
たった2度の攻撃で屑勇者は気絶し勇者一行は全滅の危機に陥いるが、一度目の攻撃を受け伏していた第一王女と十字架を下げた女性が起き上がる。
「・・どうした、我を倒すのではないのか?」
「ヒッィ!・・貴方なんか、わたくし、の魔法で、焼き尽くし、て差し上げますわ!」
「ほう・・・炎か、それは少し楽しみだ」
「笑っていられるのもこれまでですわ!わたくしの最強魔法グランドファイアアロー!!」
虚勢を張った王女は玉座から立ち上がり近づいてくる魔王に照準を合わせるのが精一杯で必死に呪文を紡ぎ、魔法が完成すると勝ち誇った笑みを浮かべ巨大な火の矢を魔王に直撃させた。
「ざまぁみなさい、はぁはぁ・・わたくしの魔法は王国一です、わ」
「・・・・この程度の魔法が最も強いだと?・・全く期待外れもいいところだ」
火柱が立ち上がる中息を整え丸焦げになっているであろう敵の姿を心待ちにするが、聞こえてきたのは魔王の落胆するため息であった。
火柱が膨張し赤い炎が弾けると中から黒い炎を纏った魔王が姿を現した。
「い、いや・・わたくしの私の魔法が・・・」
「人間の姫など我にとっては無価値、死ぬがよい」
「わたくしは誇り高きアルキメスの王女、こんなところで死ぬわけにはいきません!貴方が死になさい!」
「え・・・・・・・・?」
無傷なまま姿を現した魔王に軽いパニックを起こした王女だが魔王の言葉で我に返ると、立ち尽くしていた司祭の女性を身代わりに投げ飛ばしその足で階段に向かい逃走した。
これまで共に旅してきた仲間に突き飛ばされ、呆気に取られていた女性を眺め魔王は指先に集めていた黒炎を霧散させると
「弱き者には興味はない、だが貴様らの勇者という存在は少々目障りだ」
「・・・・勇者様は殺させません」
「ほう・・かような小さき者に何が出来るというのだ?」
「やっと、やっと巡り合えた。勇者様をお守りするためならば、この命も惜しくありません!」
「・・・・・そこの腑抜け共とは違うようだが、所詮は人間の娘、我をどうこう出来る力は持ち合わせておらぬ、死ぬがよい!」
気絶した屑勇者2人に手を伸ばす魔王、封印石の少女はボロボロの体で立ち上がり強い眼光で背丈が倍以上ある相手を睨み魔王を感心させるが、少女が歯向かったことにより少しの怒りを感じ屑勇者に向けていた黒炎を少女に標的を移し解き放った。
少女の持っていた封印石が白く輝きドーム状の結界が出現し黒炎から2人を守り切った。
そして封印石が輝きその光が俺の体を照らすと体の痛みや痺れが収まるが、力を出し切った石は縦半分に亀裂が入った。
「あ、あ、お母様の封印石が・・・」
「僅かとはいえ我の黒炎を防ぐとは、人間にしてはやるではないか?だが、2度目は無いようだな」
再び輝きを失った封印石を大切に抱え覚悟を決めた少女は次いで来る痛みを恐れずに受け入れようと目を瞑った・・・
今動かなきゃアイツは死んじまう、もう見たくないんだ。
脳裏に浮かんだ仲間の死体、守れなかった市民の死体、俺に笑いかけてくれた数少ない生存者達、大切なものを失っても必死に生きようと前を向いて歩みだそうとしている人々、俺が・・・この俺が世界を救って見せる!これ以上失うものなど何もない
「・・・クソ野郎が!」
瞬間的に力を高め己を奮い立たせ少女を庇うように立ちはだかるが、背中が焼けるような痛みと衝撃を受け胃液を吐き片膝を着く、それを強固なる決意とプライドによって持ち堪えた。
「勇者様!」
「逃げろ・・あの屑共を連れて逃げろ、俺が時間を稼ぐ」
「でも、そのお怪我では・・」
「今のお前等では、まともに戦うことすら不可能だ、だから強くなれ・・・未来をお前に託す」
「嫌です!勇者様も一緒に逃げましょう!」
「俺は・・勇者じゃない、ただの復讐者だ。・・・勝負しろバラス!」
涙を浮かべる少女を引きはがし魔王を正面に捉えるとボソボソと小声で話し、再び4倍のモドキを使い全身に気を循環し筋肉を膨張させ、少しだけ振り向いて少女の言葉を訂正すると魔王に向かい戦いを挑んだ。
瞬く間にバラスの前方まで接近し渾身の拳を何打も腹部に叩き込むが、鋼鉄を殴っているようでダメージが入っている様子がなく飛び上がって顔面に回し蹴りを叩き込もうとすると片腕で遮られ、逆に一発のパンチが横腹にめり込み吹っ飛ばされ壁に叩きつけられるが、回復することなく再び接近し攻撃を叩き込むと両手を掴まれ押し込まれる。
「うぐぐぐ、ご・・ご・・5倍だ!!」
メリメリと体が軋んだ音を立てる中、現時点で耐えられる最大強化に達しそれと同時に足蹴りを顎めがけ打ち上げると回避されると掴まれた手を解き、体から力が抜けないよう気を放出し続け呼吸を整えると再び攻撃に転じる。
さっきとは違い俺の攻撃をバラスは防ぎ避けるようになっていた。
一方的な戦いとはならなかったもののまだバラスの方がパワーもスピードも防御力も耐久力も勝っており、少なからずダメージを負わせているとは言えこちらの体力が底を尽きるまでの時間である。
形振り構わず防御も捨て隙を突き懐に入ったものの、それが罠で胴に膝がめり込むと体がくの字に折れ曲がり扉の近くまで吹っ飛ばされて、いまだその場に立ち尽くしていた少女がいるのが目に入った
「何をしている!早く逃げるんだ!」
「・・でも・・・!」
後ろを向いて叫ぶと魔王の方から膨大な魔力の高まりを感じ先ほど受けた黒炎の比ではない火炎球が生み出され、3人を焼き尽くさんと向かってるそれを気功波で受け止めじりじりと押し返され力尽きる寸前、黒炎が爆発し床石が衝撃で粉砕され弾丸のようにはじけ飛んだ。
「勇者様!ご無事ですか!?」
「邪魔だ、」
「え」
「お前達は邪魔にしかならん!さっさと屑共を連れて出ていけ!」
怒声を上げ辛うじて命拾いした2人を罵倒するとバラスの挙動を警戒し全身に力を巡らせ、すぐにでも気功波を放てる状態を保つ。
バラスはその様子を伺いながら腕を組み攻撃を仕掛けてくるような気配はないが、警戒するに越したことはない。
女2人が息のある仲間を連れ扉から出ていくのを眺めていた魔王が口を開く
「続きを始めよう」
「随分大人しかったな、あいつらを逃がしていいのか?仮にも勇者だぞ」
「我は長年待ち焦がれていた、我と対等に戦える強き者を。この場に水を差す弱き者は不要」
どうやら魔王は強い者との戦いしか頭にないようだ、ふざけやがって・・
ぶつかり合う拳と拳、脚と脚、一撃一撃が重く深く突き刺さり鉛のように体が重く感じる。
「中々の強さではないか、我に血を流させるとは」
「はぁ・・はぁ・・はぁ、口が少し切れただけだろうが・・はぁ・・」
「大いに誇るがいい。我が軍ですらこの身に傷を負わせられるだけに強者はおらぬ」
何を誇れだ、そんなもの相手を見下しているだけに過ぎん。
確かに表面的な傷は魔王にもある、が、俺の方はもう体が言うことを利かない。
万全の状態でこの地にたどり着いたにもかかわらずまだ及ばない。
そんなやるせない感情が沸々と込みあがってくる。
もう少しなんだ、もう少し・・・
「楽しい時間はあっという間だ、我が直々にあの世に送ってやろう。光栄に思うがよい」
「あと少し・・・・体がぶっ壊れようが何だろうが、あと少しなんだ!!!」
5倍の強化でも及ばないのであればその上を無理やりにでも引き出すしかない。
「あああああああわぁ!六倍モドキだ!!」
「ぬ!何!?」
5倍の比にならない量の気が放出され竜巻のように俺を包み込むと目一杯深く踏み込み魔王の懐に飛び込む、隙だらけだと言わんばかりに腕が横薙ぎに払われたがそれを飛び上がって避け急降下すると組んだ拳で頭を思いっきり殴り飛ばし、体勢を崩したその隙を見逃さず最小限の回避行動で鳩尾に頭突きを叩き込んだ。
そこから距離を離そうとする魔王に食いつき縦横無尽に飛び回って着実にダメージを蓄積させていく。
「これで終わりだバラス!!全力最大の・・・気功、波ぁ!!!」
「うぬ・・黒炎竜よ、我を守護せよ!」
特大サイズの気功波が両手から放たれ、投げ出されたことで玉座に衝突破壊し片膝ついた魔王は竜を模した黒炎を出現させ2つの技が激突した。
黒竜は大きな口を開け気功波を喰らい切ろうとしたが、次第にその胴が膨らみ抑えきれなかったエネルギーもろとも魔王を襲った。
手ごたえはあった、致命的なダメージを与えているかは別としても深手は負わせたはずだ。
そう感じ気が底を尽きて強化が解除され両膝を折り舞い上がった粉塵の向こうにいる敵を片眼で注視する。
「フハァハッハハ!!久しい、痛み!幾年ぶりの感覚・・痛みだ!」
「・・・冗談だろ、あれを喰らって」
歓喜の笑い声が粉塵が晴れてくると聞こえ、黒いオーラを全身に滾らせた魔王は天井を見上げたまま喜びに打ち震えていた。
唖然と仁王立ちするバラスを観察するに少なからず今の攻撃と爆発によって十分な傷を与えてはいた、だがそれでは不十分な結果だった。
「其方は強い。この世で・・我の次に、いや現時点では我よりも強いかもしれぬ」
「・・含みのある言い方、だな」
「我は歴代最強の魔王、それでいてこの力をコントロールするには骨が折れるのだ」
「ま・・まさか・・・」
「我と同格の其方には、特別に真の姿を御覧に入れようではないか」
ラスボスの第二形態。ゲームではよくある話だが、こんな状況でそんなものになられたらひとたまりもない。
バラスを覆っているオーラが深みを増し更に凶悪なものと変化すると、そのオーラが体内に取り込まれ四肢が肥大化・赤黒く変色し、胴に纏っていた皮の鎧を弾け飛ばし巨大化すると、残った頭では2本の角が大きく伸びあがり鬼のような形相へと変身した。
「この姿になったのは100年振りか、やはりこちらのほうが気兼ねなく楽しめるというものだ」
「はっ・・早い!?」
離れたところにいた魔王が瞬時に距離を詰め目の前に移動した。
見えなかった、どうなってやがる。
大きく振り上げられた拳を振り下ろされる前に回避した、したはずなのに俺は真横の壁に埋まっていた。
「うむ、やはり加減がしづらいな」
「クソ野郎が!!・・・?」
優勢だった戦況が一瞬でひっくり返り、それが受け入れられずに再び六倍で殴り込みをかけるが空振りに終わり、背後に気配を感じて振り返ろうとはしたもののフワッと体を突き飛ばされ、何バウンドもしたのち天井が崩れ山になった瓦礫に当たって止まる。
「クソがクソがクソがクソが!・・・・クソが」
「これでは遊びにもならんではないか?」
気を爆発させ出鱈目に攻撃を繰り出すも全く当たらず、その隙を狙って攻撃を貰ってしまうほど戦力差は広がっていた。
強化が切れたことで立つことすらも困難な状態でどんなに間抜けな姿勢ででも相手を睨みつける。
魔王は伏した人間に猶予を与えるかのようにその場で腕を組み余裕な表情で好敵手を眺めていた。
まさに満身創痍。視力の半分も失い瀕死と言っても過言でない状態で俺はもう一度立ち上がった。
痛みは感じない身体がイカれたか、今感じるのは流れる血の鼓動と憎悪からくる怒り、全て出し切っていいという覚悟。
六倍でも相手にならないのであればもっと負荷を掛け強化段階を上昇させるのみ。
「マックスパワー・・・だぁぁ!!」
「・・・ふむ」
全身の筋肉を膨張させ上半身の服はボロ布同然となり防御力も何もなくなる。
重く踏み込み渾身の拳を余裕面している魔王の腹部にめり込ませ、そのまま攻撃の手を休めることなく何十もの打撃を放ち、とどめを顔面に当てる寸前に魔王の腕によって阻まれた。
「なるほど。確かに、先程よりパワーは上がったようだが」
「くっ・・」
「それ以外の部分が駄々下がりだ!」
受け止められた腕を捻り上げられ空中で半回転し、無防備な状態で黒いオーラに覆われた拳が迫り腕をクロスさせることで何とか致命傷は免れたが、代わりに左腕の骨が粉砕され耐え難い痛みが床に叩きつけられた衝撃で再発した。
「ガァァッァァァ、腕が・・・」
「真の姿を解放した我にここまで食いついてくる者、それも人間に出会えるとは思っておらなかったが、どうやらここまでのようだな」
「・・・まだ・・だ、俺は・・まだ負けちゃいねぇ!!」
「・・我を失望させるな」
腕のことを無視しし意志の力だけで立ち上がり六倍状態で特攻を仕掛けたが、その攻撃が届くことはなく額を掴まれると黒炎玉が鳩尾辺りに出現し逃げることも出来ぬまま、幾つも柱を破壊していくことで勢いが殺され何度も叩きつけられた壁に亀裂が入り埋まる。
血反吐を吐き腹部と左手は焼けただれ一部が炭化した状態でも生きていた。
もう虫の息ではあったが俺は生きていた。
「まだ死なぬ・・か」
魔王の独り言が聞こえる。
そうだ、まだ死んじゃいねぇ・・・・だけど、俺はもう戦えねぇ。
俺は敗れたんだ、結局一人じゃ何も成し遂げられなかった。
息をするだけで全身が痛い。
何が勇者だ、何の役にも立たない屑共が。
何が勇者だ、約束の1つも守れない男が。
・・・何を怯えてやがる、すべてを捨てる覚悟なんてとっくの昔に済ませたじゃねぇか。
あの白い神に呼び出されてからの記憶が駆け抜ける、そして恩人達・仲間の顔が思い浮かび最後にマリーの笑顔が脳裏に浮かび俺に微笑みかける。
未来のことなど考えなくてもいい、生き残ることなど考えなくてもいい。
「・・・お前だけは、絶対に道連れにしてやる」
「まだほざくか、死に損ないが」
強がっているのだとそんな体で何が出来るのだと、そう言いたげな魔王の言葉に口元を上げ壁から抜けると破壊された瓦礫が少ない魔王の正面、直線上に降り立った。
後10秒くらい命があればいい、全身に籠めていた力が抜け右手を左胸に当て自分の鼓動を感じ、ゆっくりと何かを取り出すように形作り位置を下げるが、もちろんそこに形のある物などない。
俺が力を籠める事を止め変な動作をしているのを見た魔王は憐れんだ視線を向け残念そうな表情となる。
リンゴを握るような形をした右手を力を溜めるときと同じ位置に持ってこさせ一度握り固める。
興醒めだと言わんばかりに手のひらを俺に向けて魔法を撃とうとしている魔王に大げさに嘲笑うような笑みを浮かべた。
それが気に食わなかったのか10以上の高密度火炎弾が飛来し全部命中し黒煙に覆われるが、今まで感じたことがない力が体から発散し爆発した。
”勝てる”これならどんな奴にも、それを右掌のみに集中させるとその風圧で黒煙が掻き消えるのと同時に大きくフルスイングし青白い球を放つ。
「これで・・最後だァァァァァァァァァァァァァ!!!」
全弾命中させたはずなのに相手は生きている。
一瞬顔が強張った魔王だがすぐに両手で巨大火炎弾を発現させ打ち出し2つの球体が衝突する。
火炎弾が気弾を押しているようにも見えたが水風船を銃弾で貫通するように魔王ごと突き抜け、輝く炎に包まれ悶え苦しんでいたがその刹那、誰のものか分からぬ声が聞こえた。
”次はお前にしよう”
魔王の体は焼き尽くされ消滅した。
それを見届けた自分にも最後がすぐそばまで来ていると分かり、さっき聞こえた声の正体を考えようとする間もなく仰向けに倒れ虚空を見つめ、銀色に光る何かが見えたのを最後に記憶が途切れた。
次が前編最終話です。