人の心
目を覚ました。
体が動かない目だけを動かして現在地を把握する、また返ってきた。
女性用の衣服が掛けられている押入れ、可愛らしい小物が置かれており窓から心地よい光が差し込んでいる今は朝か。
だんだん意識も澄んで状況が飲み込めた
「俺は・・生きているのか?」
あの激戦でもう生命力が尽きたと思っていたあの声も聞こえずやっと逝けると思ってた、でも
「やっと目を覚ましたか!」
扉の開く音は聞こえなかったが人の声はすんなりと入ってきた。
ロイセルは手にポットを持ち足を引きずって寝ているであろう自分に近づいて心底安堵した表情でそう言った。
声を出そうとしたが擦れ、首を縦に振ろうとしたがそれも出来ず、目を上下に動かして合図した。
ポットを丸い机に一旦置きコップを2つ並べ匂いはまだ感じられない、紅茶の様な液体は湯気を立て注がれ一方を大切そうに持ったロイセルは一口含み息を吐いた。
「君は3日眠っていた。体の酷く消耗していてとても生存が見込める状態ではなかった、だが村を救ってくれた君を死なせるわけにはいかなかった。君が望まなくても」
ロイセルはそういうが瀕死状態であったはずの体をどうやってここまで回復せたのだろうか?
「この村はもうダメだ。田畑も森も穢れ、死傷者も多く出てしまった。だから私達は別の安寧の地を求めて移住することにした、この家は好きに使って貰って構わない・・・もう私達には必要ない」
ロイセルは紅茶を飲む度、言葉を紡ぎ空になったカップを置いて部屋から出ていった。
その姿を眺めていたが瞼が重くなり眠りについた。
次目覚めたのは夕焼けが窓を通して部屋を照らしていた。
まだ万全ではない体を起こしベットから降り服を羽織って家の外に出た。
「誰も・・居ない?」
戦闘の爪痕が残ったままの村であるが夕食時にも拘らず物音1つせず、気を探っても周囲に生命反応すらしない。
ロイセルさんがほかの場所に住処を移すと言っていたが、負傷者含め村人全員を移動させるなんて無茶苦茶だ。
そんなようなことを考えながら村の外へ出るとやけに森が静かであるだと感じた、鳥の声も聞こえず獣が這いずっている様な感じもしない。
「何だ?ここはどこだ?」
歩いている内に軽い記憶の混同が起きて頭がクラクラして景色が渦巻き状になっていく。
「ダメだ・・戻らなければ」
万全でない状態で歩いたせいでどこかの具合が悪くなったのであろうと思い、来た道を戻ろうと振り返ったが「村が無い・・?」そんなに離れた覚えはなく目を凝らしても屋根一つ見えなかった。
「一体・・どうなって・・」
体の自由が利かず膝をつきうつ伏せに倒れ状況を理解できぬまま意識が遠ざかっていった。
「ありゃ!大変だべ!こんな森の奥に人が、ダッケル、ベッケル、おめえらこのあんちゃんを運んでけ。オラ飯を取ってから帰るべ」
オオカミの様な動物を2匹連れた木こりが傷だらけで倒れている青年を見つけ、連れていた黒と茶の動物に青年を乗せ自分の小屋に連れて帰らせた。
2匹は丸太で作られた小屋に青年を運び器用に木こりの寝床に寝かせ自分たちも添い寝する。
「・・・・・俺は・・ここは・・」
木こりが帰ってくる前に青年は意識を取り戻し左右に寝そべっている動物を見て室内を見回す。
「おろ、起きたがや?ここはオラの小屋だや、少し臭うじゃろうが堪えてくんろ」
木こりは帰ってくると青年が室内を見回しているのを見て、捕まえてきた小動物を血抜きするため紐に括り吊ると寄ってきた動物を撫でまわし青年に苦笑いする。
「貴方は?」
「オラか?オラはこの山で木こりをしとるウブジってもんだ。おめぇは?」
「俺は・・・ユウと言います」
青年が名前を尋ねると木こりは訛りった発音で自己紹介すると青年の名前を聞きそれに答えた。
「でだけんど、どしてあんな山奥に倒れたがや?」
心底不思議そうに聞いてくるウブジに対してどう答えればいいか戸惑っていると
「悪い事聞いちまっただか?じゃ、帰る宛はあるんかい?」
「・・・・いいえ」
「じゃったらしばらくここで過ごしてけ。大丈夫じゃい、おめぇさんが食う分くれぇ大した事なかぁ。そんで体が丈夫になるっと下山ちゃ村け行こうか」
帰る場所を訊かれて咄嗟に答えられず少し間を置いて答えると、しばらく小屋に置いてもらうことになった。
「あの・・地図ってありますか?」
「あー、オラは持ってないけんど、村にはあるはずだで数日我慢でだ」
山から下りないと現在位置も分からないが、この木こりの好意を無下にする訳にもいかず数日ここで過ごすことにした。
木こりの仕事は親方の所でやっていた鉱山の作業みたいだった。
つるはしの代わり斧を持っているのとその振り方は違うが力仕事には変わりない。
カツンカツンと斜面に生えている大人の胴より太い木の根元に斧を打ち付ける、それを何十回と繰り返しても半分ほどにしか到達せず一旦休憩を挟み、後は切り倒すまで斧を振るい、一日当たり5~7本を切り倒し小屋の近くに積んでいた。
一度手伝おうとしたが「あんちゃんには無理だべ、平地ならともかくここいらは足場が悪いべ怪我するがや」と言われてしまい、それ以降仕事の様子を見て時間を潰していた。
そして数日後ウブジは下山するために青年を呼び、切り倒した木を一定の長さに切り紐で縛って背負うと、小屋裏の比較的緩やかな坂を下りていきそれに続く。
「ほんじゃ今日は下山するべ、足元に気い付けるがや」
ウブジは山を降りる前青年に注意を促し人1人以上はある重さの丸太を担ぎ先を進んでいく。
30分ほど蛇行した山道を下りると木々が開けた場所があり、数棟の家屋が昼食の支度をしてるようで平和そうな村だと俯いた。
「あんちゃん、そこに見えるのがブロルの村じゃたい。田舎で派手さは無かとじゃが飯も水も人もいいんじゃよ?」
「・・・そうですか、では早く下りましょう・・・嫌な感じがします」
「うんみぁ?腹ぁ痛くなっちまったかや、そんじゃ急いで下りるんばで」
俯き加減で背が曲がり腹痛と勘違いしたウブジは温かい野草茶を一杯勧めてから丸太を担いで先導した。
それから20分で下り坂はほぼ下り切り山道入り口辺りで薬草集めをしていた少女に挨拶をし、ウブジは真っ先に材木屋へ丸太を卸しに向かい青年は店の前で待つことにした。
「ねぇねぇ、お兄さん、お兄さんは村の外の人?」
「ああ、そう・・だね」
「トカゲカカミって行ったことある?大っきい街だってお父さんに言われたんだけど、どんくらい大きいの?」
「・・・あ、ああ。行ったことはあるさ、この村の・・・200倍はあるかな」
「えー、にひゃくばいってなにー」
店の前で立っていると家屋から数人の子供が駈け走り近くまでやってくると1人が青年に興味を持ち話しかけるとほかの子供達も集まって来て質問を投げかける、まだ村を出たこともない彼らの疑問をぶつけるとその内の1つが青年の胸に突き刺さり辺り障りのない返答をしていると清算し終わったウブジが通貨片手に店から出てきた。
「あんちゃん、待たせちまったな。あのド畜生が丸太の文句付けやがったもんでちと時間が掛かっちまった、堪忍な」
「いいえ、別に構いませんよ」
「あ!ウブじいさんだ!」
「ウブじいさん、今度はいつまでいてくれるの?」
「お母さんのベット直してー」
「よしよし、遊んでやりたいのは山々なんじゃが・・今日はあんちゃんにここを案内せねばならんのじゃ、明日なら空いておるから遊ぶんじゃったら明日にしてほしいんじゃ」
「えー・・・絶対だよ?約束だからね!」
ウブジの姿を見つけた子供達ははしゃいで周りを取り囲み遊んで遊んでと催促する光景に少々困惑していたが、青年の方を向くと苦笑いし駄々こねる子供達に用事を伝えると大人しくなり2人から離れ別の所で遊んでくるようだった。
「子供はいいもんじゃ、この老骨に元気を分けてくれる、ユウはどうじゃ?」
「・・・あまり子供は・・」
「そうじゃったか、いいもんじゃに。ついでに村長のとこ行くんじゃがあんちゃんも付いてくるがや」
子供は好きではないと答えた青年を少し残念そうにしていたウブジであったが忘れ物を思い出したように村の奥の他と比べると大きい家屋を指さし、村長に会いに行くというので青年も頷き後をついて行くことにした。
「おお!ウジブさん、ようこそお出で下さいました」
「ゴップさん何を大げさな・・」
「そんなことありませんよ!貴男がいなかったら僕はここに居なかった訳ですし、でそちらの方は?」
「俺はユ・・」
「このあんちゃんはお前さんと同じく山で遭難していたんじゃよ」
「おお!貴方もウブジさんに助けられたのですね!いやー同じ境遇の人が居るなんて、僕はどこか抜けたところがあるようでウブジさんに助けられたのも研究材料を取って来いって言われて・・・・」
ゴップという青年より少し年上そうな男はウブジの姿を見ると掃除に使っていた箒を放り飛ばし出迎えてくれた、その何か恩があるような尊敬している様な感じの会話を聞いているとその人が青年の方に向いて紹介を求めたので名前を言おうとしたが、話を遮られ何故か目の前の男に両手を握られ身の上の話を聞かされる羽目になったが、途中で話を遮ると余計に長くなると思いなすがままにさせていた。
「・・・でその時ウブジさんがそのワーフウルフをですね、こうスッカーンっと斧でぶった切ってですね、あの飛び散る血肉が・・・・怪我した僕を担いで山道を駆け下りて・・・とにかく凄いんですよ!」
「ゴップさんやいユウがそろそろ限界そうだぇその辺でやめときい」
「ああ!僕としたことが!つい嬉しくて長々と、村長さんに会いに来たんでしたよね!?今呼んできますね!」
やっと男に開放され抑えられた肩を解し一息つくと、白髪の老人が家の中から男に引っ張られるようにして出てくると
「やあやあ、ウブジではないか、ゴップが急いで出てきてと言うので何事かと思えば・・ん?そちら方は?」
「村長何やら迷惑かけたようですまんの、ああこのあんちゃんはユウと言うそうでな山で倒れとるとこ看病して地図を買いにここへ下りて来たんじゃ」
「僕と同じ境遇の人なんです!え?地図を?」
村長に紹介され軽く頭を下げると愛想のいい笑顔を向けられ何故かゴップには驚かれた。
「ユウさんさぞ大変な目に遭われたのでしょう、大したもてなしなどできませんがお気のゆくまで村で休まれておゆきなさい」
「・・ああ、はい」
「やりましたね!仕事がなかったら僕と同じ掃除を・・」
「お前さんはまだ掃除の途中じゃったろ、ユウはこれから道具屋にいくんじゃて」
「何かお買い物を?」
「地図が欲しい言うてな、在庫はあるんじゃろうか?」
「あるじゃろう、先週行商人がきたばかりなはずじゃ」
ゴップはウブジに言われ掃除をほっぽりだしていたことを思い出し外に走った。
「道具屋は前の通りを右に2度曲がった所にあるさいな」
「儂はまだボケとらんは!行くぞユウよ」
村長の家を後にして道具屋を探し中に入ると中年の女性が店番をしていた
「いらっしゃい、あらウブジさんじゃないかい、久しぶりだね」
「バリさんもお元気そうでなによりじゃ」
「今日は薬の買い出しかい?ん、後ろのは?」
バリさんというおばさんも軽く頭を下げウブジが話をしている間に店の中を見て地図を探すが見当たらない
「何が入用なんだい?」
「ああ、地図を・・」
「あちゃぁー地図かい」
「ないのか?」
「いんや、あるにはあるんやけど」
何か歯切れの悪い口調で奥に入っていったバリさんは紙の筒を何本も持って戻ってきた。
「こないだの雨で雨漏りしてね、運悪くそこに地図を置いていてねインクが滲んで使い物にならないなっちまったんだ」
広げられた洋紙の真ん中が黒く歪んでおり確かにこれを渡されても困るが
「この辺りがこの村で・・ここがあの山で・・この道を行くとトケカガミで・・左のこっちを行くとエリルドリ皇国で・・ここら辺が・・そしてここら辺から南が魔境だね」
バリさんが歪んだ地図を説明しながら書きこんでいくと、ある程度正確性があるものになりそれをじっと見つめ頭の中に入れていき最後に記入されたその場所をじっと見つめ
「これを貰ってもいいですか」
「えっ!こんな変な地図をあげられないよ、また10日位待ってれば仕入れるから」
「いいえ、俺はそんなに待ってられないんです」
「それならお代は要らないよ、薪の火付け位にしか使えないものだから」
「・・・ありがとうございます」
「あんちゃん、もう行くのか?」
道具屋を出ようとする青年を呼び止めるウブジだが、扉を開けようとした時外から駆け込んできた者が居た。
「ウブジさん!娘を・・娘を助けて下さい!」
ウブジに救援を求む壮年の男が息も切れ切れで店に入ってくると
「娘ってまさかあの娘さんか!?」
「・・・?」
「ほりゃ、村の入り口で野草を摘んでいた女の子が居ったじゃろう!」
「ああ・・・その子が?」
「そうだ!ウブジさん今頼れるのはアンタだけなんだ!頼む!娘を助けてくれ!」
状況が飲み込めない青年に昼見かけた少女の事を話すと縋る様に壮年の男がウブジの体を掴んで何度も何度も頭を下げる
「分かった、分かった!儂にできる事ならなんでも協力しよう!バリさんは衛兵を呼んできてくれ、ユウもすまないが付いてくれ」
「はい」
「ありがとうありがとうありが・・・」
そこに居た者は男の娘を探すことを了承すると安心したように何度も礼を言うと気絶した、よく見るとその腕が異常な方向に曲がっており痛みを堪えてここまで来たことが分かった。
そしてすぐに少女が行方不明になったと村に広まると男衆が手分けして山の浅い所を探すと、少女の身に着けていた服の一部が発見され捜索は翌日に持ち越された。
そして翌日山の中に入るため駐屯している兵士・ウブジ・戦闘経験のある男達が集められそれぞれが武装して捜索を開始しようと兵士が注意をしながら先頭を進んでいく
「やっぱり俺も行きます」
「あんちゃんには無理だ、多分あの娘さんを連れ去ったのはオークだろう、彼奴等は年に1,2度山を下りてきて獲物を攫って行くのじゃ・・・」
「その程度の魔物であれば何の問題もありません、むしろ俺はウブジさん方が心配です」
「うーむ、分かった。人出は一人でも多い方が好ましい・・じゃがユウはこの村とは関係が無い、身の危険を感じたらすぐ逃げるのじゃぞ!?」
「・・分かりました」
俺はウブジに同行を願い出ると止められはしたが魔王を倒そうとしている男がオーク程度で気劣りするはずもなく、忠告だけ素直にうなずき共に2度目の山に入っていった。
森の中を抜け雑に作られた住居が複数見つけると救出と注意を引くため2組に分かれ青年は救出の方に割り振られ、少女の居場所を確かめて背後から素早く救い出す作戦を立てた。
昼前で狩りに出かけている個体も居る様で目に見えている数はそんなに居ない様に感じたようで、兵士は残りの個体が戻ってくる前にオークの位置を全て確認することなく襲い掛かった。
「いくぞぉー!!」
「「「おおおー!!」」」
兵士の号令で男達は住処に火を放ち慌てて出てきたオークを数人で取り囲み袋叩きにしていく、その混乱に乗じて一番大きい住処の扉を叩き破って身ぐるみはがされた少女を見つけ、服の残骸を着させている時後ろから悲鳴と雄たけびが上がった。
「見つけたぞー、早く帰ろう」
「なんじゃこいつはぁ!」
「オギリャァー!!」
住処の近くまで来ていた残りのオークが戻って来てその中でも特に大きい個体が村男の一人の頭を持ち上げて握りつぶした。
「撤退だ!娘を連れて撤退しろ!」
「うわぁー!助けてくれー!」
ウブジの居る組の方から撤退の指示が出るが仲間の一人が簡単に殺されたことによって指示を聞くことが出来ず、少女を放ってバラバラに逃げ出してしまった。
ただ一人残された男は死体と少女はオークによって正面の組と隔離されてしまい、ようやく助かると思っていた少女は泣いて青年に縋った。
「オギリャァ!!」
特に大きい個体であるオークリーダは連れてきた交配相手を人間に奪われてなるものか、と若木から削り出した棍棒を青年に向かって振り下ろした。
前にオークの集団・後ろにはオークリーダと挟まれてしまっているこの状況は手練れの冒険者でも死亡する確率が高く、しかも保護しなければならない対象も居るのであれば危険度はさらに増すのだが
「しばらく体を丸めて目を閉じていろ」
「っ、避けて!」
少女に忠告し振り下ろされる棍棒を避けようともしない青年に堪らず悲鳴が上がるが、棍棒が直撃し青年の体が少し揺れただけで衝撃に耐え切れなかったのは棍棒の方で根元の細い部分から圧し折れた。
「目を閉じていろ・・と言ったはずだが?」
「え?あ、はい」
オークリーダの攻撃をもろともしない青年に驚愕する一人と当個体、そして少女を左手で抱えてもう一度忠告すると今度は素直にギュッと目を瞑り身を強張らせた。
自慢の一撃が通じなかったオークリーダは特殊な声を発し、ウジブさん等と戦闘していたオーク達を呼び戻すと青年を取り囲み一斉に襲い掛かった。
「・・モドキ2倍」
小さく呟くと青年の体が発熱し人を抱えて動いているとは思えない素早さでオーク達をすり抜け、一気にウブジさん達の集団までたどり着くと少女を預け再びオークを正面に捉えた。
「・・オーガーと違って話し合いの必要もないだろう」
出し抜かれたことに怒り心頭のオークを見て右手に気を集中させると、オーク達は青年が何しようとしているのか分からず突撃してくるが、己を大きく上回る戦闘力パワーを感じたオークリーダはその場を離れようと背を向け駆け出したが、それが叶うことはなく集落の一部を巻き込み魔物達は消滅した。
消滅はしたが思った以上に力の消耗が激しくすぐに片膝をついて肩を大きく上下して呼吸する
「・・・たったこれだけのことで、この様とは・・・相当効いているようだ」
死闘を繰り広げたあの戦いの疲労はまだ抜けきっていなかった、今の攻撃だって一度しか撃てないほどの体力しかなかったことを放った右手を見ながら苦笑した。
「ユウ!」
「お兄さん!」
「大丈夫か!・・・ん?冒険者カード・・Cランク?とにかく、2人とけが人を村まで運ぶぞ!」
フラフラの体を起こし歩こうとしたが視界が眩んでぶっ倒れ、ウブジさんらの声が聞こえたが指一本動かせず誰かに背負われ意識が朦朧としていった。
村娘の救出から2日間村人は外から来た青年の噂をあれよこれよと広め、たった2日だが青年が有名な魔法使いかその弟子なんじゃないかという説が噂の行き着く先で、青年が村長の家で養生して目を覚ますまであることないこと・・ほとんどないことを勝手に広めていった。
「お目覚めになられましたかなユウ殿・・・この度はワシの孫娘を救っていただき本当に感謝してもしきれません」
「・・・・・・ああ、そうですか」
「まだ本調子でないことは重々承知ですが、どうしても直接お礼を言いたいと聞かんもんですから」
「マルリアです、ユウ様・・あの時は助けていただき本当にありがとうございました、貴方様がいなかったらと思うと・・夜も眠れなくて、強く逞しいあの腕に抱かれた時のことを思い出すと//」
「この通りマルリアはユウ殿にホの字でしてな、ワシとしてもそこまで歳が離れておらぬユウ殿にならマルリアを預けてもいいかもしれぬと思っていたんじゃ」
「・・・・・・はぁ?」
また何日間か眠っていたのだろう頭が働かないまま、村長の白髪頭を見上げ扉から髪を束ね素朴な服を着た少女が現れ青年の横になっているベットの前の椅子に座った。
人が眠っている間に何か変なことになっているようだ、安静にと呼びかけられるが中ば無理やり体を起こしベットに腰を掛けてマルリアという少女と村長に向かい合うと、何やら頬を染めて娘のほうは視線を逸らしたことで状況を察し、よくあることだろうと青年は思った・・そして
「感謝されるのはありがたいがその申し出は断らせていただく」
「何故ですか!?こんな田舎の娘では嫌だと言うのですか!」
「そうですぞ!ユウ殿、マルリアはまだ顔つきは幼いですが気立てのいい孫で・・」
「いいえ、娘さんに文句があるわけではないのです。俺個人の問題なので」
何故?と説明を求めてくる2人に個人の問題と言い質問をそれ以上をさせないよう強く視線を向ける、と威圧された村長は口を閉ざし娘は状況を把握しきれていないようだ。
ドシドシと階段を上ってくる足音が聞こえもう一回開け放たれた扉の奥からウブジさんが慌てた様子で部屋に入ってくると
「ユウ!やっと目が覚めたか!2日も眠ったままですっかり痩せ細ってしまっただべかと思って猪を狩ってきたぞい!」
「ありがとうございます、そうですか・・2日ですか。では俺が調理をしましよう、こう見えてもそれなりには自信があるんです」
血抜きをした直後なのか微妙に返り血と鉄臭い臭いが部屋に漂うが、この程度で不快に思う人間はここにおらず、自分の体の状態を確かめるために一部に力を籠め緩めを繰り返すと動作には問題がないと判断し、ゆっくりと立ち上がると世話になった方達に料理を振舞おうと決めた
道具屋の主人に許可を得て料理場を借り猪鍋を村人達に振舞うと宴会にまで発展してしまい、男性陣は酒と料理に舌鼓を打ち女性陣は料理の取り分けとおつまみをそれぞれが作ったが、青年が作った異国のつまみを味見程度に摘まんだ女性がそのあまりの美味しさに青年に作り方の伝授を頼んだが首を横に振られショボンと落ち込んで男達に交じってやけ酒を呷った。
その夜酔いつぶれる村人達が出る中ウブジは青年に声をかけた。
「ユウよ、おぬしには感謝してもしきれん、マルリアを助けてくれて本当に感謝する」
「いいえ、大したことはしていません。俺は敵を倒しただけです、彼女はそのついでに過ぎません」
「此処に留まるつもりはないのだな・・ユウが居れば村も安泰だと思ったのじゃが」
「すいません、俺にはやらなきゃいけないことがあるので・・」
「よければその理由を聞かせては貰えないか?おぬしがどうしてあの森に倒れていたのかと考えるだけ謎が深まっていくばかりなのじゃ」
「俺の話なんか聞いても面白くありませんよ、最低な男なんですよ」
理由を聞かせてくれと真剣な眼差しで見つめられ根気負けした青年は卑屈にため息を吐き、自らの不甲斐なさが招いた悪事をウブジに懺悔した。
非力だったこと、仲間を見殺しにしてしまったこと、女一人幸せにできなかったこと、魔族を倒しても誰も救えていなかったこと、今は復讐しか頭にないこと。
それを静かに聞いていたウブジは体に力が入っている青年の肩にそっと手を置き、それから少し背伸びして頭にを置き
「そんな卑屈にならんでもいい、ユウが最善を尽くしたのならその仲間達もおぬしを誇りに思っておるだろう」
「・・・いいえ、まだ最善を尽くしてはいない・・魔王をこの手で殺すまでは」
「魔王・・?それは王国の勇者が・・」
「あんな奴ら当てになりません」
「ユウは勇者と知り合いなのか?」
「顔を見たことがある程度です・・いいや嘘はやめましょう、同郷です」
一瞬あいつらの顔が脳裏に浮かび嫌悪感が湧き出すがそれを恩人に向ける訳にはいけない、奴らののことは一度置いておいた。
「なんだって!?じゃユウも」
「いいえ、残念ならが俺は彼らが言う勇者ではありません。」
「なんだか漠然とした話だな、ユウが魔王を倒すか・・では倒した後にここに戻ってくれば」
「勝率は限りなく低いです、生きて帰ってくるなど不可能だと思っています」
誰からも認められ称賛され尊敬されるのが勇者という者の理想像なのであればその条件に当てはまることはない。
きっぱり生きて帰れないと推測だが事実を告げるとウブジは重苦しく顔を落とし沈黙した。
「まぁ、これでやっと使命と約束を果たす機会が訪れるんですよね。長過ぎましたね、色々あり過ぎました」
「怖くはないのか?・・・愚問だった、あっさりした言い方だったのでな」
ウブジは人間の未来の明暗を決める力を持つ強者の一人が僅かに指先を震えさせ恐怖に耐え忍んでいる、姿を目の当たりにし発言を撤回した。
「明日俺は出ていきます」
「それはまた急じゃな」
「ええ、ウブジさんに会えて俺は良かった。ありがとうございました」
「ワシもそう思っておるぞ」
立ち上がりウブジの正面に立つと深々と頭を下げ返事が返ってくると
「夜は冷えます、宴会場に戻りましょう」
すっかり冷めてしまった体を温めるために賑やかなところに戻った。
よく晴れた朝、昨晩の宴会で村人の殆どが飲んだくれイビキや寝息が聞こえる大家を出て肌を刺すような冷たい空気を感じ最低限の食料や水を持ち村の入り口に向かう。
するとずんぐりした人物が木で作られた門の横に立っていた。
「寒いから見送りなんてしなくてもいいと言ったのに・・」
「ユウはワシにしか旅立を話とらんようじゃった、こんな老人じじゃ嫌だろ言うならあれじゃが」
「嫌というわけではありませんが・・・ありがとうございます」
「それでいいんじゃ、はっはっはは・・・・ユウ一人で背負うには酷な使命じゃろうし本当に死んでしまうかもしれん、じゃから頑張れとか精一杯生きろなどは言えん」
「・・・・・はい」
「仲間との約束・・ユウが守った世界をワシ等にも見せてくれ!魔物に子供達が脅かされん生活を!」
「はい、必ず俺が変えて見せます!」
ウブジの激励を一礼して受け止め、まだ青白い空を見上げ村を後にした。
これが人との最後の会話となる、が不思議と寂しいとか怖いという感情は生まれてこなかった。
世界を守る・・その力が少なくとも自分にあり低い可能性だが勝機もある、どんな結果になろうとも行かなければならない・・・それが俺が思う勇者の姿だから。