実家参り
ヘンリー村には日が暮れる前に到着した。
あの頃と何も変わっていない田舎だ、この時間まだ村人は畑に行っている。家の明りは点いて居なく少し人の話し声がするだけで、見える位置には人影が無い。
「ひとまず酒場にでも行ってみるか」
中央奥にある一回り大きな建築物を見つめそれに向かって歩き出す、まだ3年ほどしか経っていないがこの村に居た時の記憶が薄らとしか覚えていないのは、力を使い過ぎているせいなのか死に掛け過ぎなのか。
一度建物前で立ち止まり扉を押して入ると中に居た客が一斉に視線を向け、その中の数人が立ち上がり赤くなった顔で距離を詰め
「テメェ・・・今更どの面下げて来やがったぁ!!」
「お前のせいで息子は・・・」
「この厄病神が!お前のせいで家のカカァはノイローゼになっちまった!仕事も手に付かねぇしどうしてくれる!!」
「・・・すみません、俺が全部悪いんです・・俺が」
近づいて来た男達には見覚えがあった、ダル・ガッツ・カク・・それぞれの父親達が目の前に並んでオレを責める様に怒声を上げる。その声に答える様に下を向いてボソボソとそれらを受け入れようとすると
「オメェが悪いなんざ言われなくったって分かるは!!どうせ自分だけ助かりたいがために、息子たちを見捨てたんだろうが!!ギルマスの奥さんは娘が死んだことで気を病んじまって、せっかくの美人が台無しになっちまったんだよ!」
「すいません・・・俺には助ける事が出来なかったんです、申し訳ありません」
「すいません申し訳ありませんって、それしか言えねぇのか!?なぁこの村の若者を見殺しにしておいて、謝って許されると思ってんのか!!」
男の1人に肩をど突かれ体がふらつき、他の男達にも怒声を浴びされど突かれ殴られ胸倉掴まれ壁に叩きつけられる。無防御で彼らが振るう暴力を全て体で受け止め、顔が腫れ唇が切れ肩が外れ服が汚れ・・それでも尚彼らの怒りは収まらず傷が増えていく。
「お前達また喧嘩を・・・何をやっている!君は・・・今すぐやめろ!!」
「ギルマス・・こいつは娘さんを見殺しにした張本人ですよ!?八つ裂きにして腸を魔物に喰わせても・・・」
「何も彼一人の責任じゃない!その場にお前達・・いや全盛期の私が居ても皆殺しにされていただろう、今すぐ彼を放しろ、回復は私がする。お前達は・・・今すぐ家に帰れ」
白髪の混じったおっさんが酒場の騒ぎを聞き呆れ顔で扉をを押し入ってきたが、複数人で誰かを殴り殺してしまいそうな殺気立った状況であること、その誰かの姿がある青年によく似ていたことで男達を家に帰しその青年の怪我を治療した。
「すいませんすいませんすいません、俺が俺に力が無かったから、すいませんすいません」
「君はやはり・・無事だったのか、奴等には後できつく言っておく、そんなに怯えるな私は何もしない」
「マリーのお父さん・・・俺は彼女を仲間を守れなかった。最低の出来損ないです、償うモノもこれしか思いつかず・・・すいませんすいません」
「白金貨が・・・4枚も・・・これはどうしたのかね?盗んできた訳ではあるまい」
「魔族を殺した時に出た報奨金です、これくらいしか出来る事が思いつかなかった」
白髪混じりのおっさんはマリーのお父さんだった、少しやつれ皺が深くなっていたが厳つい顔は健在で、殆ど痛みもない体の傷を回復魔法を唱え暖かな光に包まれる。
「魔族を・・・殺した?それは一体・・」
「トケカガミを襲った魔族と他数体、今更遅いのに・・・」
「確かにそれだけの数の魔族を葬ったのであればこれくらい報奨金は出るかもしれぬが・・君の分は?」
「国の騎士に譲渡しました、使い道も分からないから」
白金貨の出所を話すにつれ複雑な心境と表情になっていきその一枚を手に取り握って戻した。
物思いにふけ俺の顔をジッと見て真顔になる。
「娘を君に託した時・・・私はこういう事態も想定していた、冒険者家業なんぞ危険と隣り合わせ、いつ命を落としてもおかしくない・・・だが、いざ子に先立たれると・・」
「ごめんなさいごめんなさい・・・本当に守れなくてごめんなさい」
「さっきも言ったが・・・どうしようもなかったのだろう?魔王軍などが攻め込んで来れば高ランクですら命を落とす、Cランクの娘たちが生き残るのは難しい。・・実際多くの若者が命を落としたと聞いた、自分を責めるのはそれくらいにしておけ。」
肩に手を置き同じ言葉しか発することが出来ない青年を慰め立ち上がらせ、背中を押し外に歩かせる。村人が騒ぎを聞き連れ畑から帰ってきた人や家の中から2人を覗く目が幾つもあった。
ある家の前で立ち止まり扉に手を掛け少し申し訳なさそうな顔で振り向き
「君に渡さないといけない物があるんだ・・・・今は寝ているかもしれないが・・妻のことは気にしないでくれ、私以上に参っている。君に辛く当たるだろう・・・」
「はい」
木造の家屋に入り椅子に勧められマリーのお父さんは奥に消えて行った。奥で言い争う声が聞こえる
「貴方まで私から娘を奪うの!?私達の1人娘じゃない!!あの男のせいで・・・」
「違う・・・だがそれが必要なんだ、彼が向こうに居る、それは彼に渡すべきものなんだ」
「待って・・・今なんて言ったの?娘を死なせた人間をこの家に入れたの?ねぇこの向こうに居るの?・・・許さない!マリーを死なせておいてノコノコと私達の家に土足で入り込んで・・・許さない!」
女性の酷く冷めた声が聞こえ足音が次第に大きく聞こえて来て、扉の向こうで止まった。心の準備は出来ている、そう思ってここに来たのに言い表せない恐怖が心の奥深くからゆっくり溶け出し、指先の方から熱を奪っていく。
扉が開かれ無表情の女性は俺を睨み付ける様に立ち、テーブルの反対に椅子を退かし呪怨を放つ
「許さない・・・許さない・・・許さない!!」
「・・・・・・・・・・・・・・・・・ごめんなさい」
「何がごめんなさいよ!、返してよ娘を返してよ!!あの子はこれからだったのよ!!好きな人と出会って!子供を授かって!暖かな家庭を築いて!子孫に囲まれて・・・それを・・それをぶち壊しにしたのよ貴方は!!!」
「アリア落ち着きなさい、彼だって辛いんだそれくらいに・・・」
「ロイセル!辛いですって!?私達の子供が殺されたのよ?私達が一番つらいに決まっているでしょう!!それを・・・」
マリーのお母さんアリアが叫び父親のロイセルが抑えようとするが、その手を振り払い戸棚に入ってた食事用のナイフを両手で握り刃を向ける。娘を死なせた俺を殺したいほど恨んでいる
「マリーもダルもガッツもカクもみんな良い奴だった、俺は一緒に居たあいつらも守れなっかった。アリアさんが言う通り・・・俺がみんなを殺したんだ」
「君!それは違う!」
「やっと認めたわね・・・マリー達の苦しみを貴方も味わいなさい、・・うっ・・アナタ・・・わた・・」
「すまないアリア・・・そんなことしてもマリーが悲しむだけだ、もう少し休んでくれ」
全てを自分のせいにしてしまえば楽になる昔はそうしていた、誰かに責任を押し付け自分は知らんぷり。まぁ俺の場合押し付けられる側であったけども、そういう環境下に置かれたせいでこういう人格に成っちまったがな。
ナイフを体のどこかに突き立てられそうになったが、その体が崩れ落ち後ろに居たロイセルさんに抱きしめられた。アリアは夫の行為の意味が理解できずただ力の入らない体でその顔を覗き、暖かな体温を感じ気を失った。
「さて・・見苦しいところを見せてしまったね。渡したいものとはコレだ」
「・・・・?」
「マリーが君に宛てて書いたであろう手紙だよ、生憎うっかり屋さんな娘でね・・肝心な宛先人を書いて無かったんだ」
「あいつが・・・俺に・・・遺書を・・?」
「その封筒は魔法が施されたモノでね、差出人と宛先人しか中を読むことが出来ないんだ。私やアリアが見ても・・この村の誰が見ても白紙だと言った。可能性があるとすれば君なんだ、どうだい何か見えるかい?」
椅子に座らせたアリアさんの手に握られた皺くちゃの封筒をゆっくり外し、テーブルに置きこちらに差し出した。
飾り気の1つもない封筒の封は切られ中の紙を出し、ロイセルさんは両肘をテーブルに付き祈るようにゆっくり話し出し最後の希望を込めて俺の方を向く。
手紙の文字は読むことは出来た、読むことは出来たが・・目を通していくうちに文字がぼやけ紙が湿気ってしまった。
「どうやら君宛のようだね・・・何が書いているか読んでくれないかね?」
マリーの父ロイセルは指を組むのをやめ最後に娘が残したそれを聞き残すために、全神経を研ぎ澄まし向き直った。
”拝啓 ユータさん及びお父さんお母さんこの手紙を読んでいるという事は、私は死んでいるということですね。悲しいけどもしものために書き残します。
お父さんお母さん今まで育ててくれて本当にありがとうございました・・先立つ娘の私がこのような形で最後を迎えることをどうかお許しください。
ユータ・・・ユウタさん貴方に出会えて私達はとても幸せでした、今でもはっきり覚えています貴方がブラックベアを素手で投げ飛ばした時のこと、王国で無謀な試験に挑んだ時のこと、遠征の時も囚われた私を助けるため命がけで戦ってくれたこと・・・いつしか無口で無骨だけど強くどこか寂しい貴方に惹かれていました。
私は死んでもうこの世に居ないかもしれませんし、ダル・カク・ガッツの誰かも欠けているかもしれません、そうなればもう私達に構わず好きに生きてください。
貴方だけは死ぬところが思いつきませんでした、きっと神様に守られているのでしよう。
羨ましいです。
貴方には色々な事を教えてもらいました、でもそれを1つでもお返し出来たかどうかも分かりません。
昔森で話してくれましたよね?俺はこの世界の人間じゃないと・・・あの時は「珍しく冗談を言っているなー」と思っていましたが冗談では無かったのですね。
こんなことを書くなんて後にも先にもこれっきりだと思いますが・・私はユウタさんに想いを寄せて居ました、恋をしてしまいました。勘の良い貴方なら気付いていたかもしれません、気付いていて知らない振りをしていたのでしよう。
酷い人です・・・・最後にこの手紙を貴方が持っていたらお父さんに渡してください。
それでは、皆さんさようなら ユウタは生きてね 夕焼けに誓うマリーより”
最後の言葉を言い終わるとロイセルさんは無言で立ち上がり壁に額を付けより掛かる、手紙を折り畳み封筒に入れ目の前に差し出した。
「・・・・マリーの気持ちを君は分かっていたかね?」
「いいえ、ダルと付き合っているとばかり・・・」
「そうか・・・・君が娘と・・・一緒になってくれればと・・・どこかで思ってた、娘もその気であったのか・・・いやはや親子揃って・・・済まない」
「・・・・・・いえ」
背を向けたままのロイセルさんは声を抑え低く唸り泣いた。
子供に先立たたれた親の気持ちが分かるとは言わない、がこの人達は心底マリーを愛し暮らしてきた。
それを壊してしまった自分により一層の責が掛った、誰のせいでもないと言われても、仕方なかったと言われても俺はそう思わない。
その日はリビングで夜を明かした。そして翌日、また