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閑話 中級治療士 アン

トケカガミに治療士を目指し修行を積んでいた少女が居た。名前はアン姓は無い


幼少のとき両親を失い孤児院に入れられ13の時、回復魔法の才能が開花し腕利きの中級治療士であるお爺さんの元に住み込みで働き目に見えて成長していったが、老衰でお爺さんが亡くなった後その医院を継ぐことになった。

でも災厄がやってきたのはその僅か数週間後の事だった。



けたたましく警鐘が鳴らされ木の扉を荒々しく叩かれた、うるさかったので扉を開けると


「貴方がアンさんですね?今このトケカガミに最終防衛線が引かれ戦えるものは皆正門に集まっています。そこで治療士の方々に依頼して回っているのですが救急班として正門に来て貰えませんか?勿論それなりの報酬はお支払いしますが拒否権もあります、ですが私どもとしては一人でも多くの治療士の方に来て貰った方がありがたいのです。どうですか受けてもらえませんか?」


表通りを走る兵士と住民を見て了解する、怪我人を治療するのは私たちの使命だもん。


「分かりましたすぐ向かいます」

「ありがとうございます!では終戦時に一括で報酬を受け渡す手筈になっておりますのでお忘れなく!」


一礼し若い兵士は坂を駆け上がって行った。


杖とほとんど使わなかった魔力回復ポーションをバックに詰め裏道から正門に向かう。


簡易のテントに十数人の治療士が集められていた、見たことのある顔から本当に治療士なのかと疑いを持ちかねない人まで居た。

私より若い人は居ないようだった。


何か笛の様な音が響き雄叫びと共に喧騒が聞こえる。

空に黒い点が見えたそこから地上に何かが降っていくのも見えた。

それに応戦するかのように地上からも光が上がっていくのだが当たっている様子はない、そればかりかそのすぐ後に体の一部を何かに食いちぎられた負傷兵が多く担ぎ込まれ、その生々しさゆえに戻す者も居た。


痛々しい傷で運ばれ一刻の猶予もないのに治療士が吐いていては話にならない


「退いて邪魔よ」


その負傷者は女性で右腕と右脇腹を抉り取られた状態で運ばれてきた、多分魔術師だ。

空中の黒い奴にやられたのだと思い真水で血を流し


「ヒールⅣ」


私の使える回復魔法で最も効果のあるのを執行し傷が膿む前に傷だけでも塞いでしまおうとした。


結果腕は失ったままだが一命は取り留めた。

だが一息ついている暇もなく負傷者は運ばれてくる、バックから紫色の液体の入った瓶を取り出し一気に仰ぐ、とても不味いが徐々に魔力が回復する高級品だ。


1人で十数人分を治療したが魔力もポーションも切れてきた頃、空が強く光り爆発音が聞こえた。

何事かと思い外に出ると空に黒雲が漂っていた、それが晴れると空中の点はすべて消えていた。

それからまた数人軽傷者が運ばれて来たが他の人に任せた。


前線が保てなくなったのか人が後退してきたが敵はその位置のままだった。

最後の負傷者に魔法を掛け終わりその日は自分の店に帰った。





次の日の朝杖だけ持って正門に向かう、昨日と違い治療士の数は半分に減っていた。

技量のない者は来なければいい邪魔になるだけだから。


正門の内側に待機し開戦の笛が鳴るのを待つが敵の上空から人型のモノが降りて来て、先頭の冒険者たちに警告しているようだが次の瞬間爆風が巻き起こり正門前に立ち守っていた人達が外壁に叩きつけられ落ちる。


唖然となったのは一瞬だったがその隙を敵は見逃さなかった


魔物たちが一斉に押し寄せ冒険者たちを蹂躙していく、抵抗するものは誰構わず殺され喰われていく。

そんな光景を見せつけられて正気で居れる人間がどれほどいるだろうか?


正門の防衛線は崩壊し慌てて兵士が門を閉めるが外壁を突き破り魔物が侵入してきた。


私は逃げた、走った。

こんな時に冷静でいられるほど精神は成熟していなかった。


人間が入り乱れる中自分さえ助かればいいと思ってしまっていた、治療士にあるまじき思想である。


この街のシンボルと言ってもいい巨大な要塞がその姿を現してきたが、体が小さいためかどれだけ足を動かしても少しずつ遅れだし人に弾き飛ばされて最後尾の集団と走っていた。

1人の若い女性が段に躓き転びそこに魔物が近づいていく”ああ、この人もう駄目だ”そう思ったとき目を走っていた男が振り返り坂を下りていく”この人も死ぬんだ”でも誰が死のうが私には関係ない。


だけども頂上の広場にたどり着く前に兵士に邪魔され先頭を走っていた人が殺された、後ろには魔物・前には兵士、短い人生に諦めをつけせめて痛くない様に死にたいと目を閉じるが歓声が上がった。

恐る恐る片目を開け前を見ると無数の光球が魔物を貫いていた。

それを打ち出していたのはさっき引き返していった男だった。



彼は女性を起こし少しずつ後退しだすが両側から絶叫が聞こえ身をすくめた、その方向を見ると兵士が紙の様に引き裂かれ喰われていた。

もう”怖い”という感情が起こらなかった、抗ったって結果は同じだろうしその光景をマジマジと見ていた。


どすん・・・何かが後ろに落ちた音がした、振り向いて確認するとそれは人のようだった。

その後正門で見た形と同じ格好をした者が頭上に姿を見せた。



「全くつまらない拍子抜けだよ、これならイラン1人でも事足りたよ。たく、満足出来たら帰ろうと思ったのに、これじゃ皆殺しだね!」


子供の声で子供が言わないような言葉を発した。その言葉に男に助けられた女性が杖を振り上げようとしたが


「でも、面白そうな魔法使う術者居たようだね?僕の部下をゴミ屑にした奴が・・・出て来てよ、勇者の様に壊してやるからさぁ!!」


勇者・・・・?これが、冗談でしょ?

地面に横たわっている人が勇者だと言われ視線が向けられるがすぐ後に、ベチャりと熟れた果物を叩きつけたような音がし人だった物が落ちていた。


その後男は子供の魔族に吹き飛ばされ外壁を貫通した。

今頃は無残な肉塊となっているだろう。

そんなことより勇者だ!その人を持てる限りの力を発揮し意識を取り戻させるが、子供の様に駄々を捏ねる勇者が居た。


そしてこともあろうに勇者は逃げた自分たちだけで。

その時何人かの兵士と女性を引き連れ森に消えて行った。



頼みの綱を失い嘆く人達だがその中で若いPTが外に向かって走って行った、私は気になって後を追いかけたが次に見つけた時は彼らの遺体だった。

物陰に隠れ様子を窺っているとこの世の者とは思えない声で絶叫した人が居た。


「キサァマァラァァァ!!!」


対面側に子供の魔族の姿があったそれも2人、男はおぼつかない足取りで近づくが吹っ飛ばされる。


その男が立ち上がりボソボソと何かを呟いているようだったが、ここまで聞こえはしない。

一瞬地面が揺れた錯覚に陥ったがそれが錯覚ではないことにすぐ気づいた、あの男が揺らしていた地面を空気を、


そこからは圧倒的だった数撃で魔族を壊し一人を殺した、その光景に見惚れてしまったその圧倒的な強さに、でもその男の動きは止まり地面に伏した。


このまま死なせるのは”勿体無い”と心のどこかで思い、最後の力を振り絞り命だけは助けることに成功したが自身も限界だった。





ガタゴト揺れる音で私は目覚めた、木製の台車に乗せられていた。

自分はどうなったのだろうか?あの男は?後ろを振り返るとトケカガミの要塞が映った。


防衛軍は壊滅した、誰に言われた訳でもないけどそう思った。



体を起こし台車から降りる、見えたのは30人弱の冒険者と子供、市民はどうなったのか分からなかったがたぶん大丈夫なんだろう・・・。

比較的軽傷で済んでいる男の人が2人組で台車を引いていた、他の台車には死体の様に動かない重症人が乗っていたり簡易テントの部品が乗せられていた。



日が暮れるまでに人が居る村に着き隣接するように拠点を立てた。

翌日怪我人の治療を手伝うために村から場所と建物を借りたようでそこに行ったが、体が小さいせいで子供と間違われた、

「私はこれでも16ですー!」

ジタバタと子供の様に説明しギルドカードを見せたところでやっと信じて貰えた。


最初に通された部屋は正門に居た冒険者の生き残りだったようで数人を除き軽傷で済んだが、残りの身なりが良い人達は最前線組だったのか魔族の一撃をもろに喰らい一部複雑骨折や内臓破裂をしている人もいたが、その人達は何故か普通に会話をしていた。


「嬢ちゃん、ここは君のお父さんもお母さんも居ないよ、別の部屋に行っていなさい」

「・・・・・」


初老の男の人にそう言われた、みんな私を子ども扱いする。その男の人の損傷部の布をめくり


「こら、見てはいけない!」

「ヒールⅢ」


注意されるが魔法を掛け修復する、痛みが引いたのか私が治療士だと分かったからなのか静かになり少し時間が掛かったが数人の治療が終わり部屋を出ようとした時


「済まないが隣の彼の様子は見に行ってくれたかい?」

「知りませんそんな人」


子ども扱いした人が隣の部屋がどうのこうのと言ったが隣は遺体安置室だ、誰かいるなら死体だけだ。

でも少し気になったので扉を少し開け中を覗くと・・・ごみの様に捨てられていた彼がいた。


「ッ!!」


急いで中に入り息があるかを確め浅いが呼吸はしていることを確認する、


「だれか!誰か来てください!」


早くベットに運ばなければこんな・・・声を聞いた数人が部屋に入ってきたが


「お願いしますこの人を運んでください!」

「治療士さんどうしたんですか?・・・こいつを運ぶんですか?無駄ですよもう死にかけじゃないですか」


20代であろう男性たちはそんなこと無駄だと言った。


「貴方達は・・・誰のおかげで今命があると思ってるんですかぁぁ!!」

「ちょ!治療士さん落ち着いて!」


この人が・・・魔族を殺してくれなかったら本当に皆殺しになっていたんですよ!?真実を知ろうとせずあまつさえその功労者の命を見捨てるなんて、貴方達の方がこの世界には不要です!

壁に立てかけてあった両手剣を振り上げその動く生ごみに振り下げるが空振りする、剣を躱した若者が抑制の声を挙げるがそんなもの聞く価値もない。


何度も斬りかかるが少女の腕力では両手剣を自由に振ることは出来ず空振りや壁や扉に当たり跳ね返る、部屋から出て廊下で躓いて転がった生ごみに狙いをつけ”次こそ当てる!”殺そうとしたが振り上げた状態で剣が動かなくなった。


「危ないところじゃった・・・むやみに人命を奪うなど治療士の精神に反するのではないかな?」


背後から声が聞こえ岩の様に筋肉が盛り上がった男が剣先をつまんだ状態で立っていた、精神がどうこう言っていたがそんなもの捨ててやる。


「ヒァ・・・助かった・・・このキチガイ女!ぶっこ・・・後で覚えてろよ」


腰が抜けていたのか周りの人の手を借りて立ち上がり暴言を吐き去って行った。

騒ぎに集まった野次馬もそれぞれ持ち場に戻って行った。


「なんでよ・・・私はただ彼を運んでほしかっただけなのに!」

「吾輩でよければ力をお貸ししますぞ?」


・・・え?後ろで上半身に包帯を巻いた状態でポーズを取っている男の人がそう進言した。


「え?はい、お願いします、でもその怪我は」


さっき診察した中では軽い方だがそれでも2週間は動けない傷であるはず・・・


「ワシじゃったら大丈夫ですぞ、頑丈さだけが取り柄ですので!」


包帯を巻いた上からでもわかる筋肉の塊を信じ


「じゃ!彼を向こうの部屋に運んでください、お願いします」

「あい、承知した」


一つだけベットがある仮眠室に彼を寝かせ毎日回復魔法を掛け続けた。

でも6日目まで目を覚ますことが無く生きているのか死んでいるのか分からない状態だった。


翌日彼の手を握ったまま眠ってしまった私は顔を洗いに外に出ようとした時、彼が目覚め上体を起こしていたところを見て思わずガンドさんという冒険者から聞いた名前を口に出していた。

だが彼は首を傾げるだけでまだ眠たそうにしている、また枕に頭を乗せて寝ようといているところに


ドゴーン!


扉を開けず破壊して入ってきた冒険者の方々、まだ傷は完治していないはず・・・!?


「ユータ!大丈夫か?目が覚めたんだな?」


ガンドさんが呼びかけ次々に声を掛けてからかキョトンとして混乱しているようだった。

何度か出て行くようにお願いしたが全く言うことを聞いてくれない。


「まだ安静にしていなくては駄目じゃないですか!?皆さん全員最重症患者なんですよ!?」

いや何でそんなに元気なんですか!?特に前髪が角みたいに出ている人!貴方複雑骨折な上に肺に骨が貫通していたんですよ?何で普通に歩いてるんですか!化け物ですか貴方達!?


ボーっと冒険者たちを見る彼は、ハッと我に返りよく分からないことを言った。


「申し訳ありません、まだ頭が混乱しているようでして・・・お聞きしたいのですがここはどこなのでしょうか?」


これはまだいい、私もこんなとこに村があるなんて知らなかったから。

私達の誰も返事をしないのを見て、


「あ、すいません。何分あまり見たことない場所だったのでどこなのかな~と思っただけです・・」


彼は普段敬語なのだろうか?全く知らない他人のことだけど興味が湧いた。


ここはこの場の代表としてちゃんと伝えなければ!


「ユータさん、貴方は・・・大怪我を負ってここトケカガミ専属の医務施設に入院されておりました。治療の結果一命を取り留め眠り続けていましたが、さっきお目覚めになられましたここまでいいですか?」


頷き返す彼に


「1週間前の惨事で多くの人命が失われました。その中には貴方のお仲間も含まれていました。まだ思い出せないかもしれませんがお伝えしておきます・・・。」



この場に居る誰もが押し黙るが、首を傾げた彼が


「あの・・・仲間って誰です?トケカガミってどこですか?俺は何で怪我したんですか?」


もしかしたらと思い彼の精神を覗き見たのだけど一部の記憶が真っ黒に潰れていた。

予想だと彼の仲間との記憶・・・またはそれ以前のも無くなっているようだ。


後ろから若い男性が彼の腕を乱暴に掴み


「おい・・冗談だろ!?マリー達のこと忘れちまったのか!!」


仲間の名前を言うがそれでもピンと来ていない様子だった、


「静かにしていてください・・・彼はまだ困惑してるんです」


若い綺麗な女性とガンドさんに押さえつけられ静かになるが彼の言葉でまた騒がしくなり


「これはどういうことだ!?彼は助かったんじゃないのか!」


ガンドさん含め数人が威圧してくる・・・息苦しい、空気が吸えない・・・。


「お、落ち着いてください今、説明しますので」


軽く呼吸困難になり肺に空気を行き渡らせしゃがみ彼の目を見る。


「ショックかもしれませんが落ち着いて聞いてください、・・・貴方は今一時的な記憶障害を負っています。分かりやすく言えば・・・記憶喪失でしょうか、ある期間の記憶が飛んで思い出せなくなってしまったんです・・・それ以前の記憶やこれから起きる記憶はそのままで一部だけ抜け落ちているんです。貴方の場合はここ数年・・・でしょうか」


私の推測に過ぎないけれども説明し分かってもらおうとするが


「はい?数年分の記憶喪失?馬鹿な・・車にぶっ飛ばされてそんな不遇な目に遭わなきゃいけないんですか!?俺はただの・・・」


そこで生き詰まったかのように下を向き真顔になった。途中”くるま”という単語が出たが何かの言い回しなのか分からなかったので聞くことは無かったが、彼は何を思ったかベットから降り廊下の方に歩こうとする、そのことに驚き両手を広げ行く手を遮った。


「どこに行こうというのですか!?貴方は絶対安静です!貴方はこの街の英雄なんです!!記憶を失っていてもそれは変わりません・・・」

分かってもらえなかったようで

「なんですか”英雄”って!?適当なこと言って俺を騙そうとしているんですか?何があったか知りませんし出て行ってください・・・親に電話するだけです、電話機を貸してもらいませんか?治療費とか相談しなければいけないですし・・・」


まただ”でんわき”なるモノを使いたいのだろうけれど私にはそれが何なのか分からない、


「貴方がさっきから言ってる”でんわき”とはどんなものですか?そんなものこの施設にはありません」

そう言い終わる前に

「・・・・・んな訳あるか!!小学生でもスマホ持ってるんだぞ?医療施設で電波がどうこういうとこもあるそうだけど固定電話位あるでしょ!?なんですか!?俺が若いからおちょくってるんですか?」



彼は怒りを露わにし、そしてまた”しょうがくせい・すまほ・でんぱ”などの単語を口に出すと、あの時みたいに全身が赤くなっていき空気が震えた。


「な、んだよこれ!・・・火か!水をくれ!早く!」


自分の力にすら怯え火を消そうと床を転がりピタリと動きが止まり立ち上がるが


「チキショウゥゥゥガァァァ!!!!」



彼が叫んだときこの石造りのこの建物の壁に亀裂が入り私は気絶した。



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