出来損ない
意識が途絶えていた時間は数秒はたまた数分かあるいはもっとか・・・一瞬夢ならよかったと思ったが体の痛みと町の方に飛び去る2つの影に意識が覚醒する。
魔族ヤツラをこのまま往かせる訳にはいかないそんなことをすれば街が・・・あいつ等が死ぬ。俺の身勝手に巻き込まれて、
今まで一度も思ったことのない神の加護というものに頼れるのなら・・・、
「・・・俺をこの世界に呼んだ神よ、天使でも精霊でも・・・もう邪神でもいい。俺に力をくれ・・あの魔族を殺せるだけの力を!」
血が滴るまで強く両拳を握りしめ地面に打ち付ける・・・が、子供の頃夢見た様に力が漲るようなことは無かった。
「何故だ!なぜ・・・こんなにも俺は戦ったのに、自分の好きな奴の1人も守れねぇんだ!!」
誰に対する怒りでもないただ己に向かって言った絶望だ。
頭も口も動く・・・それなら体も動くはずだ!
「動け!動け!動け!・・・俺の体だろ、俺の命令を聞けぇ!!」
右手・右足・左手・左足・上半身・下半身で立ち上がり進みそのまま正門を抜け街に入るが
今一番見たくない光景が目前に広まる、涙が頬を濡らが自分では気づかない。
「何故だ・・・逃げろと言っただろう・・・なぜここに居る?」
血に塗れ何故か満足そうな顔をした仲間たちの体が横たわっていた、その名前をポツポツと呼ぶ
「マリー・ガッツ・ダル・カク・・・起きろよ、お前らこんなところで寝てたら死ぬぞ!早く上に・・」
こうなっている意味は分かっていた、分かっていたが理解したくなかった。「誰が・・・」顔を上げ前を見る・・・もう分かる考えるまでもない向こうにその正体が居る。
「キサァマァラァァァ!!!」
この状況を作り上げた2つの元凶が道の真ん中に立っていた。
「あれ?凄いね、よくここまで歩いてこれたね?」
「もうー、うるさいなー雑魚が次から次へと・・・もう死ね!」
力も入らない走ることも出来ない手足で近寄りイランに吹き飛ばされマリー達の隣で止まる。
満足そうな綺麗なままの顔が映り決めた、俺もここで死ぬ。
再び立ち上がり仲間にシールドを施す、どこまで効果があるか分からないが綺麗なままであの世に行きたいだろうし。
「お前らがマリーを殺したんだろ・・・そうだなそうだろ?悪魔ってのはいつも人から大切なモノを奪っていきやがる、俺は他の奴らと違ってそういうものが少なかったんだ・・・なぜだか分かるか?どうせ出来てもすぐダメになるのを知っているからだ。小中はずっと一人で高校でやっと友達が出来たが大学でまたボッチになった、そういうものの作り方も知らないし治しかたも知らない・・・一度壊れてしまえばそれで最後だ。でも今度はちゃんと守って行こうとしたんだ、この世界に来てたった数年間だが一緒に学び一緒に戦い一緒に寝た、俺はこいつ等ならどうにかやって行けると信じたんだ!・・・でもそれも今終わった、貴様らのせいでな・・・だからこの命に代えてでもお前らを殺す!八つ裂きにしてやる!!」
そうだ俺にはこいつらしか居なかったんだ、それが無くなった以上、生いきることにこだわることは無い。
「今更戯言を・・・ゴミはゴミらしく、平伏していればいいものを」
イランの方が蔑んだ目で憐れむ、
ハッハハ・・・ゴミはどっちか教えてやる!
この世界に来て2度目の咆哮どごうと5倍の強化を身に纏った
「神よ!俺の魂いのちを喰らえそしてその対価を少しで良い!この俺に寄こせ!!!」
その時大気と大地が僅かに震え、莫大な黄と赤が入り混じった気を放出しながら俺は祈った
「なんだよ!この力は・・・は!まさか勇者がもう一人居たのか!?」
「お兄様ここは一旦引ましょう!?」
尋常ではない力の発し方を見た2体は顔を合わせ頷き
魔族の兄妹は空に飛びあがり南の方向に飛び去ろうとしたのだろうが先回りしていたモノが1人。
「ニガサナイ・・・絶対に殺す」
理性など全部飛んでいるようなものだが・・・執念で体を動かす
立ち塞がった人間を左右に避けるように飛び去ろうとするが、進んだ方向で姿を現しフェイント掛けて飛んだ方向に居た時・わざと急降下急上昇を繰り返し撒こうとしたようだがすべて先回りされ、イラついた片方が黒の魔法弾を複数投擲するがそれは目標スレスレで意思を持ったように躱していく、別に避けてないそこに盾でもあるかの様に左右に分かれ地面に着弾しそこを大きく抉る。
何か力が働いていると考えた2体は遠距離でなく近距離の戦法に変えた
だが特に面白く攻撃する訳でも無く大振りで2体同時に仕掛けて来たがどれも避けるに値せず、正面で受けきると驚愕の表情で俺を見ていた。
顔・腕・腹・腰・太もも・肩・胸の下・首。
全身そこら中に打撃が当たるが強化とアドレナリン?のせいでほとんど感覚が無く魔族が焦っている表情が良く見える。
「「ば、化け物!」」
揃ってそう言うが
「違う、俺は勇者だ、出来損ないだがな?もういいだろ・・・死ねよ」
形勢が逆転し情なども皆無の今、最後の言葉のみが本心だ
兄妹の発言を訂正し片方の顔面を殴り気砲で腹に風穴を開け飛ばし、もう片方の鳩尾に拳けんをめり込ませサンドバックにし手加減など一切なしで壊した。
墜落したもう一方のモノの球あたまを踏みつけ暴れるがそのまま潰す、中身が飛び散り体を引き付かせ止まる、それを執念に引き裂き四肢を捥ぎ取りミンチにする。
それに飽きもう一つの死体を見つけようと歩くが、それ以上は何もかもが限界だった。
頭も体も心も思いも。
動かなくなった体を笑いながら視界の端に映るマリー達に笑いかけ指を伸ばし
「・・・俺もそっちに行くよ」
(まだ貴方の死を許しません・・・)
でも最後に聞こえたのはあの神の声だった。
俺は”目を覚ました”どこかのベッドで寝ていた。
頭がボーっとして何も考えられない、しばらくそのままで居たが上半身を起こし周りを見る、殺風景な部屋だ窓から日が差し込み明るいが物が無い、絵が1枚だけと机とその上に白い花が花瓶から顔を出している。
「・・・さん」
誰かに名前を呼ばれた気がした。
声のした方向には白衣を着た女性が立っていた、何度か名前を呼んでいたようだったがその名前が聞き取れない、これは夢か?それなら早く覚めてほしい・・・。
そうしてまた瞼を閉じようとした時、木か土か何かを突き破ったような音が聞こえ
「ユータ!大丈夫か!?目が覚めたんだな!?」
とても騒がしい感じになっていた。
この人は・・・誰だっけ?初老位の男性とまだ若いカップルと変わった格好をした人達がなだれ込んできた。
白衣を着た女性がアセアセと歩き、口をパクパクさせパニックになっているようだった。
何人かが俺の方に向かって
「生きてた・・・さん」「おい、返事位しろ・・・」とか抱き合って喜んでいる人もいた、口は動いていたが聞こえないことが何度かあった。
ある程度落ち着いたのか白衣の女性は入ってきた人達に
「まだ安静にしていなくては駄目じゃないですか!?皆さん全員最重症患者なんですよ!?」
ああ・・名前以外の言葉は分かるのか・・・、にしてもここはどこだ?後・・・”俺は誰だ”?
疑問を解決させるために何故か痛む体を横に向け入ってきた人達と顔を合わせ驚く・・・あれ?この人達髪の色が凄いな、白・金や赤ならまだ分かるけど青・黒の混ざった黄色・青と茶のシマシマ・黒に近い青のリーゼント・・・どっかのイベントに来ていたのか?
マジマジと顔を見るからか不機嫌・不安な顔になる人達。
あんまりジーッと見ていたら悪いかな・・・それじゃ
「申し訳ありません、まだ頭が混乱しているようでして・・・お聞きしたいのですがここはどこなのでしょうか?」
うん、出来るだけ丁寧に話せたはずだ・・・”人と話すのは何か月振りかな”家族以外とほとんど話さないから丁寧な言葉を忘れかけたよ・・・。
ベッドの周りを囲んでいた人達が一斉に顔を顰めた。
・・・・おかしいな変な言葉使ったかな?なら謝らないと
「あ、すいません。何分あまり見たことない場所だったのでどこなのかな~と思っただけです・・」
・・・また変な空気になった、俺・・何かおかしなこと言った?正直に話しただけなんだけど・・。
「ユータさん、貴方は・・・大怪我を負ってここトケカガミ専属の医務施設に入院されておりました。治療の結果一命を取り留め眠り続けていましたが、さっきお目覚めになられましたここまでいいですか?」
優しく丁寧に・・・俺の名前はユータか微妙にしっくり来ないけどそんなんだった気もする。
大怪我って車にはねられたとかかな?いったい何をしていたんだ?トケカガミなんて聞いたことない地名だし人名だ。
記憶を呼び起こそうとするが何も分からない、とりあえず頷いておこう。
「1週間前の惨事で多くの人命が失われました。その中には貴方のお仲間も含まれていました。まだ思い出せないかもしれませんがお伝えしておきます・・・。」
暗い表情でそう話す、周りの人達まで同じような雰囲気だ。
2,3気になることがあった、それを聞くことにした。
「あの・・・仲間って誰です?トケカガミってどこですか?俺は何で怪我したんですか?」
まだ言いたいことはあった、治療費とか親のこと・1週間かそれだけINしてなかったら追放されてるかな・・・ずっとやっていたゲームのことが最後に出て来た。
下を向いて悩んでいたが
「おい・・冗談だろ!?マリー達のこと忘れちまったのか!!」
いきなり怒鳴られてその方向を見るとカップルの男の方が彼女と初老の男性に抑えられ怖い顔をしていた。
「静かにしていてください・・・彼はまだ困惑してるんです」
白衣の女性が静かにだけど強く言葉を発したが
「マリー達?俺は外国人の友達なんか居ない筈なんですが・・・」
思ったことをそのまま口に出し違和感を覚える、マリー・・・マリー・・・何か引っかかるが思い出せないが、同年来ですらまともに会話できない俺が外国人と話せるわけない。
何人かが顔を合わせ白衣の人に詰めかかり
「これはどういうことだ!?彼は助かったんじゃないのか!」などと怪我人なのに凄い迫力だ。
白衣の女性はその人達に「説明しますから落ち着いて下さい」と言ったあと俺に向かい直し目線を落とし、俺と同じ位か少し低い位に持って行き
「ショックかもしれませんが落ち着いて聞いてください、・・・貴方は今一時的な記憶障害を負っています。分かりやすく言えば・・・記憶喪失でしょうか、ある期間の記憶が飛んで思い出せなくなってしまったんです・・・それ以前の記憶やこれから起きる記憶はそのままで一部だけ抜け落ちているんです。貴方の場合はここ数年・・・でしょうか」
「はい?数年分の記憶喪失?馬鹿な・・車にぶっ飛ばされてそんな不遇な目に遭わなきゃいけないんですか!?俺はただの・・・」
気分が高まって口が早まり詰まった、実家で寝てゲームしてたまに手伝いして・・・人と関わり持たず引き籠って・・・引きこもりか・・・そうだな引きこもりは家に居ないとここは場違いだ。
そう思いベッドから立ち上がり外に出ようとするが
「どこに行こうというのですか!?貴方は絶対安静です!貴方はこの街の英雄なんです!!記憶を失っていてもそれは変わりません・・・」
両手を広げ何故か泣く女性、その言葉にイラッとくる。
「なんですか”英雄”って!?適当なこと言って俺を騙そうとしているんですか?何があったか知りませんし出て行ってください・・・親に電話するだけです、電話機を貸してもらいませんか?治療費とか相談しなければいけないですし・・・」
一週間で幾ら取られるんだろう?それ以前に大怪我って言ってたな・・・貯金で足りるだろうか?
一向に退こうとしないし場所も教えてくれない。
「貴方がさっきから言ってる”でんわき”とはどんなものですか?そんなものこの施設にはありません」
意味が分からない、さっきから訳の分からない事ばっかり・・・!
「・・・・・んな訳あるか!!小学生でもスマホ持ってるんだぞ?医療施設で電波がどうこういうとこもあるそうだけど固定電話位あるでしょ!?なんですか!?俺が若いからおちょくってるんですか?」
声を荒げ足を踏み鳴らした、すると手に赤い湯気オーラが上がっているのが見えた、それはだんだん濃く広く広がっていき、足に胸に腹に目に移っていく
「なんだよこれ!・・・火か!水をくれ早く!」
熱い訳でも無いのにもがく・苦しい訳でも無いのに叫ぶ・悲しい訳でも無いのに泣く、頭が脳が痛い。
痛みは無いがどこかがおかしい
見た覚えもない場面・聞いたことのないはずの声・忘れる訳無い笑顔
最後に見た記憶・悪魔の姿・仲間の姿
「チキショウゥゥゥガァァァ!!!」
叫んだせいで壁に亀裂が入り花瓶が割れ・叫んだせいで人が倒れ・叫んだせいで気がすべて放出され、糸の切れた人形の様に床に倒れた