5 天狐と契約をしました
これからどうしようか考えていると、影の中からクリンが話しかけてきた。
「ねえ、サクラ兄ちゃん、東の平原に行ってもらえるかな。父ちゃんが会いたいらしんだ」
「父ちゃんって九尾の狐のことか。」
「正確に言うと違うよ。父ちゃんは天狐だよ。狐族で一番偉いんだよ。」
クリンは自慢げにそう言ってくる。天狐は狐の妖怪の最上位だったはずだ。すさまじい神通力を持ち、その力は神に匹敵したはずだ。
「そうか。お父さんはすごいんだな。」
「うん」
「東の平原のどこに行けばいいんだ?」
「東の門のところに案内の狐がいるって」
「わかった。行こうか。」
この街は高い壁に囲われて、東西南北に門があるそうだ。モンスターの侵入を防ぐためだ。東の門に着くと門番に声を掛けられた。
「外に出るのかい?」
「はい、ちょっと用事がありまして」
「用事?この先は狐の住み家しかないぞ」
天狐に呼ばれた、と言って良いのだろうか。ハヤトは何も言っていなかったし大丈夫か、などと考えていると、門の外から一人の老紳士がやってきた。
「彼は我らが主、天狐様のお客様です。」
その言葉に門番の顔色が変わる。恐怖ではなく、畏敬の念が見てとれる。
「おい。事情はよく分からんが天狐様に失礼のないようにな。この街は天狐様に守られているんだからな。出街手続きをするから身分証を出してくれ。」
どうやら、天狐は街の守護者のようだ。俺は身分証を門に設置されていた水晶にかざすと水晶が光る。
「よし、これで出街手続きは終わりだ。ん?お前、昨日来たばかりの転移者だな。街の門は夜7時から朝6時まで閉まっているから気をつけろよ。」
俺が門の外に出ると老紳士が話しかけてきた。
「ご主人様がお待ちです。どうぞこちらに。」
彼は俺を先導して歩き出した。老紳士は黒のスーツに身を包み、背筋をピンと伸ばしている。言葉遣いは丁寧だが、ちょっと無機質な感じもする。良くも悪くも執事、という感じである。
「じいや、父ちゃんどこで待ってるの?。」
「クリン様、すぐそこですよ。」
いつの間にか俺の影からクリンはでてきていた。老紳士はクリンに微笑みかけながら言った。まるで孫と遊ぶ老人のようだ。何とも微笑ましい光景だ。
「着きました。」
門を出て、5分ほど歩いたところで、老紳士が話しかけてきた。あたりを見渡しても天狐の姿は見えない。
「どこにいるんだ?」
俺が尋ねると老紳士は笑いながら答えた。
「目の前でございます。騒ぎにならぬように見えないようにしております。」
(そういえば、長く生きた狐は変幻したり、幻をみせる能力があると言われている。たぶんそのためだろう。)
などと勝手に納得していると、辺りが突然暗くなった。同時に物凄いプレッシャーのような物が襲ってくる。かといって、敵意があるような感じでもない。どちらかというと、懐かしさすら感じる。
「人間。よく来たな。」
突然、重く低い声が響き渡る。それと同時に目の前に目の前に大狐が現れる。天狐だ。
天狐は俺をじっと見つめてくる。クリンは俺に体を寄せて尻尾を振っている。いつの間にかえらくなついたもんだ。それにしても、要件は何なのだろうか。黙ってなくて、何か言ってほしい。
「要件は何ですか?」
堪りかねて俺の方から口を開く。
「すまんな。息子を預ける相手をきちんと見ておきたかっただけだ。どうやら、問題ないようだ。息子もずいぶんなついているようだ。」
「サクラ兄ちゃんは最高だよ。」
クリンが尻尾をブンブン振っている。俺、こいつに何か気にいられることをさたかな?
「そうだ。息子のことを頼む、ってどういうことですか?あと、狐の加護って何なんですか?」
「狐族は成人の儀として1年群れの外にでる習わしがあるのだ。そこにお前が現れた、っというわけだ。」
「いきなり現れた俺に加護を与え、息子を預けるのは無用心じゃないですか?」
「確かにその通りだ。お前の言うとおりならだ。」
「それならば、どうしてですか。」
「・・・お前の加護だが、確かに我の加護だ。我の魔力で作られている。たが、我は俺に加護を与えた記憶はない。」
「どういうことです?」
「言ったとおりだ。」
訳が分からない。まるで禅問答だ。
「我にもよくわからんのだが、お前がこの世界に転移してきた時、すでに我の加護を持っていた。勘違いかとも思ったが間違いないようだ。」
どういうことだ?俺は転移する前に目の前の天狐とあったことがあるということか?
「申し訳ないが俺もあなたと会った記憶はないです。」
「そうか。」
天狐はそういうと目を瞑った。クリンは俺の足元で寝息を立てている。暇だったのだろう。
「サクラと言ったな。いくつか聞きたいことがある。」
「何ですか?」
「お前はどこから来た?」
「日本という国です。」
「日本?知らんな。それでは、陸奥国は知っているか?」
「ああ、日本の東北地方の昔の呼び名ですね。」
「我はそこで生まれた。我もこの世界に転移して来た。500年程前の話だ。」
500年前だと戦国時代か。あまり詳しくないな。それにしても、天狐も日本から来ていたとは。
「この世界の神獣、魔獣と呼ばれる物のほとんどか異世界からている。お前が昨日見た大狼も異世界から来ている。」
どうやらこの世界では異世界からの転移はそれほど珍しいことではないようだ。人以外の転移が多いようだが。
「さて、話しが少しそれたが、息子の面倒を見てくれるだろうか?」
クリンは俺の足元で安心して眠っている。
「もし、面倒を見てくれるなら、お前に追加の加護も与えよう。もちろん断っても、今の加護を取り上げるようなことはしない。」
うーん。どうしようか。この世界に来たばかりで自分の生活すら危ういかもしれない。その状態で他人の面倒など見れるのだろうか?
「サクラ様。クリン様はこの世界の常識を一通り学び、戦闘訓練も受けております。お連れになっても、それほど迷惑は掛からないと思います。」
今まで後に控えていた老紳士が助言をくれた。自分の話題になったのに気づいたのか、クリンは目を覚まし、欠伸をしながら俺を見上げてくる。トロンとした目がかわいい。これは断れない。
「わかりました。お受けします。」
俺がそう答えると、天狐の周りから白い靄のようなものが立ち上る。そして俺の足元に魔方陣が現れ、白い光が俺とクリンを包み込む。とても暖かい光だ。なにか懐かしい気もする。しはらくすると、光は収束し、一筋の線になったあと消えてなくなった。
「狐族の長、天狐の名において契約はなされた。」
天狐の低い声が響き渡った。