3 狐憑きって何ですか
彼の提案は魅力的なものだ。彼が真実を語っているならだ。そうでないなら、騙されて大変なことになる可能性もある。せっかく考える時間をくれるなら使うべきだ。
「すみませんが、少し考える時間をください。外に出ていいですか。」
「ああ、もちろんだ。護衛は必要かい。」
「危険なんですか。」
「いや、そこまで危険はないと思うが念のためだ。あと、文化の違いもあるしな。トラブルになる可能性もないことはない。まあ、護衛というより何かあった時の手伝いみたいなものだ。」
確かにそうだ。地球上でも海外に行くと文化・法律の違いで捕まることもある。ここは異世界だ。その可能性は海外よりも高いはずだ。
「そうですね。それではお願いします。」
「そうだ、一つ聞き忘れていた。君も白い光に包まれてこっちの世界に来ただろう。」
「はい、そうです。」
「転移してきたとき、周りに何かいなかったかい?具体的に言うと、魔獣や怪物だ。」
周りにいたのは大狐や大狼か。確かにあれは怪物だな。思い出しただけでも冷や汗が出てくる。
「どうやら、転移してきたときに何か見たようだね。」
「ええ、巨大な9つの尾をもつ狐とフェンリルと呼ばれた大きな狼です。」
「九尾の狐と大狼か。その2体は既に確認されているな。他にいなかったかい?」
「他ですか?・・・そういえば、数メートルくらいの狼が数匹いました。」
「そうか。今回は狼か。ありがとう。」
何を確認しているのだろうか。今回は狼?どういうことだろう。
「何を確認したんですか?」
「ああ、あの光を俺たちは召喚の光と呼んでいるんだが、あの光で転移してくるのはたいてい魔獣か怪物なんだ。君が見た九尾の狐は500年ほど前から、大狼は400年ほど前にこちらの世界に転移してきた怪物だ。」
「あれも地球から来たというんですか。あんな生物地球にはいませんよ。」
「それは知っている。他の転移者から聞いている。だが、物語上では九尾の妖狐、北欧神話の大狼というのが存在するだろう。他にもリヴァイアサンという海龍や吸血鬼とかいうアンデットも確認されている。」
「・・・確かに空想の生物としてはいますね。そういことなら、俺が転移するとき、狼を祭った祠の横に居たんで、今回転移したのはその狼ですね。」
「貴重な情報をありがとう。」
「そろそろここを出てもいいですか。他の人の話も聞きたいので。」
「ああ、もうちょっと待ってくれ。もうすぐ君の身分証が出来上がる。」
「身分証ですか。」
「ああ、悪いが勝手に作らせてもらった。これがないといろいろと面倒なんだ。」
「はあ。」
まもなく、身分証が運ばれてきた。名刺サイズの白い金属製の板だ。中央には赤い宝石のようなものが埋め込まれている。
「これが君の身分証だ。普段使うときは赤い部分をかざせばいい。まあ、使えばすぐにわかる。そして、登録されている内容を確かめるときは掌の上に載せて「ステータスオープン」と言えば、見ることができる。透明の板のようなものが現れ、ステータスを見ることができる。」
まるでゲームの世界のようだ。おそらく魔法によって作られたアイテムだろう。俺は身分証を掌に載せると「ステータスオープン」と呟く。すると、身分証の上に透明の板のようなものが現れる。おそらくここに俺のステータスが書かれているのだろう。
相川桜
職業 無職
所属 なし
賞罰 なし
その他 転移者 狐の加護 狐憑き
所持金 0
狐の加護、狐憑き?なんだこれは。
「ハヤトさん。狐の加護、と狐憑きって何ですか。」
「狐の加護?狐憑き?ちょっと見せてくれ。」
彼は俺のステータスをのぞき込むと納得した顔をする。何かわかったのだろうか。
「これはおそらく九尾の狐の力だな。」
「九尾の狐?」
「気づいてないかもしれないが、君は今、何語をしゃべっている?」
そういえば、今まで気にならなかったが、俺は日本語をしゃべっているつもりだった。もちろん、この世界の言葉はしゃべれない。どうして会話が成立しているんだ?
「気がついたか。お前はこの世界の言葉をしゃべっているんだ。最初、君がこの世界の言葉をしゃべっているのを聞いて、びっくりしたよ。服装は転移者なのに言葉はこちらの世界の言葉だったからな。まあ、よく聞くと魔力で翻訳されているのがわかったんで転移者だと確信できたんだがな。おそらく加護によるものだと思う。」
「害はないんですかね。」
「わからん。今までに前例がないからな。知りたければ、直接聞くしかないな。九尾の狐はこの街から東に行った平原とその横の森がテリトリーだ。行けば会えるかもしれんな。」
そんな無茶な。あの怪物とあって、無事でいられるはずがない。いや、だが九尾の狐と大狼の戦いの余波から守ってくれたのは九尾の狐だったのかもしれない。それなら、今更殺すようなことはしないだろうが、命を懸けるには情報が少なすぎる。
「で、狐憑きとは?」
「それはボクのことだと思うよ。」
突然、自分の影から少年の声が聞こえてきた。すると突然、影が勝手に動き出す。そして、そこから何か出びだしてきた。一匹の子狐である。全長は60センチメートルにも満たない。黄金色のフサフサとした毛。もこもこした尻尾。そしてキラキラした愛くるしい目。ペットショップで売られていたら、客が全員そこで一度は立ち止まるくらいにかわいい。守ってあげたくなるオーラを発している。
「ボクの名前はクリン。父さんの命令で君についてきたんだ。詳しい理由は教えてくれなかったけど、君を手助けするように言われたんだ。ボクが付いてきたから狐憑きになったんだと思うよ。」
子狐は自信満々に言った。そして俺にに手紙を渡す。俺は手紙を見ると一行だけ書かれていた。
加護を与えるので、息子のことを頼む
これはどういう意味だろうか?加護を与える代わりに息子の面倒を見れ、ということか?ハヤトの方を向くと首を横に振っている。どうやら分からないようだ。クリンに聞いても、首を傾げている。
「おい、クリン。だいたい加護って何なんだ?」
「加護は加護だよ。」
これ以上聞いても無駄か。どうしたらいいのだろうか。とりあえず、これも保留にして外で情報収集をするか。ここでいくら悩んでいてもいい考えはでないだろう。
「おい、クリン。俺は外に行くけどお前はどうする?」
「ボクもついて行く。」
クリンはそういうと俺の影の中に入っていく。よろしくね。という声が頭の中に響いてくる。
「ハヤト。悪いがちょっと外を見てきます。」
「ああ、存分に情報収集してくるといい。一応、俺が離れてついていく。何かトラブルになったら助けれるようにしておくから。あと、金を少し持っておいた方がいいだろう。身分証に入れておこう。」
そう言うとハヤトは俺の身分証に自分の身分証を重ねると「1000ゴールド引き渡し」という。すると、身分証が光った。1000ゴールドがチャージされたのだろう。この世界はキャッシュレス化しているようだ。こうして俺は異世界の街を探索することになった。