12 初心者講習始まる
ベルクさんの指導が始まって1週間がたった。俺の体力は大分ましになり剣も振れるようになっていた。この1週間、午前中は素振り、午後は薬草探しと魔法の訓練をずっとしていた。それでも、この成長速度は絶対におかしい。「1週間で体力が増えるなんて絶対にあり得ない」と思い、支援協会のハヤトさんに相談してみた。
「これって成長チートですかね?」
「チートって何ですか?」
ハヤトさんは首をかしげている。どうやら、この世界にはチートという言葉はないようだ。あれ、チートってどう説明すればいいんだ?
「普通の人より成長が速くないですか?」
俺はチートの説明を諦め、言い直した。
「ああ、そういうことか。転移者はこの世界では成長が速くなるみたいだね。転移者は皆、そう言うけど、俺たちから見ると普通なんだよ。理由は判ってないけど、こっちの世界に来たから速くなるみたいだね。」
「そうですか。」
どうやら、チートではなかったようだ。残念。ちょっと期待してたんだが。
「サクラ君。今日の午後は初心者講習なので参加してくださいね。」
朝、ギルドに行くとレイラさんがいきなりそう言った。
「今日からですか?」
「ごめんなさい。伝えるのを忘れてたの。大丈夫?」
「大丈夫ですが、次からはもっと早く言ってくださいね。」
「ごめん、ごめん。ちなみに講習は今日から三日間ね。」
「わかりました。」
俺はそう答えると、ベルクさんの待つ訓練所に向かった。
今日の訓練もやっぱり素振りだった。訓練が終わるとフランが話しかけてきた。
「サクラお兄さん、初心者講習に参加されるんですよね。」
「ああ、そうだけど。」
「私たちも参加するので一緒に行きましょう。」
フランはそう言うと俺の手を取り歩き出した。シークが後からそれを不機嫌そうに見ていた。
本日の初心者講習はギルド2階の会議室で行われるそうだ。俺たちは会議室に行くと他に2名の参加者がすでに来ていた。二人とも俺より若いな。10代前半ぐらいだろうか。20過ぎてから冒険者になる人は少ないのだろう。結局、参加者はこの5名だけだった。初心者講習は人気はないのだろう。
本日の講師がやってくると、講義が始まった。過去の冒険者の失敗談とその対処法が語られていく。中には「そんなとこでつまずくのか?」という失敗談もあった。フランは熱心に聞いていたが、シークは・・・居眠りをしていた。他の二人も必死に眠気と戦っているようだった。俺は初めて聞くことがほとんどであったので、眠くなることはなかった。クリンは俺の足元でぐっすり寝ていた。
「ぐっすり眠っていたな。」
講師がシークの頭を叩いて起こす。
「いて。」
シークが驚いて目を覚ます。フランは呆れ、二人の冒険者は笑っていた。
「次の講習は重要だから寝るなよ。」
講師はそう言うと出て行った。
次の講師は、ギルドの解体士だった。いつも俺のウサギを解体してくれる人だ。
「解体の重要性を知らない冒険者は多い。獲物は仕留めてすぐに解体した方がいい場合が多い。例えば、ウサギを仕留めてそのまま買取りの場合は一匹100ゴールドが相場だ。ところが、解体をしたものだと200ゴールドになる。これは解体の手数料の他に肉の味が変わってくるからだ。」
そう言って俺の方を見る。そんなに見つめられても俺は解体できないのだが・・・。
「後は、モンスターの倒し方が買取価格に関わってくることがある。以前、エメラルドタートルの買取りを断ったことがある。」
周りからどよめきが起こる。よっぽど有名なモンスターなのだろうか。俺が困惑していると「甲羅が堅くて魔法が利きにくいので防具の材料として重宝されえいます。」とフランが小声で教えてくれる。
「そのエメラルドタートルを持ってきた冒険者はハンマー使いでハンマーで甲羅を叩き割って倒していた。甲羅の破損が酷かったため、買い取ることができなかった。」
それは確かにその冒険者がバカだ、と思っていると周りからまたどよめきが起こる。
「エメラルドタートルの甲羅をハンマーで割った?嘘だろ」
・・・どうやら倒し方にびっくりしているようだ。
他にもいくつかの実例を挙げたあと、簡単な解体の仕方を学んで一日目は終了となった。それにしても、いい授業だった。
次の日の講習は状態異常とその対応についてだった。
「状態異常で多いのは毒です。油断して死亡された方もいるので気を付けて下さい。一人で冒険される方にとっては麻痺や眠りは即死に近い状態異常です。できれば、一人で活動するのは控えた方がいいです。」
講習が進んでいく。確かに、一人で冒険者になるのは危険だが、俺とパーティーを組んでくれる人がいるだろうか?冒険者初心者はみんな10代のようだ。歳の離れた俺と組む人なんかいるのか?そう思って俯くと、クリンが気持ちよさそうに眠っていた。「そうか。少なくともお前が居たな。」そう思うと少し心が救われるのであった。
「明日の講習は朝から行いますので、気を付けてください。」
最後に講師はそう言って部屋を出ていった。明日は朝から?初耳なんだが。
「フラン、知ってた?」
「えっ。サクラお兄さん聞いていないんですか。明日はお父さんが講師で森にモンスターの討伐しにいくですよ。」
「そうなの?」
「なんだ、兄ちゃんビビったのか?だらしねえ。」
目を覚ましたシークが挑発してくる。俺はシークを無視することにした。今は構っている気分でない。
「フラン、明日は何か用意した方がいいのかな?」
「特に聞いていませんが、父さんが下にいるので聞きにいきましょうか。」
ベルクさんが下にいるなら本人に聞いた方が早いな。俺はフランとシークと一緒に下に降りて行った。
ベルクさんはレイラさんと話し込んでいた。
「父さん、講習終わりました。」
フランが話しかけると、ベルクさんはレイラさんと話すのやめてこちらにやってきた。
「ベルクさん、すみません。明日の講習なんですが、何か用意した方がいいんですか?」
「ああ、武器だけでいいぞ。他の参加者にはそう言ってある。」
武器・・・。木剣か。あれでいいのかな?他に持ってないしいいか。
「それでは明日、よろしくお願いします。」
そういうと、ギルドを後にした。
次の日の朝、ギルドに行くと二人の若い冒険者に話しかけられた。初心者講習を受けていた二人だ。
「あの、初心者講習を受けていた方ですよね。俺、ラックといいます。」
「僕はハンソンです。ちょっとお聞きしたいんですが、ベルク様とお知り合いなんですか?昨日、ベルク様とお話しているのを見かけて。」
ベルク様?・・・そういえば、レイラさんがベルクさんのことを剣王とか言っていたな。それでか。俺は自分が転移者で剣の指導を受けていることを伝えた。
「いいな。ベルク様直接の指導か。」
・・・・・・あの指導がうらやましいのか。延々と素振りをしているだけなんだが。
「それはそうとサクラさん転移者だったんですね。ちょっと不思議だったんですよ。サクラさんぐらいの年齢の方が初心者講習を受けられているのが。」
やっぱり、20代での冒険者デビューは遅いようだ。
しばらくして、ベルクさんとフランとシークがやってきた。
「全員そろっているな。今日の実習は東の森でレッドリザード討伐だ。」
レッドリザード討伐?確か初心者卒業用のモンスターと言っていたような。俺、一週間素振りしかしてないんですが・・・。不安なのは俺だけのようだ。他の四人は平然と聞いている。
「質問がなければ、それぞれ自己紹介しろ。」
「俺はシーク。ベルク師匠の弟子だ。武器は大剣だ。レッドリザードの討伐経験はある。」
シークはそう言うと大きな大剣を周りに見せた。「ベルク様の弟子なんだ」という小声が聞こえる。
「私はフランといいます。ベルクの娘です。武器は長剣です。レッドリザードの討伐は未経験です。」
フランも自分の剣を周りに見せる。「ベルク様の娘!」という小声がまたも聞こえる。
「俺はラックです。武器は槍です。モンスターは戦ったことはないです。ふだんはイノシシとかを狩ってました。」
彼は武器を見せなかった。別に見せなくてもいいようだ。
「僕はハンソンです。武器は弓です。いつもはラックといっしょに動物を狩ってます。」
おどおどした表情で自己紹介をする。ついに俺の番か。
「ボク、クリン。さくら兄ちゃんの従魔だよ。よろしく。」
クリンが割り込んできた。さも当然のように自己紹介をした。今度こそ俺の番だな。
「俺はサクラだ。武器は木剣だ。戦闘経験はほとんどない。ウサギぐらいだ。」
これで良かったのだろうか。ラックとハンソンの方を見ると不思議そうな顔をしている。
「すみません、サクラさん。今、武器はなんていいました?」
俺が木剣を見せると二人は固まる。
「これでモンスターと戦うんですか?」
やっぱり、この世界でも木剣でモンスターと戦うのは無謀のようだ。俺、大丈夫なのだろうか。
「心配ない。サクラの実力なら十分勝てる。」
ベルクさんが横から口を出す。「それなら大丈夫」、と二人は安心するが、俺は全く安心できないんですが・・・。不安の中、俺たちは街を出発した。




