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セカイ ノ コトワリ  作者: 冬ノゆうき
8/35

to_date('2028/05/04 14:10:04') location = '兵庫県 生野市近郊';

 ガタンゴトーン――ガタンゴトーン――


 ん……


 ガタンゴトーン――ガタンゴトーン――

 ガタンゴトーン――ガタンゴトーン――


 一定の間隔で心地よい音と振動が身体に伝わってくる。

 そんな規則正しい振動の中にも、たまに強めの振動が発生して身体を揺らされる事がある。その所為でだろう。オレは深い眠りから頭の片隅が覚醒し始めた。

 えっと……この音ってなんだっけ?


 ……あ……そうだ。

 汽車の走る音だ。


 半分眠った頭で、現状を思い出してみる。

 昨夜、浴場で玉藻が話していたように、新しい任務を言い渡された九尾ノ小隊は汽車を利用して目的地である姫路北部の中国山地方面へと向かっていた。

 玉藻が言うように統合自衛隊には長距離移動手段が乏しい。そんな現状において、国鉄や民間の汽車を利用して現地に移動する事は珍しい事じゃない。特に1個小隊ぐらいなら他の客に混じって切符を購入して乗車する。

 今も車両内にはオレたち以外にも客がいるはずだ。でもさっきまで完全に寝ていたオレには他の客がいるかどうかはわからない。

 目を開けてみればいいのだけど、春のポカポカ陽気に満たされた車内に小気味の良いレールを走る音。さらに誰の肩かはわからないが、頭を完全に預けた状態の今の姿勢――――相手には悪いけど、とても心地よい状態だった。


 ――――いや、何か肩口に尖ったモノが刺さって痛い。

 頭ごと身体を預けている左半身は快適なのだが、右半身には、別の誰かがオレの方に寄りかかってきている。

 オレの右に座っていたのは誰だっけ…………と思い出すまでもない。これはミライだ。頭の先から尖ったモノを生やしているのはミライだけだ。

 ミライのツノがオレの右腕の付け根に押しつけられてズキズキする。

 よくこんな状態でオレは寝ていられたな……いや違うか。この痛みの所為で目が覚めたのか?

 ただ確かに腕の痛みもあるけど、ミライの身体の温もりと化粧や香水とは異なる微かに薫ってくるミライの匂い(そもそも化粧や香水の類いをミライがつけているのを見たことがない)のおかげで安眠できてたのかもしれない。

 ミライの匂いには何か少しホッとさせられる成分がある。なんと言うか、人工的に作られた香りではなく、お日様の光を浴びた布団や若草の草原に顔を埋めた時に感じる香ばしい自然が創りだした匂いをいつもさせている。

 ――――って、何をオレはミライの体臭を得意げに語っているんだ。

 変態かオレは……

 軽く自己嫌悪に陥りながらも、やっぱり気持ちよかったのは確かなわけで。正直もう一眠りしたいところだ――――が、右腕がズキズキ痛む。

 ……しかたない。ミライ退かすために一旦起きるとするか。


「流華。ちょっと質問」

「(ぱたん……)はい」

 おそらく琉華が開いていた本を閉じる音がした。

「何でしょうか?」

 おぉ?愛が流華に話しかけるなんて、これは珍しい。

 この2人、別に仲が悪かったりするわけではない。ただ2人とも無駄口や雑談といった必要以上のコミュニケーションを取ろうとはしない性格だから、自ずと2人で喋っている姿をほとんど見かけることがない。

 そういったコミュニケーションの大半をウチの小隊ではミライが消費している。基本的に雑談などはミライ→オレ、ミライ→愛、ミライ→流華といった放射線状の繋がりが圧倒的に太い。

 一応オレ→愛、オレ→流華の間にもそう言った繋がりが若干はある。しかし愛と流華が2人だけで仕事以外に話をするなんて…………最後に話しているの見たのがいつか思い出せないぐらい珍しいことだ。

 愛が流華にどんな話をするのか興味が湧いた。オレはもうしばらく狸寝入りすることにする。腕の痛みはもうしばらく我慢だ。

 とりあえず今の愛の言葉がオレの耳元から聞こえてきた事からして、オレの頭は愛の肩に乗っかっているらしい。

「兄様。好き?」

 …………えっと、なんだって?

 愛の質問に対して流華もオレと同じ反応だったのか。いつまでも返事が返ってこない。

「……流華?」

「ああ。すみません。ちょっと予想の斜め上をいく質問の内容だったので驚いてしまいました」

 すげぇ……あの流華でも思考が停止することがあるんだな。

「それで未知斗のことが好きかどうか。という話でしたよね?しかも『好き』か『嫌い』かの2択を期待していますよね?」

 愛の肩が激しく2回上下する。たぶん激しく頷いたのだろう。

「そうですねぇ…………好きです」

 愛の肩が再び2回上下する。

 …………いったい何のコントですかこれは。

 それと気のせいなのか、さっきミライの頭がビクッと動いた気がしたのだが。

「でも。この前、玉藻の誘い断った」

「『この前』と言うと、先日の九尾ノ邸での夕食の席でのことですか?」

 愛の肩が再び1回上下する。

「あれは突然だったので、さすがの私も驚いてしまいました。だから咄嗟に断りましたけど、冷静になって答えるなら――」

 ん?えっ!?ちょ、その流れって……まさか…………というか、さっきからミライの頭が明らかにこっちへグイグイ寄ってきてるんだけど。

「――やはりお断りしていたでしょう」

 あれ?

「何故?」

「何故ならミライを差し置いて、私が勝手に未知斗の彼女になるわけにはいきませんから」

 ありえない…………オレは今、滅多にお目にかかれない(実際には見てないけど)場面に居合わせている。

 あの流華が(おそらく本気だろうけど)わずかに冗談を絡ませているかのような返答をしている。 しかもその言葉には微かに苦笑が混じっていた。

「ミライが未知斗の事を嫌いというならば……考えなくもないですけど」

「ミライはやっぱり兄様が好き?」

「はい。それは間違いないです。ただ本人は簡単には認めないでしょうけど」

 言い切った。

 あの流華が言い切ると、ホントの事のような気がしてきてしまうのが不思議だ。

 それとさっきから会話の要所要所でミライの角がビクッビクッと動く。

 …………実はこいつも起きているな。

「ただしミライもですが、未知斗の方もミライに対してどう思っているかはなかなかはっきりしませんから。2人の仲がこれ以上進展するかどうかは、私にもわかりません」

「兄様はミライの事が好き」

「愛さん。その心は?」

「ミライの事を大切にしている」

「……それは間違っていませんが、それを言ってしまうと、愛さんや私、玉藻様などに対しても未知斗は同様に優しいと思いますが?」

「……そっか」

 若干感心した風な感情のこもった同意を愛が示す。

 それにしても話の内容はともかくとして、2人の時には結構よく喋るんだな。

 2人には悪いけど、こういった話題から一番遠そうな女子達って印象をオレが勝手に持っていただけに心底驚いた。良い意味で裏切られた気がした。


 キィキィキィィィィィィ


 そんなことを考えながら目が覚める(フリをする)タイミングを伺っていると、ちょうど良いことに汽車がブレーキをかけ始めた。

「ん……うんんんー!」

 このタイミングを利用して今起きたフリをしよう。

 頭を起こして伸びをする。

 隣の愛はオレの頭から解放されたことで少し姿勢を整えるように座り直す。

「あ……わりぃ。重かったか?」

「いいえ、大丈夫。心地よかった」

「(心地よかった?)そ、そっか……んんん~!っと……ん?どうした2人とも?」

 欠伸をするオレの顔をジッと見つめている愛と流華に声をかける。2人は『何でもない』とだけ言って外の景色に視線を移してしまう。

 うん。バレてはないっぽいけど、ちょっとわざとらしい起き方だったかな?

「ふわぁぁぁ~~~」

 オレに続いて、ミライが大きなしかもとってもわざとらしい欠伸をして目を開ける。そしてこれまた大げさに大きな伸びを見せてくれた。

「………」

 起床したミライを愛と流華がオレ越しにじっと見てる。

「あ、あぁぁ~よ、よくねたぁ~なぁ~」

 『寝ていた』ことを主張するのにもっともシンプルかつ明瞭なセリフを、ミライが(くど)いぐらいにもう一度伸びをしながら口にした。

 そして今度はオレとミライの目が合った。

「………な、なに?どうしたの?」

「いや……別に」

 相変わらず誤魔化すのが下手というか、嘘をつけない奴だよな。

 可哀想なので別の話題を振ってやることにする。

「ところでミライ。これ」

 オレが赤を通り越して青黒っぽくなっている二の腕の青アザを指さす。

「おぉ~?おぉぉ…………おっ!」

 すぐ気がついて、原因である自分のツノを弄る。

「ご、ごめん」

「……別に……いいけど」

 オレは咄嗟に視線を車窓に移した。

 決してツノを弄りながら上目遣いに謝るミライにドキッとしたりしたわけではなくて――――そう!丁度、目的の駅が車窓から見えたんだよ!だからだ。うんうん。

「兄様」

「な、なんだ!?」

「?……生野についた」

「あ……ああ、そうだな。そうだよな」

「?」

 ちょっと声が裏返ったかもしれない。オレもミライの事は言えないな。()()()すのが下手くそだ。

とりあえず女性陣もオレ同様に外を眺める。

 どうやら本当にタイミングが良かったようだ。車窓から見えるのは汽車がちょうど目的の駅のホームに入ったところだった。


 国鉄播但線 生野駅。


 国鉄播但線は姫路要塞と山陰方面を結ぶ陰陽連絡線であり、大阪防衛戦以降は重要路線として優先的に維持整備されてきた鉄道路線だ。

 しかし山陰方面の最前線基地が鳥取要塞まで後退してからというものはその重要性が薄れ始める。そして近日中に行われる須磨砦撤退作戦と平行して、姫路北部の山間地域も世界敵の進出が激しくなると予想されるため、民間人も含めて沿線地域からは撤退することとなっていた。

 九尾ノ小隊の今回の任務もそれに関係する。

 任務内容とは『生野市街にある世界敵に関する研究を行っている研究所の撤退を支援かつ護衛すること』だった。


   *


 生野駅に降り立つ。

 駅の周辺は国鉄職員以外には人影は見当たらない。小隊メンバー以外に下車したお客もいなかった。

 事前に渡されていた地図によると、目的の研究所は生野駅から歩いていける距離にあった。

 生野の街中を歩いて抜ける。やはり近日中に撤退することが決定しているためか、空き家が多くなっていた。まだ人が住んでいる建物も、荷造りのためなのだろう。路上に家具や段ボールが並べられているところがほとんどだった。

 そんな生野の街を抜けると少し小高い場所に研究所が見えてきた。


 研究所は総コンクリート造りの2階建て。日本家屋が多い生野の街中において、その研究所は浮いた存在に感じた。

 正門には1人だけ警備員が詰め所に詰めていた。

 警備員とは言ってもかなり高齢な男性で、警棒すら携帯していない。受付業務以上の事は期待できそうにない。

 正門自体も開けっ放しな上に、統合自衛隊の名前を出すと本人確認など一切無いままに通してくれる。

 セキュリティ的に色々心配な所もあるが、単純に人手不足が原因なのだろう。それとこんな田舎の研究所に悪意を持ってわざわざ訪れる人間も今更いない。ただし世界敵はその範疇には収まらないが、資料を見る限り過去にこの研究所が世界敵に襲撃された記録はなかった。そういう意味ではここの職員にとって世界敵との戦いは遠く離れた場所でのニュースでしかないのかもしれない。

 そんな事を頭の片隅で思いながら中に入ると、研究所内は既に撤退の準備が慌ただしく行われていた。研究員らしき人たちが大量の資料や機材を忙しそうに運び出している。そんな時に訪れた所為なのか、その後も簡単な認証チェックを受けただけでオレたちは所長室まで案内された。


 所長室内に入り、敬礼をする。

「統合自衛隊第13師団第1連隊九尾ノ小隊隊長、九尾ノ未知斗。以下3名。姫路要塞より着任しました」

「ご苦労さん」

 所内各所と同じように、所長室内にも色々なものが散乱していて、足の踏み場があまりない。

 書籍などが散乱するそんな所長室の中で、部屋の一番奥に置かれた、唯一高価そうで浮いた存在の家具であるリクライニングチェアーに腰掛ける初老が鷹揚に答える。

 初老は小柄でほっそりとした体型に、頭髪も混じりっけのない綺麗な白髪をしている。しかしそのイスの腰掛け方や瞳の輝き具合などは年をまったく感じさせない若い雰囲気を感じることが出来た。

 普通に考えると彼が所長なのだろう。

 彼はオレたちをざっと眺めながら含み笑いをしてみせる。

「ふむ」

「所長……ですよね?」

「ん?あーあーすまんすまん。自己紹介をせんとな。若者、君の指摘の通り。わしがこの国立世界敵研究所の所長、相州嵯峨だ」

 そう言って机に散乱する書類の中から木製のネームプレートを探し出してオレたちの方に見えるように置き直す。そこには確かに『所長 相州嵯峨あいすさが』と書かれていた。

 初老は人なつっこい笑みを浮かべた。

 事前に玉藻から聞いていた話から気むずかしい老人をイメージしていたが、オレの第一印象としては真反対の印象を受けた。

「玉藻君から話は聞いている――っと、『司令殿』と敬称で呼んだ方が良かったかな?」

「いえ、玉藻司令とは古い友人だと聞いていますので構いません」

「ふむ。ではわし自身、軍属というわけでもないのでね。いつも通りに呼ばせて貰おう。それで、君が玉藻君の息子で――――後ろの妖狐が娘になるのかな?玉藻君からは息子と娘が行くからよろしくと連絡があったからね」

「そうですか」

 玉藻の息子扱いされるこの手の話はいつも適当に流している。

 誤解があると困るので言っておくが、別に玉藻が母親では厭だというのではなく、それを見越して特別扱いされるのが厭なのだ。

 この所長がそういった考えを持っていなくても、反射的に身構えてしまう。オレは話を進めて誤魔化すことにした。

「――早速ですが、研究所の撤退作業の進捗状況について確認させてください」

「ああ。うむ」

 博士は分厚いバインダーから1枚の紙を差し出してきた。

 それは撤退作業の進捗表だった。

 ざっと見させてもらったが、作業の予定に対して、実際の進捗状況が遅れているのが見て取れた。

 ここでいつもなら琉華も見せてもらおうと寄ってくるはずなのだが、彼女はとくにそんな素振りを見せない。とりあえず進捗表を博士に返した。

「説明するまでもないと思うが、見ての通り進捗は芳しくない」

「あ、ええ……そのようですね」

「君も聞いているとは思うけど、この研究所はそれなりの歴史があってね。関連資料だけでも段ボール数千箱になる。これを限られた研究員だけで運び出すだけでもこれがまた大変でねぇ~…………昔はパソコンで簡単にデータ管理できたんだが。わしも当時はパソコン苦手で毛嫌いしていたが、いま思うとあれはあれでとても便利だった」

「そ、そうですか……」

 確か10年ぐらい前に『電力利用効率配分法』とかいう法律が決まった。その法律によって軍事関連とそれに類する施設以外でのパソコンの使用が禁止された。ここでもデータの管理をパソコンから紙とペンに変更せざるおえなかったのだろう。

「人手が足りないようでしたら我々が手伝いましょうか?」

「うん?あ、いやそれは嬉しい提案だが、君達には君達の役目があるだろう?それをしっかりやってくれればいいよ」

「あ、はい。わかりました」

 少し変わった人だと聞いていたが、こうやって話してみると常識的な受け答えのできる人だと感じた。

「ただ、人手が足りないのは本当なのでな。君達の身の回りの事などは自分達ですべてやって貰いたいのだが」

「それはもちろんこちらで――」

 ここでふと気になった。今のところオレしか発言していない。

 まあ、普通は当たり前の事なのだけど、うちには真面目な話の最中でも必ず横やりを入れてくる奴がいる。ミライがやけに大人しい。初対面でも物怖じしない。どちらかといえば相手に関わらずフレンドリーに接する彼女が珍しく静かだった。

 お腹でも痛いのかと思いのだろうか?ミライの方をチラッと伺う。

 彼女はキツイ眼で正面を鋭く睨んでいた。

 その正面に立つのは相州博士。しかもミライだけでなく、隣の愛も若干不機嫌そうな顔で博士の事を見ている。

「お前達?」

「隊長」

 唯一いつも通りの無表情だった流華がオレを呼ぶ。

「ん?なんだ?」

「私達は先に提供された宿泊施設の確認を行っていてもよろしいでしょうか?」

「え……は?」

 始めは冗談を言っているのかと思ったけど、流華がつまらない冗談を言うとは思えない。そうは言っても今は施設の長との面会中だ。普通は話が終わるまで待つのが礼儀だろう。

「ん~もしかして慣れない電車移動で疲れたのかい?わかった。ここにいる間の君達の宿泊する部屋へ案内させよう」

 対して博士の方はそんな女性陣の仕草に気にした様子もなく答える。そして呼び鈴を鳴らす。


 すぐに博士の秘書をしているという年配の女性が入室してきて、うちの3人娘を連れ立って出て行ってしまった。

 秘書に連れ出される間も3人とも押し黙ったままだった。特にいつもうるさいぐらいのミライが部屋に入ってから一言も発してないのが気味が悪い。

「……ったく……どうしたんだあいつら?」

「くっくっく、わしは嫌われておるかな?」

「あ、いや……そんな事は無いと思います…………たぶん」

 訳あって他人を常に警戒している愛はまだしも、あとの2人は初対面からあからさまな態度を取るような奴らじゃないはずだけど。

「すみません。普段はあんな失礼な態度は取らない奴らなんですが……」

 特に流華は目上や上官に対する礼儀作法はしっかりしているはずなので、今の態度は意外だった。

相州博士の顔を伺ってみる。

 呆然もしくは怒りに満ちているだろうと思われたその顔は、これまた意外にも飄々としていた。わずかに笑みすら浮かんでいる。

「なぁ~に。構わんさ。実はね、以前から薄々感じていたことがあったのだよ。今の状況にとても関係することなのだがね……何の事だか気になるかい?聞きたいかい?」

「え……ええ、まあ」

「ふむ。では教えてあげよう。わしはどうも人外種の者達に嫌われる傾向があるらしい」

「はぁ……」

「気づいたかな?研究所の職員に人外種が見当たらなかったじゃろ?」

 確かに最近は何処に行っても人外種を見かけるものだが、この研究所では少なくともまだ会っていない。撤収作業をしている研究員もみんな人間だった。

「この研究所にも昔は人外種の研究者が何人かいたんじゃが、皆わしを避けて辞めていってしまった。結果、この研究所には人外種の者が1人もおらんようになってしまったよ。どうもわしを前にすると人外種の者は生理的に気分が悪くなるらしい」

 博士は笑いながら言う。

「ところで先程の3人娘。鬼と妖狐はわかったが、あと1人の……ほれ、一番背が高くて長い黒髪の眉目秀麗な娘」

「小泉少尉です。私の副官をしています」

「おぉぉーあの若さで少尉殿か!それはそれは優秀な事だ。いや、それを言うならばそんな彼女の上官を勤めている君の方が一廉の士官と言えるのかな?」

「いえ、私の場合は……」

 親のおかげ――と言いそうになって止めた。自分が言っていては世話がない。

「して。彼女は何の人外種なのだ?」

「え?いえ彼女は人外種ではなく人間ですが」

「ん?んんん!?人外種ではない?…………ほぉ~ほぉ~それはそれは」

 相州博士は顎に手をやりながら3人が出て行った扉の方を見ている。

 何となく博士の顔がニヤニヤと楽しそうなのが気にかかった。

「あの、彼女が何か?」

「くっくっく…………玉藻君もなかなか興味深い人選をしてくれる。わしにこれ以上何を期待しているのやら……」

「興味深い?」

「ん…………いやなに、大したことではない。わしは人外種に嫌われる傾向があると自覚していたのだが、どうやら若い娘全般から嫌われるらしい。嫌われる対象がもっと広かったようだ。これは新たな発見だな。わっはっはっはっは!」

 博士はそう言って高笑いした。

 ここは笑ってもいい場面なのだろうか?

「ま、それはさておき。そろそろ話を仕事に戻そうかな?先程の資料でも見てわかるとおり、研究所から撤収にかかる日数だがな。最低でもあと3,4日は見ててもらう必要があるぞ」

「4日ですか。もう少し早くできませんか?」

「無茶言わんでくれ。長年、居を構えていた研究所だぞ。資料を持ち出すだけでもどれだけ大変か」

 それはわかっている。

 事前に流華が準備してくれた資料には、この世界敵研究所は少なくとも13年は遡れるほどの歴史があるらしい。

 世界敵が出現したのが公式には15年前となっている事を考えると、大した長さである。日本はもちろん、おそらく世界でも有数の世界敵に関する研究期間を誇ると思う。

「わかりました。司令からも資料の保全を最優先にと言われているので撤収のための時間はできるだけ待ちましょう」

「ほうほう。玉藻君がそんな事までの……」

 博士が懐古の表情を浮かべる。

「あ~そういえば彼女は元気かね?あ、いやいやそれは愚問だったか。彼女無しでは今の世界敵との戦線を維持することなどかなわんだろうからな。世界敵と一進一退の攻防を続けているということは、彼女も健在なのだろうよ」

「ええ。おかげさまで変わらず元気です」

「そうかそうか。それはよかったよかった。なにせわしは彼女に貸しが1つあるのでな、それを返して貰うまでは死んでもらっては困るからの」

「貸しですか?あの玉藻……司令にですか?」

「うむ。彼女にはこの世界のルール…………もっと格好良く言うならば『世界の理』の一部について教えてあげた事があるのでね」

 世界のルール?世界の理?何の事だ?あの玉藻にそんな大層な事を教えられる人間がいるとは思えないけど。

「教えた引き替えに彼女の身体を調べさせてくれる約束だったのだが、それっきりここには寄りつかなくなってしまいましてねぇ…………まあ、世界敵と戦うのが忙しいのもあるのだろうが。わしとしては結構楽しみにしているだけに残念じゃ。まあ、一応匿って貰っている身なので、こちらから強く催促も出来ないのが実際かな。あ~ちなみに誤解しないように。わしは別にいかがわしい目的で身体を調べたいとかそういうわけではなく、妖狐の身体構造が人間や他の人外種とはどのように異なるのか。それを純粋に科学的な探究心から調べたいと思っているだけなのだよ。しかも彼女は齢1000年を数えると聞く。哺乳類の身体で一体どんな体組織をすればそのような高齢に耐えられるのか?それだけでも調べがいがあるというもの」

 オレが怪訝な表情を浮かべていたからだろう。所長が付け加えた。

 しかしオレが気になったのはそんな事ではない。

 オレが気になったのは――

「……その『世界の理』って言うのは何なんですか?」

「ん?ん~なんだね?君も『世界の理』に興味があるのかな?」

「えっと…………無いことはないです。あの玉藻が自分の身体を調べさせるのと引き替えに聞き出そうとしたぐらいの内容なら正直知りたいです」

「ふむ……」

 博士が何やらオレの事を品定めするような眼で見る。その眼は先程までの柔和な瞳とは異なり、何か底の知れない暗い色をたたえているように感じた。

 博士は10秒ほどオレのことを眺めたあと、おもむろに言う。

「ん~……身体的特徴としては君は平凡な人間のようだね。まあ、当たり前だけど。学術的興味という意味では、玉藻君とは比べるべくもない。ただ、かの白面金毛九尾狐玉藻に育てられ、妖狐一族から戦う術を学んだ君のこれまでの人生は大変興味深いものがある。人類の長い歴史上でもとてもレアなケース。いや、これほどまでに幼い頃より深く人外種と関わりを持ち続けている人間は、もしかしたら君が初めてかもしれない。その人生の内容によっては教えてやってもよい…………いや逆か……聞く資格があると言うべきか――」

 博士は最後は呟くように言うと、机の上に山積みになっている書類の山をゴソゴソと漁りだした。

「――ん、これがいい」

「これは?」

「うむ。これに君のこれまでの人生の事を書いて、わしに教えてくれないかい?」

 そう言うと博士はオレに1冊のA4ノートを差し出した。



 博士との会話を終えて、宿泊場所として提供されている研修室に1人移動する。小隊の女性陣は皆、先に研修室へと行っているはずだ。

 九尾ノ小隊のために研究所本館とは別の棟にある研修室を解放してくれていた。

 研修室とは言っても大部屋で寝泊りが出来る作りになっており、さらに嬉しいことにお風呂や炊事場も併設されていた。

 これを自由に使ってよいそうだ。

 ただし、広さ20畳ほどの大部屋とは言え、1部屋しかないのは少し困るところだが。


「おい、お前達――」

 部屋のドアを開けて開口一番、所長の前での態度について叱ろうとしたが――

「えぇぇぇぇ!!ジャンケンはヤダ!ヤダ!だってボク、ジャンケン弱いんだもん!!」

「それでは、阿弥陀籤ではどうですか?」

「うーーん…………それも何だかなぁ~……」

 ――研修室はいつも通りに賑やかだった。主に1名のみだが。

 さっきまで大人しかったのはなんだったんだよ!?

「あ!みちとー!良いところに来た♪」

「『良いところに来た』じゃない。ミライ、さっきの―――」

「未知斗!大変なんだよ!」

「……ミライ?」

「未知斗の力が必要なんだよ!」

 ミライが鬼気迫る顔でオレに迫ってきた。所長室でのミライもおかしかったが、今のミライも何か大きな問題に直面しているようだ。しかもオレに助けを求めている。

「……どうしたんだ。詳しく話してみろ」


 先程の博士に対する態度を問いただそうと思っていたが、部屋に入ってみると何やら3人娘がもめている。その理由もミライから聞いた――――いや、ホント、理由を聞いてみると、本当にしょうもない理由だった。

 それは『誰が何処で寝る』か。下らない理由だった。しょっちゅう野営などで一緒に横になっているというのに、いまだにそんな事を気にしているのか。

 とりあえず、間違ってもオレが廊下で寝るとかいう結論に達するなよ。

「ねぇ!みちと!どうにかしてよ!」

「(こんなしょうもない事で頼るな……)4人並んで寝られる広さがあるんだから、布団4つ並べればいいじゃねぇかよ」

 3人娘がもめていたのは広さとかそういうことではない。ようはオレの隣に誰が寝るかって事だろ?それを気にしているぐらいはオレでもわかる。

 そしてこの場合、一番穏やかで問題の少ない解決策は、オレが一番端、その隣は愛。静かに眠る流華がその隣で、オレから一番反対の端がミライだ。

 ミライは寝相が悪いからな。

「もうオレが決めるぞ。いいな?みんな希望はあるか?」

「ぼ、ボクは何処でも構わないよ」

「私も何処でも構いません」

 じゃあ何故もめていた。

「……それじゃあ――」

「私が決める」

 珍しくオレの言葉を遮る様に、愛がスッと手を上げた。

「ふむ……」

 愛が率先して何かを決めようとするなんて事は珍しい。ここは妹の意志を尊重するとしよう。オレは愛に『決めていいぞ』と促してやる。

 愛は頷き返して言う。

「左端から順に、ミライ、兄様、私、流華」

 …………いやいやいや、ちょっと待て待て。

 何でオレがわざわざ真ん中に!?

「私はそれで構いません」

 そりゃ流華はそれでいいだろうけど。

「ボクは…………」

 ミライが返答に困ってるじゃないか。

 愛が『兄様は?』と目線で促してきた。

 これはもう拒否するとまた面倒な事になるんだろうな。

「ああ、オレもそれで構わないよ」

「え!?えぇぇぇぇ!!」

 ミライ、何もそんなに驚かなくていいだろ。

「もう寝る場所はそれでいいじゃないか。そんな事よりもさっさと風呂入れよ」

「うぅぅぅ……まあいいけど………未知斗。ボクたちがお風呂入っている間に、部屋で変なことしないでよ」

「変な事って何だよ?」

「ボク達の下着を盗むとか」

 野営とかでしょっちゅう寝食を共にしている間柄で、この期に及んで下着泥棒するわけないだろう。しかも今ここでやったら明らかにオレしか犯人がいないじゃないか。

「未知斗。私は自分の下着の収納位置からたたみ具合まですべて記憶しています」

 だから下着泥棒するなという事ですか?流華さん。

 流華なら本当に記憶してかねないな…………泥棒するつもりはないけど。

「兄様。我慢できなければ私のをどうぞ」

 愛も余計な気遣いは無用だ。そして真顔でそういうことは言うな。

 とりあえず3人娘――主にミライに『変なことはしない』と誓ってやることで、ようやく3人は風呂に行ってくれた。


 3人娘がいない間に詰まれていた布団を4組敷いた。

 とりあえず、オレと愛、ミライの布団の間は少し広めにしておいた。

 あと、一応夜間は交代で研究所内を見回る予定なので、その監視ルートとローテーションを決める。 一番始めが琉華。その次がオレ。夜目が利いて、深夜も苦にしない愛がその次。最後に途中で起きたり寝たり器用なことが苦手なミライが早起きして朝まで。特別な事情が無い限りはいつもほぼ同じローテーションだ。ローテーションも決めてしまうと急に手持ちぶさたになってしまった。

 3人娘に博士への態度を正すのも、何か勢いで有耶無耶にされてしまった。

 しょうがない、先ほどその博士から出された宿題でも考えてみるか。

 自分の布団にうつ伏せに寝転んでから、博士からもらった白紙のノートを広げる。

 『人生を教えて欲しい』………か。

 こんなご時世にいくら環境が整っているとは言え、山奥で『世界敵』について研究しているような博士だ。やっぱり興味を惹かれる対象が普通の人と違うのだろう

 オレは畳に広げた真っ白なノートを眺めながら思った。

 とりあえず内容によっては、玉藻が知りたがった『世界の理』とやらを教えてもらえる約束は取り付けてある。この研究所を出るまで基本的にオレ達は暇なので時間つぶしにもちょうどいい。

 …………

 …………それにしても一体どんな感じに書けばいいのだろう?

 あまりに真っ白で罫線すら引かれていないノートのため、何から書き始めればいいのかすらもわからない。しかも書く内容は、あの博士が興味を持つような事じゃないといけない。

「う~ん、人生ねぇ……玉藻に拾われた辺りから書けばいいのかな?でも小さい頃だからあんまり覚えてないんだよなぁ……」

「兄様」

 愛が1人で戻ってきた。

「ん?どうした愛」

「忘れ物」

 そう言うと、自分のザックをゴソゴソあさり始める。

 そして目的のモノが見つかったのか、今度はノートを広げて寝転がっているオレのそばに寄ってくると、隣に静かに座り、白紙ノートを不思議そうに見つめている。

 そういえば昔からこいつはオレの傍で静かにジッとしているよな。


 昔の事と言うと、愛が初めて九尾ノ家に来た時の事を思い出す。

 彼女もオレと同様に、玉藻に養子として引き取られた身だった。ただ養子とは言え、玉藻とは赤の他人と言うわけでもない。もともと彼女は玉藻の遠縁の親戚にあたる。玉藻の母親の妹が彼女の祖母で、彼女から見ると玉藻は母親の従姉妹にあたるらしい。

 そんな彼女を玉藻が引き取ることになった理由も、オレと同じだった。

 両親が世界敵に殺されたからだ。

 当時、伊豆に住んでいた愛の一家は早くからその居住圏を世界敵に侵食されていた。そんな外敵との戦いの末に両親は戦死したらしい。

 折しも関東方面の自衛隊が善戦空しく総崩れになった時期と重なる。世界敵が北関東や東海へ向けて流れこむのを防ぐ術が無くなっていた時期だ。

 その頃、主に北関東方面で世界敵と戦っていた玉藻も従姉妹の危機を知って伊豆に転戦したが間に合わず、孤軍奮闘の末にまだ幼児だった愛を救い出すので精一杯だったらしい。

 そうして京都の屋敷で九尾ノ愛として生活するようになった。

 オレが7歳、愛が3歳の時だ。


 オレは義妹の透き通るような銀髪を撫でる。

 愛はオレに撫でられるがままジッとしていた。少し顔が綻んでいる気がする。しかし彼女のこの美しい銀髪が両親を亡くした直後の愛を苦しめた。


 ここからの事はオレはあまり詳しくは知らないが、妖狐一族の髪の色は黒色もしくは玉藻のような金色らしい。

 しかし希に銀髪の妖狐が生まれる。その者を一族では『零狐』と呼ばれている。妖狐一族が扱う炎の力とは相反する氷の力を扱える異端児なのだそうだ。

 一族から異端児扱いされていた彼女には手を差し伸べる者がいなかったらしく、そんな一族の誹謗から彼女を守っていたのが唯一彼女の両親だった。

 しかし周囲から自分を守ってくれていた2人を失った彼女の幼心には、簡単には癒せない大きな傷が刻まれてしまう。

 一時期は自分の世界に閉じこもってしまい、言葉もろくに発しない状態だった。

 それでも最近ではようやく玉藻やオレ以外とも会話できるようにまで回復した。それでもやはりオレのそばを離れるのは不安なのか、オレのそばだと安心するのか、極力オレのそばに居ようとする傾向がある。

 それでも初めて会った頃に比べれば遙かにマシになったものだ。

 昔はその『零狐』だという()()で色々あった――――

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