表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
セカイ ノ コトワリ  作者: 冬ノゆうき
7/35

to_date('2028/05/02 17:26:32') location = '兵庫県 姫路 今宿';

 姫路城を中心に広がる姫路要塞は市街地も要塞内に含んでいる。戦国時代の呼び方で言えば『総構え』の要塞だ。

 その要塞内でも市街地北部の閑静な住宅街の中に九尾ノ家の現在の家がある。


 比較的大きな住宅が集まっている高級住宅街と言える場所の一角にある。豪邸というわけではないが、住んでいる人数からは少し大きすぎる洋風の平屋の家と、決して手入れが行き届いているわけでは無いが、トラック数台を停めても余裕のある広さの庭が広がっている。

 その自宅に久しぶりに帰ってきた。

 任務地が須磨砦に移ってから一度も姫路には戻っていなかったので、3ヶ月ぶりといったところか――

「――って!何でお前たちも一緒にいるんだ?」

 オレより先に玄関に飛び込もうとしているミライの両肩を捕まえた。オレの後ろには流華もついてきている。

 妹で同じ屋根の下で一緒に暮らしている愛はもちろんいい。しかし、何でこの2人も一緒についてきているんだ。

「もぉ~!忘れたの?」

「何が?」

「『いつでも夕飯を食べに来てもいいよ』って言ってくれてたじゃないかぁ」

 ああ――確かにオレの母親がよく言っている。

「だからおじゃましますよ~♪」

「あのなぁ……『もしかして社交辞令かも』とか思わないのかよ?流華、お前もそういう理由か?」

 さっきから大人しくしている流華に振り返る。

「はい。でも本当にご迷惑なら遠慮いたしますが?」

「ったく……まあいい。迷惑でもないだろうし。もうここまで来たならご馳走になっていけ」

「はい」

「んじゃ!そう言うわけでぇ!」

 ミライはオレの手からひょいっと抜けると玄関を開けて中に飛び込んだ。

「たっだいま~♪」

「おじゃまします」

「ただいま」

「……ただいま」

 何でミライのヤツも『ただいま』なんだ?

 そんな事を思っていると、家の奥から何かが猛烈に駆けてくる音が――

「おっかえりぃ~♪」

 ミライと同じテンションの物体が駆け寄ってきた。

「おう――ぶっ!」

 そして走ってきた物体はそのままオレの顔に飛びついてくる。

「今回は長い任務じゃったから、心配したぞぉ。怪我は無いか?無いか?無いのか?」

 身体をオレの顔にこすりつけるな!

 とりあえず引っ付いているのを引っぺがす。

「…………怪我は無いけど、窒息しそうに今なった」

「え?あ、あははは……すまんのぉ」

「まったく」

 両脇を抱えられた状態で宙ぶらりんのソレは、苦笑いを浮かべながら謝った。

オレは引っぺがしたソレを玄関に下ろしてやる。

 オレの胸ほどの背丈のソレはよっぽど心配なのか、下ろされた後もオレのズボンやシャツを引っ張って身体を探ってくる。

 その目の前に立つソレは――

 流れるような長い金髪。

 人形のように整った顔立ち。

 新雪のように真っ白な肌と、愛によく似た容姿、狐の耳に狐の尻尾をもったこの子も愛と同じ妖狐一族の娘だ。

 愛と違うところと言えば、髪の色と一回り大きい背丈、外見は15、6歳ぐらいに見える女の子だ。尻尾も愛の2本に比べて、彼女は9本を持つ本当の意味での『九尾の狐』だ。

 確か前に聞いた話じゃ尻尾が多いほど力の強い妖狐らしい。


それで、この美少女が――

「おじゃまします!玉藻司令!」

「おじゃまします。司令」

「2人ともいらっしゃい。ちなみに2人とも、家では司令はいらないぞ」

「はぁ~い♪」

「はい」

―――そう、こいつが、この少女みたいなのが、統合自衛隊でも3人しかいない大将位、先程基地内で会った山本中将の直属の上司である玉藻司令その人なのだ。

 そしてオレを15年もの間、面倒を見てくれている育ての親と言える存在でもある。

 もちろん育ての親と言うぐらいだから、玉藻は見た目通りの年齢ではない。詳しくは知らないが平安時代から生きているとか聞いたことがある。

 妖狐という生き物がどれぐらい寿命があるのか知らないけど、人外種はどの種も基本的に人間種よりも長生きだから見た目どおりの年齢でなくても珍しいことはない。

 ん……あれ?……と言うことは鬼族のミライも同い年とか言ってるけど――

「うん?なぁに?」

 視線を感じて、訝しげにオレを見るミライ。

 同い年って事になっているけど、こいつも実は結構年上だったりするのかな?

「ほれほれ!4人とも夕飯はすぐにできるから手を洗って待ってるのじゃぞ」

 玉藻は元気よくオレたちにそう言うと家の奥に戻っていく。

 よく見ると確かに古風なエプロンというか、割烹着を着用している。夕食を作っている最中だったんだろう。

「愛されてますねぇ~」

 ミライがニヤニヤ顔で覗き込んでくる。

「ホントな……いい加減に子離れして欲しいぜ」

 このセリフを言い始めたのは、覚えてる限りで小学校高学年ぐらいから言っている気がするな。


 ダイニングに入るとすでに夕食がテーブルに並べられていた。今夜、オレたちが帰ってくることを知っていたからだろう。かなりの品数の料理がテーブルいっぱいに並べられている。

 宝煮、袋煮 おいなりさん、揚げ入り味噌汁、鶏肉の揚巻―――

「えーっと……ちょっといいかな。玉藻さん」

「ん?なんじゃ改まって?手は洗ったか?」

 人数分の箸を並べて、お客の女性2人を席に促していた玉藻が振り向く。

「手は洗ったけどさ…………お前の大好物だってことは、九尾ノの家に来た昔からずぅぅぅーーーっと知ってる。だけど……だけどな?全部油揚げ料理っていうのはどうなんだよ?」

 玉藻は料理が大好きな上に、得意だ。とくに平安からの流れを汲む、純和風な味付けが得意だ。その事自体はとても良いことだと思う。オレも玉藻の料理にお袋の味というものを少なからず感じたりもしている。

 しかし1つだけ問題がある。

 料理のレパートリーが極度に偏っているのだ。食卓を見ればわかるが、油揚げを使った料理しか知らないのである。

 いや――知っているけど作らないだけなのかもしれない。

 ミライに言わせると『妖狐だけに油揚げが好きなんだねぇ~』だそうだ。まあ、そうなのだろうし、とりあえずこうなるのはある程度覚悟していたけど、やっぱり一言言わずにはいられなかった。

「そう言うと思って、かなりレパートリーを増やしてみたぞ」

 確かに油揚げ料理のレパートリーだけは増えてるけどな。

「こ~らっ。せっかく玉藻さまが作ってくれたのに文句言わないの。たまにはいいじゃない揚げづくしも」

「いや、オレたちはしょっちゅうなんだけど……」

「でもほら!愛っちはまったく文句言わないじゃない」

「……」

 隣の席の愛は黙って席についている。

 そりゃあ同じ妖狐族の愛は文句があるわけがない。

「未知斗。贅沢は敵です」

「あのなぁ、流華……オレってそんなに贅沢言ってるか?」

「今のご時世。これだけ豪華な食事ができるだけでも感謝しないといけません」

 ぅ……論点がちょっとズレているけど、それを言われると何も言い返せない。

「未知斗、とりあえず食べてみろ。おいしくなかったら残しても構わんから」

「え……ああ……わかったよ」

 玉藻に促されて、渋々席につく。

 実際にこれで箸が進まないほどマズイものならばケチのつけようもあるが…………これがまた高次元のレベルで完成された料理だったりするからタチが悪い。結局、いつものようにオレの方が渋々折れるのだった。

 『いただきます』の食事開始のあいさつからしばらくは玉藻の手料理に対する客人からの絶賛が続いた。

 目の前のミライは何故かドヤ顔で、箸をすすめているオレを見ている。別にお前の作った料理ではないし、そもそも料理の腕に文句をつけていたわけではない。

 オレが反論せずに黙っていると自分の主張が通ったと思ったのか、余計に調子に乗る。

「あぁ~それにしてもいいなぁ~。玉藻さま、美人だし、やさしいし、しかもこんなに料理もうまい。未知斗は幸せもんだぁなぁ~」

 向かいでミライが何やらウンウン唸っている。何処の親父だお前は……

「ふふふ……そんなに褒めるなミライ」

「ううん!ホントおいしいよ♪未知斗!もっと玉藻さまに感謝しなさいよ!」

 なんでこいつに言われなきゃいけないんだ。

 オレはミライを無視して味噌汁をすする。

 そんなオレの隣に座る玉藻が持ってた茶碗をおもむろに置いた。

「なんじゃ……感謝とかしてくれてないのか?あ……でも感謝して欲しくて世話してるわけではないが、しかし想いが届かぬと言うのは寂しいものじゃな……」

 うわわわわ、悲しそうな声を出すなよ!?

「べ、別に……感謝したことがないわけじゃねぇよ………玉藻には色々感謝してるっての」

「おぉ?言ってくれるのぉ♪別に無理に言わんでもよいのにぃ♪」

 嘘泣きかよ……そっちが言わせたくせに――――と言うか、何だかいつもよりテンション高くないか?ミライと流華が来ている所為だろうか?


 とりあえず料理の話はそこまでで終わる。それからは話の中心がオレから女性陣の方へと移っていった。砦に常駐中のプライベートの話や、女性陣の間での近況報告などを和気藹々で話している間、オレはちょっと蚊帳の外だったりする。

 今のうちにさっさと夕飯を食べ終えてしまおう。

 黙々とゴハンを食べていると、隣の玉藻がひょこっと顔を覗き込んでくる。

「のぉ。ところで未知斗――」

「(もぐもぐ……)ん?」

 玉藻がやけに神妙な声で話を振ってきた。

 嫌な予感がする。今までの経験上、こういう声を出すときはろくな事を言わない。

「――好きなおなごはできたかの?」

 ぶぅぅぅぅぅ!!

「うわっ!?汚いなぁ!!」

「……」

 予想外の質問にゴハンを吹き出してしまった。

 テーブルを挟んで目の前に座る流華とミライが怪訝な顔をする。

「ごほごほっ……わ、わりぃ……って言うか玉藻、何言ってるんだよ」

「何って?別に変な事ではないぞ。未知斗も今年で18歳。愛を語る相手が1人や2人いてもおかしくはないであろう。それなのにまったくそう言う噂を聞かんからのぉ。母親としては若干不安になるのは当然じゃ」

 いや、相手が2人いたらマズイだろ……

「それにいつまでも母離れできずに『玉藻、玉藻』では困るからのぉ」

「オレはまず玉藻に子離れしてもらいたいけどな」

「何を言う?わらわはとっくに子離れしておるわ」

 どの口がそんな事を言う――と思いたいが、本人はいたって本気で『子離れ』していると思っているからさらにタチが悪い。

「ちなみにわらわは別に職場恋愛でも全く問題ないと思っておるぞ」

「職場恋愛?」

「ほれ。近くにこんなに愛らしい同僚が2人もいるではないか?」

 ぶふぅぅぅぅぅぅ!!

 なっ……何を言い出すかな!?この人はっ!?

 そう思いつつも何となく目の前の2人の表情を伺ってしまったりする。いや、決して異性として意識しているわけじゃなく、どんな反応を示すのか興味本位で見ているのだ。

 ミライはおいなりさんを頬張った状態で固まっていた。

 対して流華はゆっくりと箸を置いて、深々と頭を下げる。

「申し訳ありません。未知斗の事は嫌いではないです。むしろ異性の中では一番親しくしてもらっていますが、そういった関係にまで進展したいという気持ちはまだありません」

 あ、いや……真面目に断られるとそれはそれで凹むんだけど……

「ミライはどう思ってますか?」

 隣に座る流華からのそんな言葉に、我に返ったミライが慌てて付け加える。

「ボ、ボクも……遠慮……します……」

 何だか無性に泣ける…………とくにオレから告白したわけでも求愛したわけでもないのに、何でこんなにも敗北感を感じなきゃいけないんだろう。

「何じゃ、残念じゃのう。2人とまだそこまでの関係になっていなかったのか?これだけいつも一緒にいるというのに。そんな奥手では本当に嫁の来てがなくなるぞ?」

「大きなお世話だ」

「……ホント大きなお世話」

 意外な人物から反論の言葉が飛んできて、玉藻、ミライ、琉華、そしてオレの視線が集まる。

 愛が味噌汁をすすってから、こちらを見た。

「えっと……愛?」

「兄様、大丈夫。心配いらない」

「何が?」

「もし誰も嫁に来なければ、私が兄様に嫁ぐから。うん。心配ない」

「………」

 愛の凄いところ(?)はこれを本気で言ってることだ。

「まあ……それは最終手段じゃな」

 玉藻が淡々と応えて汁を啜る。こいつも大概である。

「いやいやいや、母親ならそこは『兄妹じゃ結婚できないだろ!』とか常識を諭せよ」

「良いではないか、本人が望むなら。のぉ愛」

「玉藻。やっぱり話が分かる」

 愛が玉藻にグッと親指を立てる。

 こいつは普段こんな仕草一切しないのに、玉藻相手では結構遠慮が無いというか、意気投合しやすいというか。やはり血の繋がった同族だからだろうか。

 オレは軽く手を叩く。この手の話は長引かせると何を言い出すか分からないから危険だ。特にこの2名は。

「はいはい。この話はここまでだ」

「えー」

「玉藻は年甲斐無く駄々こねるな。さっさとご飯食べないと冷めちゃうぜ」

「むぅ~……」

 玉藻はまだ何か言いたそうだったが、渋々食事を再開した。

「……ったく」

 多少オレのテンションが下がりはしたが、この後もそれなりに会話が弾んだまま夕食を終えた。

 まあ、主に弾んでいたのは玉藻とミライの2人だけだったかもしれないけど。


   *


 夕食後。

 食後のお茶などを飲み、少しくつろいでからミライと流華が『帰る』と言い出したので玄関まで見送る。

「ホントにいいのか?帰り道暗いぜ?」

 世界敵が出現する前の姫路市内なら何処でも街灯が灯って明るかったらしい。でもオレが知っている街の灯は大きめの交差点に設置された大型の篝火の炎ぐらいだ。

 慢性的な電力不足でほとんどの街灯には灯が灯っていない。玄関から少しでも離れれば月明かりしかない。その玄関の灯りもほろ暗いアルコールランプの光が1つだけである。

「だいじょーぶ!変な奴が出てきてもボクが一撃で倒しちゃうよ!もちろん流華も守っちゃうから♪」

 確かに鬼の身体能力は人間の5倍以上って聞いたことはある。しかしここから歩いて20分ほどのところにある統合自衛隊の独身女子寮までの道のりとは言え、ちょっとは心配だ。

「まあそうだろうけど……一応女だしな……」

「んんん?あれあれ?もしかして未知斗くん。さっきのこともあって、ボクの事を意識し始めてるぅ?」

「……早く帰れ」

「あははは♪冗談だよ。じょうだん!じゃ!またあした~♪」

「ああ、流華もな」

「はい。お邪魔しました」

 ミライが先頭に立って帰る2人の姿は、すぐに街の闇で見えなくなった。

 家に戻ると玉藻と愛が食器洗いなどの後片付けをしていた。オレにはそれとは別に食事後に風呂を沸かせるという役割がある。

 裏庭にまわって湯釜を開く。

 そばには粗く伐採された木材が山積みにされている。

 この薪を組んで火をおこし、湯を沸かす。この作業は結構な重労働だから男のオレの役目になっている。

 世界敵が出現する前はガスだか電気だかによってボタン1つで湯が沸いたらしいけど、現在の一般家庭にはガスどころか電気すら通っていないのも珍しくない。室内の照明だって蝋燭ランプとかだ。

 昔はとても便利な生活がおくれていたらしい。その頃を知る人――大体20代後半以降の人は不便になった事をよく口にするが、オレは生まれたときからこうだったから昔の生活に憧れることはあっても、今のこの状態に不便を感じたことはなかった。


―――火を起こし始めて15分ほど。ようやく湯が温まってきたようだ。

「兄様」

 いつの間にか裏庭の隅に愛が立っていた。

「おう。風呂の準備できたぞ。玉藻と一緒に先に入っちゃえよ」

「それなんだけど。玉藻が言うんだ」

「ん?何を?」

「兄様も一緒に3人で入ろうって」

「……は?」

 街灯が無いので、愛がどんな表情でその台詞を言ったのかはわからなかった。



 ふぅぅ~~

 つい口から心地よい息が漏れる。

 火の番をする人が居ないため、始めに湯を熱めに入れた所為でようやく湯の温度がオレにはちょうどいい感じになってきた。

 ほどよい温度の湯に浸かっていると、身体から今日の疲れが滲み出していくようだ。少し年寄り臭いと自分でも思ってしまうが、今日は須磨からほぼ1日かけて移動してきたのだからしょうがないよな。


 結局、玉藻の希望通りに家族みんなでお風呂に入ることになった。

 一般家庭にしては結構広めの湯船にオレに続いて玉藻と愛が浸かる。

 オレを含めたこの3名が現在の九尾ノ家の全員である。

 昔はもう1人いたり、親戚筋まで広げれば結構な人数いたのだが、世界敵との戦いでそのほとんどが戦死してしまった。

 オレを挟むように湯に浸かる玉藻と愛が須磨砦での日常生活や戦闘のことを話し始めた。

 その会話をオレは間でぼぉ~っと聞き流しながら2人を眺める。


 この状況。

 所謂、両手に花というやつだろうか?


 人によっては今のこのオレの状況は『天国か、桃源郷か』と表するだろう。

 そしてそれに該当する人間は少ない数ではない。何せ玉藻も愛もとびっきりの美人だし、特に玉藻の人気は隊員だけに留まらず、一般市民からも絶大なものがある。大袈裟な話ではなく、文字通り『英雄視』されている。

 しかしまあ……オレにとっての2人は母親であり、妹なわけで、湯船が多少窮屈以上の事はとくに感じないと言うか…………

 そりゃほんの少しは良い気分になっているのは認めるけど、決して疚しい気持ちではない。言うなれば家族とのスキンシップみたいなもんだ。一緒にお風呂に入るのだって初めてではない。最近でもちょくちょくあった。ただし3人一緒にというのは思い出せないぐらいに久しぶりではある。

 あと、2人とも背丈に比べて髪がとても長くボリュームもある。さらに自分の腕よりも太く長い尻尾が2人併せて十数本、湯から立ち上っている。その所為で一緒にお風呂に入っているとは言え、結局のところ2人の裸どころか湯面すらオレからはよく見えない。

 …………あ、いやいやいや!だからといって残念に思っているわけではなくて、オレはこの玉藻の金髪と愛の銀髪が湯面に混ざり合って広がっているこの光景が好きなわけで―――

「未知斗?先程から何をブツブツ言っておるのだ?」

「べ、別に………それよりも何で急に一緒にお風呂入ろうとか言ったんだ?」

 玉藻に考えがバレないように誤魔化した。

「べつにぃ~」

 クスクス笑いながら玉藻が答える。

「『別に』って何だよ」

「ふふふ、未知斗の真似じゃ…………まあ、強いてあげるとしたら……しばらく会えなくなるからかの」

「会えなくなるって、そんなに忙しくなるのか?」

「ん~まあなぁ……これは公表されていない情報だから喋ってはいけないのだろうけどな」

 玉藻がオレと愛に『近くに寄れ』と手招きする。

 いや今も十分近いと思う。そもそもここでの話が他に漏れるとも思えないけど……

 とりあえず腰を一旦浮かして近づいた風を装った。愛は律儀に身体を半身寄せてくる。すると玉藻は内緒話をするように小声で言った。

「須磨砦を放棄する予定なのだ」

「な、なに!?そんな話聞いてないぞ?」

 衝撃情報に耳を疑った。

「あー、じゃから未公表の話だと言ったであろう。まだ統合自衛隊の中でも上層部の者しか知らない情報じゃ」

 少し憮然と答える玉藻。

「未知斗たちのいた須磨はいつも世界敵の攻勢が激しいゆえ気がつかないかもしれんが、ここ数日で一気に世界敵が全方面で攻勢を強めてきてな。山陽方面はもちろんの事、比較的世界敵の少なかった山陰や山間部でも世界敵の大部隊が動くようになったのじゃ」

 以前から山陰や山間部でも世界敵は出現していた。それでも山陽地方に比べれば小部隊による威力偵察程度の侵攻だった。

 世界敵の方に『偵察』という戦略概念が存在するのかどうかは知らないが。

「まあ要するに須磨砦は前線の中でも突出しすぎていて、これからはさらに補給云々が困難になるだろうという予測の上で、余力があるうちの撤退しようと言うわけだな。正直なところいままで須磨砦で食い止めていられたのは、世界敵の攻勢が大阪防衛戦以降、比較的穏やかだったのが最大の要因だったからの。本格侵攻されて引くに引けなくなる前に退いておこうということだ」

「じゃあ何か?相手が本気でかかってきたから負けそうだってのかよ?」

「まあ……はっきり言うとそんなところだ」

 玉藻が肩を竦める。

「……そんなにマズイ戦況なのか?」

「マズイな。非常にマズイ。大隊長クラス以上にしか知らされていないが、敵の攻勢が日に日に増してきているのに対して、こちらの予備戦力は日に日にすり減ってきておる。兵員の補充もままならない。しかも広島の首府は前線の状況を何もわかっておらん。防衛予算の圧縮などと言い始める始末じゃ。経済が思うように回らんから言いたくなるのも分からんでもないが―――そういうわけで維持費が馬鹿高い須磨砦の放棄はいたしかたあるまい。そうなれば――」

 玉藻が口籠もる。

 湯気の越しにほんの少しだけど緊張しているのが伝わってくる。玉藻の続きの言葉はこうだったと思う――


『ここ姫路要塞が最前線になる』


――と。

 なるほどな。そういう話ならば、先日のイッキおじさんの意味深な言葉も理解できる。須磨砦の指揮官であるイッキおじさんは当然、撤退計画は知っていただろう。

「なぁ。守ってばっかりだからいけないんじゃないのか?こっちから須磨の向こうに攻めていけばいいじゃないか。須磨の正面に展開する世界敵を駆逐できれば、神戸市街はすぐ目の前だ。逆に神戸や大阪を取り返せるかもしれない」

「もちろんそういう意見は結構上がってはいる。だがな、現実の戦争はテレビゲームのようにはいかんのじゃ」

 電気の無い生活の所為で、生まれてこのかたテレビゲームなんてしたことない。玉藻のその例えはオレにはちょっとピンとこなかった。

「よいか?兵隊は勝手に歩いていくが、弾や食料は誰かが定期的に運ばないといけない。しかも兵隊が増えれば増えるほど頻繁にかつ大量にな。だが残念ながらこの姫路要塞ですら1万人分の食料を須磨まで一気に運ぶ手段が無いのじゃ。トラックなどの大型車両は軒並み燃料不足なうえに、燃料を気にせず動かせると言ったら木炭バスぐらいじゃな。それも大した台数は揃ってないしの」

 木炭バスかぁ……

 昔の車は高純度のガソリンで動いて100キロ以上のスピードで走ることが出来たらしいけど、石油はほぼ全てが戦闘機の燃料に使われている現在では、車を動かす燃料の主流と言えば木炭だ。

 山にはいくらでも木が生えているので資源には困らない。

 しかしこの木炭車がこれまた馬力が低くてなかなか使い処が難しい。険しい山道は走れないわ、重火器は運べないわ、速度は遅いわ、構造上、煙を吐くため隠密行動ができないわ。

 汽車で運ぶという手もないことはない。しかし残念ながら須磨砦までの線路は度重なる戦闘で破壊されたままで、現在はここ姫路より少し東に進んだ加古川までしか汽車は走っていない。その加古川に統合自衛隊の現有では最東の物資集積所がある。そこからさらに須磨砦や内陸の三木監視所などに人力で物資を輸送している。須磨砦を放棄するとなると、この加古川の集積所もおそらく放棄することになるだろう。

「この姫路の兵力をごっそり須磨まで進められれば楽なんだがなぁ」

 最後に玉藻が『ふぅ』と小さく溜め息をつく。

 玉藻が司令官を兼任する第13師団と姫路要塞守備隊は、統合自衛隊最大戦力を誇り、総勢6万人以上を数え、現在日本で唯一の戦車大隊も麾下に置いている。しかしその戦力を機動的に戦線に展開させる手段は今、彼女が言ったように存在しない。

 しかも仮にこの全戦力で進軍が出来たとしても勝利が保証されているわけではない。なにせ3年前、九尾ノ小隊も参加した、京都盆地と大阪平野を中心に行われた『大阪防衛戦』では10万を越える戦力を準備しても世界敵の侵攻を防ぐことが出来なかったのだから。


 それからしばらく風呂場には静寂が訪れた。

 天井の水滴が湯船にぴちょんぴちょんと落ちる音だけが響く。

 その水滴のいくつかは湯面にたどり着く前に、そそり立つ狐の尻尾に当たった。


「あ……そうそう。話は変わるのだがな」

 落ちる水滴を眺めていた玉藻が、何か思い出したように少し大きな声を出す。

「ん?」

「愛から重要な話があるらしいのだが…………未知斗はもう気がついているかの?」

「気がつく?何を?」

 重要な話があるという愛を見る。

 愛はいつも通りの無表情だったが、湯あたりの所為なのか、若干顔が赤い。

「実は3本目が生えた」

 3本目?

 何のことだかよくわからないまま視線を少し外すと――――そこには湯に濡れた妖狐の尻尾がユラユラ立っていた。

 ……3本目……生えた……って!尻尾しかないじゃないかっ!?

「そうなのか!?」

「まったく。やはり気がついてなかったか?」

 毛の色が違うけど、普通は気がつかないだろう。玉藻の分だけで9本もの尻尾が浮いてる湯船で、愛の尻尾が1本増えててもわからないって。

「え、だって、ついさっきまで尻尾2本だったよな?」

「スカートの下に隠してた」

「え?なんで?何故隠してた?」

「兄様をビックリさせようと思って。玉藻にも内緒にしておけって言われた」

「相変わらず変なところで努力するよな。愛は。でも尻尾が増えたってすごいんだよな?確か尻尾の本数って力のバロメータなんだろ?愛、まだ若いのに3本も生えるって凄いんじゃねぇのか?」

「玉藻も優秀だって褒めてくれた」

 普段から抑揚のない声の彼女だが、今のは少し嬉しそうな雰囲気が含まれていた。

「そっか……これで小隊の中で一番弱いのがオレなのは確定したな」

「なんで?」

 これまた珍しいことに、愛が少し驚いた口調で呟いた。

「あいつが尻尾3本の頃の強さにオレはまだ全然届いてないからな」

「……」

 オレの脳裏に1人の若い妖狐が思い出される。

 すでに戦死してしまったが、今でもオレが目標としている人物。オレの戦闘面での師匠だった妖狐だ。

 オレはその妖狐の強さのまだ足下にも達していないだろう。

「考えてみろよ。ミライはああ見えても鬼族随一の血筋で潜在的な戦闘能力はズバ抜けている。流華にしても能力をフルに起動させれば、オレが近づくこともできずに撃ちとられるだろうしな。そう考えると小隊の中で一番オレが弱いと思ってさ」

「……そんな事ない。兄様の強さは戦う強さなんかじゃない」

「ん?」

「そんなのは私が補う。兄様には誰にも負けない、もっともっと強いモノを持ってる」

「強いモノ?何だよそれ?」

「心が壊れた私を普通に生活できるようにしてくれたのは、兄様の人を癒す力のおかげ」

 またその話か………愛のヤツまだそんな事を気にしていたのか?

 心が壊れた私か――――10年前に愛が玉藻に連れられて九尾ノ家に初めて来た時の事を思いだした。

「だから玉藻やミライや流華は兄様の事が好き」

 好きって、あのなぁ……

「もちろん私も好き。尊敬もしている」

 愛は躊躇無く言い切った。

 こういうところが凄いよな。愛は。

「うむ。わらわも未知斗の事は大好きであるぞ」

 目を瞑ったままの玉藻も言い切った。

「まったく。2人ともそんな事を恥ずかしげもなく言えるよな」

「全然恥ずかしくない」

 愛が真顔で言う。

 へいへい。愛や玉藻ならそうだろうよ。


 それから3人の会話は終り、しばらく浴室を再び静寂が支配する。

 天井からの水滴の落ちる数を数えているうちに、ふと思った事を口にしてみた。

「あー玉藻」

「ん~?」

 気持ちよさそうに目を瞑っていた玉藻が薄目を向ける。

「しばらく会えなくなるからって最前線の兵隊を呼び戻すのは少し職権乱用じゃないか?」

 ちょっと意地悪っぽく言ってみた。

「その事か。いいではないか。会いたくなったのだから。それに理由はもちろんそれだけじゃないぞ?ちゃんと任務があるから呼び寄せたのだ」

「そういえば任務があるってのは聞いてたけど、詳しい話はまだ聞いてないぞ」

「あ~そうじゃったな。明日わらわが直接伝えると山本に言っておいたのだった」

 玉藻が完全に目を開けてオレを見る。

「実は未知斗たちにある人物を会わせたくてな。あと会うついでに、姫路に連れ帰ってきて欲しいのじゃ。それが任務」

「なんだ?護衛か?何処かの偉い人間か?」

「偉いかどうかはわからんが面白みのある人物だ。そして重要な情報を握っている。その者が近日中に姫路へ移動する事になってな。その護衛を探していたわけじゃ」

「玉藻の知り合いなのか?」

「ん?まあ、知古の間柄ではあるな。なに、とても面白い考え方をする者なのでな。一度は未知斗にも色々と話をさせてやりたかったのじゃ」

 護衛という話ならまあ納得はいく。

 うちの小隊は定数割れながら、個々の戦闘能力が高いため、定められた範囲内での短期間戦闘の火力はとても高いものがある。なので、正規戦闘部隊に組み込まれるよりも、こういった特殊部隊のような扱い方をされることの方が多い。政府要人の護衛といった事を今までにも何度かこなしたことがある。

「まっ………寂しくて未知斗たちを呼び戻したのも本当だがな」

「やっぱりか」

「かっかっか……わらわもこんな事を想うようになるとは、歳を取りすぎたかのぉ~先も短いか?」

「……冗談でもそんなこと言うなよ」

 玉藻はオレの言葉に小さく微笑み返すだけで風呂を先に上がる。

 オレに背を向けて浴場を出る玉藻の後ろ姿を眺めた。身体に対して大きな九尾によってすっぽり毛皮を纏っている様に見える。小さなナリをしてるけど、その立派な尻尾を見ると、やっぱり1000年以上生きているんだなと改めて実感させられる。

 彼女の先程の会話や表情を伺うと、そんな玉藻にも彼女なりにオレなんかでは想像も出来ないような悩みがあるのだろう。


 人外種と呼ばれる存在が本格的に日本人と一緒に世界敵と戦い始めた時期については諸説ある。

 しかし共通の意見として一致している事が1つあった。

 一番初めに自衛隊と共同作戦を行った人外種は九尾ノ玉藻であるという事だ。

 彼女が、何故正体を明かし、真っ先に人間の手助けをしたのか?その理由は知られていない。

『人間への哀れみ』

『古来から住む日本の地への愛着』

『世界敵への生理的嫌悪』

 果ては、

『亡き夫との約束』

 などなど――

 色々と勝手に言われているが、本当の理由はわかっていない。

 本人も語ろうとしないためオレや愛も知らない。

 玉藻を神格化している者たちからは、

『その甚大な妖力で、境界門が開く前から世界敵の危険性に気がつき、対策を練っていた』

 なんて事も言われている。

 もちろんそんな事を証明する資料は何もない。

 ただ言えることは世界敵と戦い続けてきた九尾ノ玉藻が、いまでは統合自衛隊の中でも最重要人物となっているということだ。日本の対世界敵戦線で7割近い戦力を割いている山陽方面の最高司令官で、対世界敵戦においては侵攻開始当初から戦い続けている数少ない最古参メンバーの1人である。

 もし九尾ノ玉藻が統合自衛隊に居なければ、すでに本州は世界敵に蹂躙し尽くされていただろうと言われているほどだ。


 あの見た目からは想像もできないけど、彼女は本当に凄い人なのだ。



 しばらく暖まってから愛より先に風呂から上がる。玉藻はまだバスタオル1枚姿でキッチンに立っていた。

 その手には彼女の二の腕よりも太い特大ビールジョッキが握られ、中には並々と牛乳が満たされていた。

 玉藻はバスタオル一枚を身体に巻いて、腰に手をやり牛乳を一気に飲み干していく。

「んぐんぐんぐ……ぷはぁ~……やっぱり風呂上がりは牛乳じゃな」

「ああ……」

「ん?どうした?」

 牛乳はいつも飲んでるけど……どうもいつもと雰囲気が違うような気がする。何というかテンションが高いというか、空元気というか。

「……それだけ牛乳飲んでんのに、身体は全然成長しないのな。ちっこくて平たいまんま」

「かっかっか、ホントじゃな」

 高笑いしながら牛乳のおかわりを取りに行く玉藻。

 ……う~ん。やっぱり何となく違和感を感じる。

 まあ普段からテンションが高めなので、こんなものだったと言われればそうなのかもしれないけど。黙って自分の方を見ているオレに、玉藻が不審な表情を見せる。

「おい、未知斗。本当にどうしたのだ?」

「いや……なんでもねぇ。それより今日は疲れたからもう部屋で休むことにするよ。おやすみ」

「あー!未知斗!」

「ん?」

 まだ何かあるのか?

 玉藻はバスタオルを巻いただけの胸を張って言う。

「今夜は久しぶりに一緒に寝てやろう」

「……」

 オレはゆっくり玉藻に近づいて――――おでこにデコピンした。

「あうっ!?」

「1人で寝なさい」

「うう……未知斗」

 おでこを押さえて恨めしそうに見上げてくる玉藻。

「……と言いたいところだけど、今夜だけだぞ」

「え?……あ、ああ……いいのか?」

 なら何故デコピンした?と言いたげな目をしている。

「……一応怒っておかないと、しょっちゅう甘えてきてキリがないだろ?」

「むー……最近は忙しくてほとんど家にも帰れてなかったのに……そんな冷たい事を言わなくてもいいではないか……」

「ただし、ちゃんとパジャマ着たらな。早く着替えてこないとオレの気が変わるぞ?」

「う、うむ!すぐ着替えてくる!!」

 そのままバスタオルを放って、素っ裸で自分の寝室の方へと駆けていった。

 家での玉藻の姿を見たら、彼女の事を『閣下』や『玉藻様』と崇め奉っている奴らは唖然とするだろうなぁ……

 そんな事を考えながら玉藻が落としていったバスタオルを拾おうと腰をかがめる。

 視線の端にパジャマ姿の足が見えた。

「えらい早い――って、愛か」

 玉藻と思ったらそこには、いつものピンク柄パジャマを着た愛が立っていた。

「……着替えてきた」

 ……は?着替えてきた?

「まさか……お前もか?」

 愛は頷き返す。

 こいつらはまったく……っと、今度は廊下を駆け抜けてきた玉藻がオレの後頭部に飛びついた。これじゃあ帰ってきた時と一緒じゃないか。

「準備完了じゃ♪」

 ああ、見ればわかるよ。若草色のパジャマは玉藻のお気に入りだ。

「……3人で寝るには狭いかもしれないぞ?」

「かまわん!こうやって未知斗に抱きついて寝ればいいのじゃからな」

 愛が2回強く頷いてみせる。

 それだと暑いんだよな。

 2人とも特大の尻尾を持っている上に、玉藻は火を操る妖術が得意な所為なのか、体温が人間より高めなのだ。

「わかったよ……じゃあ髪とかしたり熱準備しようぜ。明日も仕事で朝早いし」

「うむ!」

「うん」

 とりあえず可哀想だけど尻尾だけは布団の外に出しておいて貰おうことにしよう。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ