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セカイ ノ コトワリ  作者: 冬ノゆうき
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to_date('2028/05/01 19:44:04') location = '兵庫県 須磨砦 大隊長室';

 砦最深部の一角に、砦の全権を任されている大隊長の部屋がある。

「九尾ノ大尉、来ました」

「おう。入れ」

「失礼します」

 大隊長の執務室には大隊長が1人だけいた。椅子に座り、自分の前の机に積み上がった書類に忙しそうに目を通している。

「お呼びでしょうか?」

「ああ――」

 大隊長は手持ちの書類を片付けるとオレの方を向いた。

「悪い悪い。待たせたな。戦闘が終わったら終わったで、各所から山のように書類が送られてきてな。目を通すだけでも一苦労だ」

 日に焼けた真っ黒な顔に二カッと真っ白な歯が浮かぶ。

 子供のような笑顔で謝罪の言葉を口にする砦の長がそこにはいた。

 須磨砦守備隊大隊長――鬼瓦イッキ大佐。

 人外種で最大の勢力を誇る鬼族の筆頭 鬼瓦家の若頭領。そしてウチの小隊の鬼瓦ミライの実父である。

 個人の戦闘能力は人外種の中でもトップクラス。さらに若い頃から鬼族を率いる大将として部下を統べてきた彼は統率能力にも長けていた。

 世界敵との戦火によって人間種が激減してきた昨今、指揮官クラスに就く人外種も全然珍しくなくなってきている。その中でも彼は指揮官歴としては人外種でも最古参となる。それは彼の類い希なる指揮能力を買った結果であり、この最前線の須磨砦が今日(こんにち)まで陥落せずに持ちこたえているのは、彼の力によるところが多大にあると言っても過言ではない。

 ちなみに大隊長となっているが、もちろん須磨砦には1個大隊以上の規模の戦力が常駐している。そのうちの1個大隊が彼の直轄の戦力だった。しかし相次ぐ戦闘で欠員などが発生し、今では砦内の全戦力を統括する位置にいる。なので、正確には『基地司令』『駐屯地司令』などの呼び名の方がふさわしいのだが、後方の事務処理が間に合っておらず、便宜上、旧来の役職のまま呼ばれている。

「大隊長殿におきましては戦闘指揮も執られた上での事務処理、多忙の極みだと認識しています」

「本当だ。他の人の2倍は働いている……っと、それはまあ良いとして。忙しいので早速本題に入らせてもらうとしよう。九尾ノ小隊に新しい任務だ」

 そう言うと書類の山から1枚の命令書を引っ張り出してくる。

「ゴホン……第13師団第1連隊第5特殊中隊所属九尾ノ小隊は5月3日00:00をもって第13師団司令部付きへと転属とする。以降は司令部付き直轄だ。姫路の師団司令部より追って指示があるまで待機とする。以上だ」

「ハッ!」

 命令書を受け取る。

「司令部付きですか?姫路に戻れと?」

「そうだ。何でも特別任務が用意されているらしい。特殊中隊の中でもとくに高い、九尾ノ小隊の個々の戦闘能力を買っての申し出だそうだ」

「了解しました。しかし今のタイミングで最前線から戦力を削って大丈夫でしょうか?」

「心配無用だ。3ヶ月前まではお前たちが居なくてもこの砦を守り続けていたのだから」

 確かにそうかもしれない。

 うちの小隊はつい3ヶ月前にこの砦に着たばかりの新参者だ。しかしこの砦自体は戦線から突出した状態で3年以上の間、世界敵の侵攻を防ぎ続けてきたのだ。オレたちが抜けたからどうにかなっちゃうと思うのは自惚れ過ぎだったかもしれない。

 何よりウチのような特殊小隊は、この須磨砦だけでも他にいくつかある。

「すみません。大変失礼な事を言ってしまって……」

「気にするな。お前たちは確かにそれだけの事が言える働きはしている。まあ…………それに……仮にここに残ってくれたとしても、遅かれ早かれ結果は一緒かもしれんしな」

「え?」

「いや……独り言だ。未知斗くん、今のは忘れてくれ」

「ハッ!」

「…………」

「…………」

 珍しく言葉を濁した大隊長を訝しく思いながらも、受け取った命令書は小脇に持ちかえる。

 これでもう用事は済んだはずなのだけど、どうも部屋から出て行きづらい。というか、大隊長がまだ言いたいことがある雰囲気だ。

「あーところで――」

 大隊長の顔に苦笑が混じる。

「先程、食堂の前を通ったのだが、とても賑やかだったね」

「すみません。まだお祭り騒ぎのままで……すぐやめさせます」

「いや、変な事になっていないのならば構わん」

 そう言って小さく微笑む大隊長からは父性愛みたいなものが強く感じられた。

 こんな愛情に溢れた落ち着いた父親から、何故あんなハチャメチャな娘が生まれたのだろうか。そんな事を考えたのはこの砦に来てからも5回目……いや6回目だったかな?

「あー。ところで未知斗くん。もう1つ話があるのだが――」

 顔から笑みが消える。

 父親の表情が急に大隊長の表情へと変わった。

「ハッ!」

「仕事や任務とは関係ない。若干公私混同なのだが……その、なんだ……ミライとは仲良くやっているのかい?」

 どうやら変わったのは見た目だけで、中身は相変わらず父親のままだった。

「えっと…………特別、不仲という事はないと思います」

「ふむ……私の聞いた話では傍目から見てもかなり仲が良く、下士官たちからは公認カップル的な扱いを受けていると言っていったが?」

 その『公認カップル』呼ばわりしている下士官たちの目は相当節穴だ。

「確かに幼馴染で同い年。学校もずっと同じでしたし、配属先も同じという事もあって他の隊員よりかは親密にしていますが、大隊長が想像されているような男女の関係では決してないので、ご心配には及びません」

「ふぅ…………そうか……そうなのか……」

 別に言い訳や誤魔化しとかではない。本当にミライとは男女の深い関係だったりする事はない。仲が良いのは認めるけど、それは親友の域を超えるものじゃない。

 父親としてはそんな噂がたっては気が気じゃないだろう。いつもの事なのだが、しばらく砦を離れることになりそうなので、この際だからハッキリと否定しておく。

 しかし、ミライの父親からは残念そうな溜め息が漏れた。

「あ、あの……大隊長?」

「ん?うむ……その事なんだがな――」

 オレ、正直この人がちょっと苦手だったりする。

 もちろん嫌いなわけではない。

 人種・階級に囚われずに部下と接するところや、的確で素早い指揮、純粋に高い水準にある個人の戦闘能力。どれをとっても理想的な指揮官が目の前にいた。嫌いどころか好ましい人である。

 ただしオレに対してだけは――

「未知斗くん。うちのミライといつになったら付き合い始めるんだい?」

――いつも一言多い。


「あの、大隊長……というか、失礼します。イッキおじさん。いつも思うんですけど、オレ、ミライと付き合うって約束しましたっけ?」

「いいや」

「じゃあ――」

「私の勝手な希望だ」

 有無を言わさずキッパリ言い切られた。

「ちなみに未知斗くんは今、ミライの他に誰か意中の人物や付き合っている者はいるのか?」

「あ、いえ。別にいませんけど……」

「では、ミライの事は嫌いかね?」

「……特に嫌いじゃないですが」

「ならば、付き合えばいい」

 問答無用な三段論法だ。

「それ以前にミライがオレをそんな風に思っているとは限りませんし」

「いいや。うちのミライは未知斗くんの事が相当好きだな。それは間違いない」

 迷い無く言い切った。

 いつもの事だけど、何処からその自信が出てくるだろうか?

 ……そりゃ、嫌われているとは思わないけど、異性として好かれているのかと言えば…………どうなんだろか?

「まあ……そういった色恋の話とは別にしても、ミライが未知斗くんを信頼して頼っているのは本当だ」

「はぁ……そうでしょうか?」

「ああ。ミライがあれほど好き放題な事を言える相手というのは未知斗くんだけだからね。私にすらあんなに我侭を言う事は無いぞ」

 いつもの我侭もそんな風に解釈できない事はないけど、たぶん違うと思う。

 ミライが好き放題しているのはオレに対して限定ではなく、誰に対してもだから。そして大隊長に我侭言わないのは父親だからこそなのだと思う。

 好き勝手に生きているように見えるミライだけど、父親に対しては一定の礼節というか、距離を置いているところがある。鬼族は年長者や両親を敬う気持ちが非常に強いと聞いたことがあるが、ミライも御多分に洩れないらしい。

「どうした?」

 突然黙ったオレを大隊長が不思議そうに見ている。

「いえ。何でもありません」

「そうか?まあ、未知斗くんは冗談程度に受け止めているかもしれないが、こう見えても私はかなり本気なのだよ………娘のこと、よろしく頼むよ」

「……はい………極力、仲良くするようにはします」

 大隊長はオレの答えに少し不服そうだったが、渋々オレに下がるように言ってくれてた。とりあえず無事に解放された――今日のところは。

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