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セカイ ノ コトワリ  作者: 冬ノゆうき
35/35

to_date('2028/05/14 16:35:00') location = '兵庫県 姫路 小富士山山腹';

 確かに袂モドキは強い。

 玉藻の言う通り、おそらく生前の九尾ノ袂の知識や経験、技術をすべて継承しているようだ。

 しかしその袂モドキでも五分で対峙できるのはオレとミライの2人を相手にしている時までだろう。そこに愛が加わったことで完全に形勢はこちらも向いた。愛に近中距離で闘ってもらう事で袂モドキが得意と思われる中距離戦もこちらが5分で闘えるようになった。

 袂モドキは苦し紛れに配下の猪型世界敵も戦闘に参加させてきたが、こちらは琉華がさらに牽制に入ってくれた事で問題とはならなかった。

 琉華が助けに行ったリトだが、付喪神のため、媒体となっている道具が完全に破壊されない限りは命に別状は無いとの事だ。ただし戦闘力を失った上に、道具本体の損耗による疲労ですぐに戦列に復帰するのは難しいとのことだ。別の隊の隊員に後方へ運んでもらっている。

 とりあえず命に別状が無いのは幸いだった。

 猪型世界敵も駆逐したことで心置きなく袂モドキと対峙できたオレ達は次第にヤツを追い詰めてきていた。


「くわぁぁ」

 袂モドキが奇声をあげて吹っ飛ぶ。

 オレと愛の牽制攻撃に気を取られている隙にミライの中段横蹴りが袂モドキの横っ腹を直撃したのだ。身体をくの字にして吹っ飛び、地面に転がる袂モドキ。普通の人間ならばこの一撃で身体が半分にちぎれるか、良くても背骨粉砕だろう。

 しかし袂モドキはすぐさま身体を起こす。

 咄嗟に右腕でガードしたようだ。身体の中心線にダメージは無さそうだ。ただ右腕が上がらないようだ。動かない右腕を見て少し驚いた表情を浮かべている。

 袂モドキに対してはここまでに致命傷こそ与えられていないが、その身体は全身傷だらけになってきた。対してこちらは愛が参戦後はほぼダメージを受けずに戦えている。

 状況は圧倒的にこちらが優性になってきた。

 そのはずなのだが―――

 袂モドキは劣勢にも関わらず不敵な笑みを浮かべ続けている。


「ふぅ~………こっちも相当の覚悟で相手しないといけないみたいね」

 身体の埃を払いながら、袂モドキはゆっくりと立ち上がる。

「普通は使っていないデータを引っ張り出してきて、世界敵として流用する方法を取るのだけど、稀に私のような強力な固体はデータ消去を行わずに書き換えで世界敵として対応させる処置が行われる」

「……何言ってるんだ?」

「あ~わからなければいい。別に分かったからって何も変わらないから」

 袂モドキはそう言って不敵な笑みを浮かべると、さらに放つ妖気の量を増やした。

「ど………どういう事だ」

 オレの目算で正確とは言えないが、目の前の世界敵が発する妖気はオレの師匠だった頃の生前の袂の最大値を優に倍している。

 全身を指すような強烈な妖気とそれによって巻き起こる砂埃に厭が追うにも腕で顔を覆ってしまう。

 嫌な予感がした。砂埃で視界が悪く不意打ちを受けやすい状態なのもあって、3歩ほど間合いを取った。ミライと愛は自前の妖気を展開して袂モドキのモノと相殺させているようでその場を1歩も退いてはいない。

「八百年の昔――」

 少し距離を取ったにもかかわらず、袂モドキの声は妖術を使っているかのように鮮明に耳に届いた。

「あそこでダイダラボッチを食い止めている『瀬戸の鬼入道』こと鬼瓦ゲンカイもまだ若く、今の3倍は力に満ちあふれていた。その全盛期の鬼瓦ゲンカイでも白面金毛九尾狐玉藻を押さえることはできなかった―――という世界設定らしいけど……」

 世界設定?

「……あなたたち4人でわたし、白面黒毛九尾狐袂を止められるかしら!!!」

 袂モドキの一際大きな声と共に妖気の膨張が止まった。

 しかし巻き起こった砂煙はなかなか晴れない。

 それでもその砂煙の向こう側からは、信じられないほど強大な妖気が津々とあふれ出してきているの感じた。

 そして今頃になって気がついたが、オレの両手は無意識に黒鎖を痛いほど握りしめていた。両の手の平は汗が滴るぐらいにグッショリと濡れていた。


 砂埃が晴れてきた。

 その間、こちらの誰も、袂モドキも、その場をまったく動かない。

 そして次第に晴れてきた砂煙の向こうから袂モドキの姿が見えてきた。

「なっ……」

 その姿を見て、オレはつい声が漏れてしまう。

 前に立つ愛も声こそ出さなかったが、身体に緊張が走ったのが後ろ姿を見ているだけでわかった。


 袂モドキは砂埃で姿が隠れる前と同じ場所に立っていた。

 ただ違っていたのは、放つ妖気の強大さと―――背中に背負う9本の尻尾――九尾だった。

 今までに何十人もの妖狐に会ったことがあるが、九尾狐に会ったのはこれまででたったの2人だ。

 1人はもちろん玉藻。そしてもう1人が目の前の袂モドキだ。

「な……何で尻尾がいきなり9本に増えているんだ!?」

 意味が分からない。袂モドキが少し妖力を練っているうちに尻尾が増えていた。しかも妖狐族の最も成熟した最終形態でもある九尾の狐へと変貌していた。妖狐族というのは一時的に妖力を増して尻尾を生やすことが出来るのだろうか。

 いや、そんな話は聞いたことが無い。

 オレが軽く混乱してしまっているのとは対照的に行動に移した者がいた。

 オレの前に3本の尻尾をそそり立たせた愛が立つ。

 愛はその小さな身体をめいいっぱい広げて袂モドキとの間に立ちふさがった。

「愛!?」

「兄様。逃げて」

 背中を向けたまま小さいがはっきりした声で言った。

「あの袂には玉藻しか勝てない」

「くっくっく……」

 袂モドキがニヤニヤ笑みを浮かべたままゆっくり近づいてくる。

 愛は1歩も退かない。

「お母さんしか勝てないと自分で言っておきながら、それでも身を挺して未知斗を守ろうとするなんて、愛ちゃんはやっぱり健気ねぇ~」

 愛はその挑発には反応せず、自分の纏っている妖気を一気に展開した。

 彼女の妖気は氷系の妖術を得意とする零狐特有の冷気のような冷たく鋭い妖気だ。それが袂モドキ程ではないが、周囲に一気に広がっていく。

 そばに居るオレには痛いと感じるほど強烈な冷たさが身体を覆い始める。

 こちらに歩み寄っている袂モドキにも同様の冷気が浴びせられているはずだ。

 しかし当の相手は愛の妖気をまったく問題にしていないかのように歩みのスピードを緩めない。

 威嚇は効かないと判断したのか、愛は両手に自分の背丈よりも長大な氷の槍を作り出す。

 さらにオレの視界の隅には、袂モドキの向こうに立つミライが今にも背後から飛びかかろうと身構えている。

 それでもオレにでもわかる。目の前の世界敵の力はミライと愛の2人を遙かに凌ぐ力を持っている事を。

「愛、下がるぞ」

「……」

「悔しいが、オレらが束になってもあいつには適わない。お前もわかってるだろ」

「……たぶん、姉様は退かないと思う」

『ミライ。オレが指示するまで勝手に動くなよ』

『……』

 妖術で言葉を飛ばしてみたが、ミライからは無回答。

「こらこらこら」

 袂モドキがオレ達の会話を聞き止める。

「なになに?逃げる相談?私がせっかくこの姿になったんだから相手してもらわないと困るわよ。この姿にいつでも簡単になれるわけじゃないんだからね」

 袂モドキが心底楽しそうに笑いながらさらに近づいてくる。

(……よし、もうちょっと近づけ)

 オレは内心そう願いながら少し身体を引いて、逃げ腰のように見せた。

 もちろんここで逃げるつもりなどは全くない。

 目の前の敵がオレ達でも手に負えないぐらい強力な力を持っているのは重々わかっている。しかしここでオレ達が退いては、この先の中隊司令部にこいつが突入して、数十、数百の隊員の命が奪われる。しかもそれが優勢になりかけている戦況に水を差す事にもなる。

 だからといって、正面から正攻法でぶつかって玉砕するつもりも毛頭無い。

 まだ実戦では使ったことは無いが、オレの新技と鎖を組み合わせた罠をヤツと愛との間に既に張ってある。愛が参戦してくれて余裕が生まれている間に戦いながら仕掛けておいたのだ。罠というのは前もって準備、もしくは優性な時に準備しておくモノだ。状況が劣勢になって必要になってから準備しては遅い。仮に使わなければそれに越した事は無い。何よりこの罠の良いところは、袂モドキが生前の袂の記憶を持ち合わせているとしても、これは袂から教わった技ではなく、自分のオリジナルな技だ。初見の1回目だけはこの罠は通じると思っている。

 罠に掛かれば、相手が強大でも一瞬は動きが止まる。そこをミライと愛で全力攻撃してもらえばいい。それで倒しきれるとはとても思ってはいないが、ノープランよりかは遙かにマシだろう。

 問題は……奥にいるミライが相手が罠に嵌るまで飛びかからず我慢してくれるかどうか。


 そうこうしている間にも袂モドキは歩み寄ってくる。


 罠まであと3歩……

 2歩……

 あと1歩……


「……」

 もう1歩踏み込んでくれれば確実に罠に絡みとれる――というところまで近づいて、袂モドキはピタリと足を止めた。

 まさか罠の存在に気がつかれた?

 今のタイミングでもう罠を発動させるか?しかし袂モドキの能力を考えると、今発動させても罠に捉えられるかはよくても半々ぐらいだ。

 しかも新技の特性を見切られてしまう。この相手に2度も同じ罠が通用するとは思えない。だから安易に罠を発動させるわけにはいかない。

 くそっ……せっかくミライも自重?してくれているというのに……

 オレは相手がどう動くつもりなのか探るつもりで視線を合わそうとした。

 しかし合わない。

 袂モドキはあと1歩というところで立ち止まったまま、何故かその場で顔を押さえてうなだれ始めたのだ。

「ぐっ………こ、これは……」

 しかも何やら苦しそうな呻き声まで漏れている。

「愛?」

 愛が背中越しにオレに対して首を振った。

『自分はまだ何もしていない』という意味だろう。

 そうこうするうちに、目の前の世界敵の雰囲気が明らかに変化してきた。

「くっ……なっなにぃ………ありゃ?………ありゃりゃ?」

 相手のすっとんきょな声と共に、世界敵の姿を目にとらえるのも困難なほど激しい妖気が急激に和らいでいく。

 そしてようやく目をはっきりと開けられる程度まで妖気が和らぎ、相手を視界に収めると、そこには―――元の尻尾4本に戻っている袂モドキがいた。

 妖力の絶対量は当初の2倍ほどに増えたままだが、一時見せた九尾の姿での圧倒的な威圧感はまったく感じられなくなっていた。強敵である事に変わりは無いが、現実的なレベルの強さに感じた。

 何故、九尾のままでオレたちを一掃しなかったんだ?

「これは………ああ、なるほど、なるほど……くっくっく………」

 何が愉快なのか分からないが、頭を項垂れ、全身が脱力したような体勢で、低く笑い始めた。

「くっくっく……る~かぁ~ちゃ~ん」

 袂モドキの首がぐるんっと流華の方に起きる。

「世界敵の力も得ている状態の私よりも高レベルで干渉してくるなんて、さすがねぇ~」

 干渉?

 オレはちらっと流華の方を見る。

 遠目だが流華の片眼が淡く光っていた。それは義眼。ツクヨミのある左眼だった。

 何かツクヨミの力を発動させて、袂モドキのパワーアップを流華が抑制しているという事なのだろうか?

『流華。お前が世界敵の力を押さえたのか?』

『―――』

 彼女直通のインカム越しに聞くが返答がない。

『おい、流華』

『ふう――ふう――』

 微かに流華の荒い息使いが聞こえた。

 力を押さえるのに精一杯で返答する余裕もないということなのだろうか。

「ふっふっふ……これはこれは流華ちゃんは一番最後に倒そうと思っていたけど、優先順位変更しないといけないみたいね」

 袂モドキの身体が半身、流華の方を向いた。

 マズイっ!!

 流華は攻撃力ではオレを凌駕するが、防御に関してはおそらく小隊内で一番不得手である。一般市民に毛が生えた程度の防御能力しか持ち合わせていない。

 しかも袂モドキが相手となれば一瞬で命の失う危険もある。

「ミライ!!」

 ミライに流華を守るように指示を出そうとしたが、そのオレの指示よりもさらに早く、ミライは既に動いていた。

 三度、ミライが袂モドキの前に立ちふさがる。

 その奥で、意識のないリトを片手に抱え、疲労困憊の流華が足をふらつかせながら2人から少しでも離れようとしていた。


 ミライと袂モドキ。2人の戦いは相変わらずほぼ互角だった。

 純粋な戦闘能力という意味では、力、速さ、妖力量、どれをとっても鬼人化ミライの方が四尾の袂モドキを上回っている。

 しかし実際には袂モドキがミライを翻弄し、優位に戦いを進めているように見えた。

 袂モドキがオリジナルの袂と同じ知識を持っているのならば、おそらくそれは経験の差が生み出しているのだろう。

 断わっておくが決してミライの戦闘経験が浅いというわけではない。逆に18歳という年齢にして、名古屋、京都、大阪、神戸、姫路と各戦場を転戦し、豊富な戦闘経験を積んできている。

 しかし袂モドキには袂が世界敵が出現する以前を含めた300年以上に亘って蓄積した経験を持っている。

 300年と18年、これは一朝一夕で埋まる差ではない。

 それならばどうするか………2人の戦闘に愛を参加させるのが一番だろうけど、それだけではこの戦況を覆すには力不足だ。

 仮にオレが参加しても、この次元の戦いでは人間のオレは足手まといなだけだろう。

「……兄様」

「ちょっと待ってくれ愛。今――」

「作戦がある」

「――なに?」

 愛からの作戦提案にビックリして振り返ると、そこには愛だけではなく、いつの間にか意次も立っていた。

「隊長。僕に秘策があります」

「意次?」

 立っていた意次はこれまでとは別人のようだった。直前までの右往左往する新兵風ではなく、とても落ち着いた表情をしていた。

「僕があの世界敵の頭部に触れれば数秒だけど、完全に動きを止めることができる。そこをみんなで攻撃して倒して」

「動きを止めるって、本当にそんなことが出来るのか!?」

 意次はコクリと頷く。

「できる。ただし直接相手の頭部……首よりも上に僕が直接手を当てないといけない」

 本当に別人ようだ。

 しかもいつの間にかタメ口だし。

「条件はわかった。原理を教えてくれ。信じていない訳じゃないが、指揮するオレが何も知らずにいるわけにはいかないからな」

「……」

「……話せないことなのか?」

「……」

「兄様」

 会話の止まったオレと意次の間にスッと愛が入ってくる。

「愛?」

「もたもたしていると姉様が危険」

「あ、いや、それはわかってるけど――」

「意次は袂なの」

「………は?」

 愛のいつものぶっ飛び発言が飛び出した。

 そもそも内容が理解できなかった。

「意次が……袂?」

 愛が大きく頷き返す。

 意次の方は初めはとても驚いた表情を浮かべたが、それもすぐに変わって、少し呆れた表情を見せた。

「……愛、悪いんだけど、何を言いたいのかさっぱりわからん」

「?……あそこにいる世界敵も元々は九尾ノ袂。この意次も元々は九尾ノ袂」

「いや、だからそれがよくわからないんだって」

「ん……」

 愛が腕を組み困ったように顔を少し顰める。

 これはオレの理解力が低い()()だったりするのか?

 今度は意次がオレと愛の間に入ってきた。

「愛。相変わらず言葉が足りないんだから。それでも昔に比べれば大分マシになったかな」

「え?」

 一瞬誰が喋ったのか分からなかったが、言葉確かに目の前の意次の口から発せられている。声も意次の声だ

「そうかな?」

「そうよ。そんな説明で理解できる人なんていないよ?愛の事を一番理解しているお兄さんでも分からないんじゃ難易度高すぎでしょ?」

「ん……」

 愛が納得した表情を浮かべる。

 オレには相変わらず2人のやり取りがさっぱりだが………

「ところで、私のことは誰に?……って聞くまでもないか」

「玉藻」

「やっぱりかぁ~………いつバレたんだろ……って、緑田沼意次で会ったのは先日の護衛の時だけだから、その時バレたんだろうなぁ……一瞬だけど様子がおかしかったし」

「玉藻はすごい。何でも知ってる」

「うんうん。お母さんはホント、私と違って真の九尾狐だからね」

「お、おい……おいおいおいっ!!」

 何だこれは?何なんだ!?

「甥?」

「愛、たぶんお前のそれは違う。そうじゃなくて!」

 オレは愛と意次を交互に睨む。

「お前達はいったい何を――」

「未知斗」

 意次がついにオレを呼び捨てし始めた。

「時間がないから単刀直入に言う。私は九尾ノ袂――九尾ノ玉藻の娘で、お前の師匠だ」

「……は?」

「正確に言えば、九尾ノ袂の残滓―――精神を構成していた情報のほんの一部が集まって何とか形づくっている存在だ。ちなみに肉体と良心の大部分以外の精神から構成されているのが、アレだ」

 意次が指さす先にはミライと付かず離れず戦い続けている袂モドキがいた。

 袂モドキはこちらが気になるのか一瞬視線を向けたが、ミライが迫ってきたため、再び戦いに集中している。いくら強化された状態だからとは言え、ミライ相手によそ見を出来るほど圧倒的なわけでは無い。

 意次がその袂モドキを一瞥して言う。

「アレと私は基本的な構成……存在は同一なのだ。それがあるバグによって別々の個体としてイレギュラーに存在しているだけ。そのためアレに直接触れた瞬間、私とアレは1個体と再認識されて結合し、最適化されるだろう。その時にどの程度の時間かはわからんが、精神が安定せず、肉体がコントロール不能になる時間がある。そこを皆で一斉攻撃して致命傷を与えろ。それが作戦だ。わかったな?」

 意次が右の人差し指をオレの顔前に突きつけて言う。

「ああ………さっぱりだ」

「はぁ?しばらく会わない間に阿呆になったか?」

 続けて『あ、いや……この前会ったか』と呟いたのをはっきり聞いた。

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