to_date('2028/05/14 16:25:00') location = '兵庫県 姫路 小富士山山腹';
ミライに言っていたように、待機からすぐに各小隊に順に配置転換の命が下った。
ミライに挨拶をしていた鬼達もそれぞれの小隊の移動にあわせて1人また1人と待機場所からいなくなっていった。
そして当然ながらオレ達九尾ノ小隊にも配置転換の命令がきた。
現在いる小富士山の南側斜面から、もともと配置されていた東側斜面に戻るように指示する命令だった。おそらく側面支援の配置準備だろう。
「すっごいね!未知斗の言ったとおりになった」
新しい配置場所に移動するため斜面に刻まれた狭い山道を歩くミライがこちらを振り返りながら感心した声をあげる。
戦闘に限らず、とりあえず身体を動かしている時のミライは機嫌が良い。
「ああ、そうだな。でもこれぐらいは士官学校で勉強すれば誰でもわかることだよ」
「へぇいへぇい、ごめんなさいねぇ~。ボクはどうせ士官学校中退ですよぉ~」
「あ~……いや、そう言う意味で言ったんじゃないんだけど」
ミライがわざとらしく頬を膨らませる。
ミライは広島の士官学校にオレと同期入学だったが、訳あって途中退学している。
士官候補ではなく、一般入隊のためにオレや愛や流華よりも階級が低いのだ。
階級が低い事についてはミライ本人は気にしていないようなのだが、中退の件は少し彼女自身も気にしているセンシティブな話題だった。
いや、正確には『中退したこと』を気にしているのではない。『中退した理由』を気にしているのだ。
「悪い……」
「べつに~。未知斗が気にしているほど、ボクは気にしてないから」
「そう言えば姉様」
「何?…………って、姉様って呼ばないで」
「以前から不思議だった。何故士官学校を辞めたの?」
『姉様』のくだりは完全無視の愛だった。
「………」
「……姉様?」
「愛が『姉様』って呼ばなくなるなら教えてあげる」
珍しくミライが交渉を仕掛けてきた。
そんなに『姉様』って呼ばれるのを気にしているのか?
「……ならいい」
「そんなにボクを姉様って呼びたいの!?」
「うん!」
「……」
「深い親愛の念を込めて」
ミライが嬉しそうな困ったような複雑な表情を浮かべている。
「深い親愛の念を込めて」
「2回言わなくても聞こえているから……」
半ば呆れた顔で再び前を向いて歩き出すミライ。
愛はそんなミライの後ろに続き、彼女の上着を軽く引っ張る。
「それで?」
「え?」
「何故士官学校を辞めたの?」
「いや、教えないよ!」
「……姉様、いじわる」
「だからそれをやめない限り教えない」
「………」
愛が黙る。
おそらく『姉様』と呼ぶのをやめずに『中退理由』を聞き出す方法を考えているのだろう。
愛はこういったことには本当に労力を惜しまない。
しかし残念(?)ながら愛が答えを見つける前に、それを中断させるように一番後ろを歩いていた流華から声が掛かる。
「未知斗。中隊司令部より通信です」
「流華っちまで中退って言う!?」
「中ぐらいに部隊の隊。中隊です。ミライ」
ミライの勘違いを訂正しながらオレのところまで近づく流華。
「通信内容は?」
「『九尾ノ小隊は至急Dフィールドへ移動し中隊司令部を強襲する動きを見せている世界敵1個小隊を迎撃せよ』とのことです」
オレは山道を少し外れて視界の開けた場所に出る。
他のみんなもオレに続く。
Dフィールドと呼称されている地域――小富士山山腹の北東側に当たる、ここから北側を眺めてみるが、斜面の木々が邪魔でそちらの方面は望めない。
耳元のインカムを口に寄せる。
『リト。聞こえるか』
『はっ!リトであります!』
『そっちからDフィールドの方は見えるか?』
『……Dフィールド方面を確認。山腹を駆け上る大型世界敵2体……いえ、3体確認!』
『了解だ。そのまま偵察を続けてくれ』
『イエッサー!』
上空から聞こえていたロクヨンのローター音が少し離れていく。
「未知斗。大型世界敵はおそらく猪型。数は3体ですが、その周囲に十数体の中、小型世界敵を確認しました」
流華が手を添えた左眼のツクヨミを鈍く光らせながら言う。
「ああ、リトにも確認してもらった」
オレは急いでいま歩いてきた山道を戻る。
「南側に兵力を集めていたのが裏目に出たのでしょうか?」
「結果的にはそうかもな。ただ、手薄になったとはいえ、あっちには第1と第2の特殊小隊が残って展開していたはずだろ?まさかあの竜子がやられたのか?」
第1特殊小隊、通称『竜ヶ崎小隊』はオレ達と同じ第5特殊中隊に所属する人外種が主となって編成された小隊だ。
そこの隊長が竜ヶ崎竜子大尉。竜神族という戦闘能力に非常に長けた種族の娘で、個人的な戦闘力ではミライを凌駕し、統合自衛隊全体でもトップクラスの戦闘能力を誇る剛毅なお姉さんである。
「いえ、竜ヶ崎大尉は依然継戦中です。ただ、第2特殊小隊の損耗率が7割を超え、実質的に壊滅、壊走しています。多勢の世界敵を相手に第1特殊小隊のみでは防ぎきれない様子。敵もそのまま第1特殊小隊を抜けて小富士山に突入した模様です」
「相手の目的はあくまでも仁寿山山頂の司令部ということか………世界敵にしてはやけに目的が明確だな」
「気になりますね」
流華が隣で同意する。
その流華とオレとの間にミライが割り込むように入ってきた。
「で、どうすんの?早くしないと間に合わないんでしょ?」
「……たぶん、今からでは普通に移動したんじゃ司令部に到達される前に補足するのは難しいと思う」
「そうですね」
ミライ越しに流華が同意する。
「じゃ、じゃあ!どうすんの?」
その琉華を隠すようにつま先立ちでオレに迫るミライ………さっきからやけに食いついてくるな。いつもなら作戦の立案とかにはまったく興味示さず、オレ達任せなのに。
考えをまとめるために、宙を見上げる。
小隊メンバーの状態を整理するぐらいのつもりだったが、ふと、空から流れてくる音に気がついた。
それはつい先ほど通信したリトが駆るロクヨンの飛行音だった。
「ロクヨンで行くか……」
独り言のつぶやきだったが、副官の流華は聞き漏らさないでいてくれた。
「悪くない案だと思います」
「だな」
インカムを再び口元に持ってくる。
『リト。応答してくれ』
『リトであります!』
『確認だ。ロクヨンで一度に運べる重量はカタログでは最大150kgだったが、間違いないな?』
『はっ!間違えありません!』
『わかった。リトは偵察活動を中断。この先のF2のLPに着陸しろ。そこでオレ達との合流を待て』
『イエッサー!』
リトと通信しながらも山道を歩き出したオレに他のメンバーが続いてくる。
「150か……」
後ろを振り返って小隊の面々を見渡してみる。
オレが65で、流華、ミライが50で、愛が45、意次も45……と、自分と愛の体重以外は勝手に想像して計算してみた。
う~ん……150kgって絶妙な制限だな。
「ミライ」
「ん?なに?」
「体重いくつだ?」
「……」
ミライが軽く睨んでくるが、さすがにオレの考えを察してくれたのか、『セクハラだ!』とか文句をいう事はなかった。
「……40」
「……ホントか?」
「なっ!?…………むぅぅぅ………41……かも」
「……」
彼女をジッと見つめてみると、相手の目が視線を合わせないように虚ろに漂う。
……こいつかなりサバ読んでるな。
「っ……な、なに?嘘じゃないよ!」
「わかったわかった。疑ってないよ」
ミライの睨む視線をかわすように、小隊メンバーを見渡す。
「みんないいか?ロクヨンにオレとミライ、あと最低限の物資だけ載せて先行する。空挺の真似事だ。他のメンバーは徒歩にて合流。その別働隊の指揮は流華が執ってくれ。それと中隊司令部に入電。ロクヨンに使って部隊の一部を機動展開。強襲している世界敵達の頭を押さえる。とな」
「わかりました」
「ロクヨンの足に人がぶら下れるように細工する。一緒に物資もほとんど降ろすからな。みんなで手伝ってやってくれ」
30秒ほどでリトのロクヨンがいる着陸地点に到着した。
事前の指示の通り、各自手分けして作業にあたる。
そしてものの1分でロクヨンの装備は変更完了した。
オレとミライがそれぞれロクヨンの左右から輪を作って垂れ下がるロープに足をかけてサーカスのようにぶら下る。2人の間には10kg分の物資を積んだままにした。
オレが足をかけるのを待っていたかのように、早くもロクヨンはゆっくりと離陸を始めた。
「オレ達との合流を最優先にして、それまで世界敵との交戦は極力避けるように。いいな」
地上でオレ達を見上げている流華に言う。オレが言うまでもないだろうけど、最終確認だ。
流華が『了解』と答える。
「あと、愛。2人をしっかり守れよ」
愛が頷き返すのと同時に、ロクヨンは一気に高度を上げ、周囲の木々よりも高い位置まで上昇した。
そして想像していたよりもかなり速い速度で目標に向かって水平移動を開始した。
「ひゃ~♪速い速い♪これならあっという間だね!」
顔に当たる風を気持ちよさそうに受けながらミライがはしゃいで言う。
確かにミライの言うとおり、これならばあっという間に追いつくだろう。
邪魔が入らなければ――
「直上から蝙蝠型世界敵!数3!」
飛行開始してしばらく。リトの声に、オレとミライが空を見上げる。
玉藻VSスティングレーの戦場から流れてきたのだろうか。高速回転するロクヨンのメインローター越しに、大きな蝙蝠のような飛行物体が3体。こちらに急降下してきている。
「リト!敵は気にするな!そのままの進路と高度を維持しろ!」
「了解!!」
「どうするの?」
「オレに任せろ」
今にも鬼人化しそうなミライを制して、オレは腰に下げていた鎖の束を広げる。
蝙蝠型世界敵はさらに接近してくる。その滑空音が聞こえてくるぐらいまで引き寄せてから、オレは鎖を放った。
鎖はオレの意志通り、空中で直角の軌道を描きながら宙を駆けると、ロクヨンに向かって滑空してくる蝙蝠型世界敵を四方から貫いた。
倒すには至らないが、翼の被膜や頭部を負傷した世界敵たちは、てんでバラバラの方向に墜落していった。どの個体も山中へと消えていく。
鎖は描いた軌道を逆に辿るようにして手元に戻ってきた。
「おぉ!やったぁ♪」
ミライがガッツポーズして喜ぶ。
「射程距離だけはミライよりもオレの鎖の方が優れているからな。空中の敵はオレに任せて、今は力を温存しておけ」
「さっすが未知斗!りょ~かい!」
やけに嬉しそうなミライを直視するのが少し恥ずかしかったので、半分誤魔化すつもりでオレは周囲を警戒してみせる。
幸い、ロクヨンに搭乗している間にオレの鎖が再び役に立つ場面は訪れなかった。
「前方、距離500に目標補足!」
リトの報告どおり、進行方向に世界敵の一群が見えた。
一群の中でも一際目につくのが、牛よりも巨大な猪型の世界敵3体だった。3体は逆三角形ような陣形で山の木々を薙ぎ倒しながら山腹を進んでいる。
事前の報告の通り、その猪型世界敵の背中にはさらに数名の中小型世界敵が乗っているのが確認できた。
ミライがチラッとオレの方を見る。
『どうするの?』と目で言っている。
どうするも何もやることは決まっている。オレはコックピットを覗き込む。
「リト!まず敵の足を止める!できるな?」
「サー!了解であります!ただ少々我慢をお願いします!」
『ん?何を?』と聞き返そうと思ったが、すぐに何の事かはわかった。
オレとミライの頭部横に据え付けられていた対地ミサイル(実物よりミニサイズ)が突然火を噴いたかと思うと、左右1発ずつが前方の世界敵の集団に向かって飛んでいった。
「わっ!あつつっ!?」
ミライの片手は手を離せないので、もう片手で頭を抱える。
「曹長殿!もう1発いきます!」
「え?って!?熱いってばっ!!」
ミライの返事を待たず、さらに左右1発ずつ。計4発のミサイルが世界敵たちに打ち込まれた。
噴煙を上げながら飛んでいくミサイルは狙い違わず全弾が先頭を走る猪型世界敵に吸い込まれていく。
そして爆発。
小型のミサイルにしては想像以上の破壊力があった。大きな破壊音と共に、先頭を走る世界敵の足が止まる。さらにそれが後に続く世界敵の進路の妨げとなり、結果的に玉突き事故のような状態になった。
「よくやった!リト!」
「サー!ありがとうございます!」
「そのまま進んで奴らの前まで行け」
「サー!」
猪型世界敵同士の衝突事故でモタモタしている敵強襲部隊の前方でロクヨンがホバリングする。
木々が生い茂っているので、この近辺にはロクヨンが直接地面に降りられる場所はなさそうだ。
「リト、ここでいい。ミライ――」
「とぉー」
ミライがオレの指示を待たずに飛び降りた。2階建てビルより少し高いほどの高度だったが、強靱な肉体を持つ鬼族には何も問題が無いだろう。地面にそのまま着地する。
人間族のオレが飛び降りたらさすがに足首ぐらいは捻るかもしれない。
手持ちの鎖をロクヨンの足に巻き、それをロープ代わりにして懸垂下降する。
「リト、オレが降りたら流華達と合流しろ。合流後はオレ、ミライと合流するように行動しろ。あの3人ならロクヨンでも一度に運べるかもしれない」
「サー!イエッサー!」
オレが地面に降り立ち、鎖をロクヨンから外すと、リトは言われたとおりすぐに来た方向へと飛んで帰った。
「誰かさんもリトぐらい素直に命令聞いてくれると楽なんだけどなぁ……」
「何か言った?」
先に降りていたミライが駆け寄ってきた。
「別に。それよりも――」
オレが前を向く。そこから少し斜面を下った先に、衝突の所為で横転してジタバタしている猪型世界敵が2体。そこから振り落とされた小型世界敵が8体。うち1体は横転した猪型に潰されたのか、黒い霧となって蒸発していくところだ。
そして少し遅れて後方から衝突の影響を免れた猪型の最後の1体がこちらに向かってくるのが木々を薙ぎ倒す音でわかる。
「ミライ、いくぞ」
「うん!……あ、でもちょっと待った」
ミライは鎖を構えたオレを手で制すると、世界敵達を見下ろせる岩の上に仁王立ちした。
ったく……いつものあれか。
「やーあーやーあー我こそわっ!!」
「あぁ~知ってるからわざわざ口上述べなくてもいいわよー」
ミライの口上をやめさせる声がした。
ちなみにオレじゃないぞ。ミライの口上を無理矢理止めるような自殺行為はしない。そもそもオレは女言葉なんて使わないし。
ミライもそれはわかっているようで、オレの方を振り返りもしない。
それどころかミライの身体から急速に妖気が高ぶってきている。口上もそっちのけで第一種戦闘態勢に移行していた。
「せっかく竜神族の娘をやり過ごして強襲できると思ったのに、まさか最終防衛にあなた達が出てくるとはね……これは手こずりそうだわ」
声とともに最後の猪型世界敵が木々の間からのそっと現れた。
そしてその背中に立ってこちらをニヤニヤしながら見ているのは―――
「……袂」
生野の研究所で遭遇した自称世界敵の袂が立っていた。
彼女は最後に会った時と同様、所々破れた統合自衛隊の制服を身にまとい。あの時と同じように不適な笑みを浮かべていた。




